2010年12月10日

遺族 その自立と連帯

「無罪納得できない」遺族は控訴審に期待


 高齢夫婦殺害事件の裁判員裁判で、鹿児島地裁が白浜政広被告(71)に無罪判決を言い渡したのを受け、被害者遺族は10日、「非常に驚くとともに残念。全く心の準備ができていませんでした」とのコメントを代理人弁護士を通じて発表した。

 コメントは「どうして無罪の判断に至ったのか、判決理由を聞いても納得できるものではなかった。特に裁判所が『現場に行ったことがない』との被告の弁解をうそと認定しているのに、無罪の結論に至った点は納得できません」と指摘。「控訴され、上級審で正しい判断がなされることを期待します」としている。

2010年12月10日 スポニチ


ただの「遺族」にしては中々巧妙な「コメント」であるといえるでしょう。まあ「ただの遺族」なんてものは世の中に存在しないわけですが、裁判官の弱みを突いた「指摘」は素人離れしたものであると評価出来ます。

「裁判所が『現場に行ったことがない』との被告の弁解をうそと認定している」のは、確かに今回の判決の弱点です。勿論、被告人が過去に被害者宅に行ったことがあるとしても、だからといって犯人であるということにはなりません。しかしながら、「網戸」の「DNA」とか「ガラス」や「箪笥」の「指紋」を、裁判所が否定することは出来なかったようです。

白浜さんの言うことを信じるのであれば、「DNA」とか「指紋」は偽造された証拠であるということになりますし、被告人側は正にそれを主張していました。そうである可能性は決して低いものではありません。しかしながら、裁判所としては警察や検察が証拠を捏造したというようなことは、相当の証拠がなければ言うことが出来ないのです。もしかすると相当に確かな証拠があってもそれだけは言えない、という可能性があります。

「遺族」の「コメント」は、その辺りの事情を知った上でのものであり、刑事司法のウィークポイントを上手く突いたものであります。しかも、もしこれを検察官が言ってしまうとお笑いになってしまうところ、「遺族」という第三者的な立場において発言されることによって最大限の効果を発揮しているということが出来るでしょう。

別に何の効果もありませんが。逆に「遺族」はどうして白浜さんが「犯人」であると確信するに至ったのか、納得出来るものではありません。

しかしながら、この点についてはマスゴミの貴重な報道がヒントを与えてくれます。

裁判員「中立の立場からこうなった」 鹿児島・無罪判決


 「遺族の方には申し訳ないと思うが、証拠が不十分だったことが一番の原因」「中立の立場から、こうなった」

 鹿児島市の老夫婦殺害事件の評決に参加した6人の裁判員全員と補充裁判員2人の計8人は判決言い渡し後、記者会見に臨んだ。40日間の長期の裁判を振り返り、無罪判決に至るまでの思いを語った。

 一礼して着席した8人の表情はみな硬く、マイクを通しても、声が聞き取りにくい。

 冒頭、死刑の求刑で無罪が言い渡されたことをどう受け止めるかを尋ねられると、「判決通り。それだけだ」「同じく」「判決文の中に全部出ていると思います」。8人は言葉少なだった。

 法廷で行われた10日間の審理では、裁判員が被告人や証人に直接質問する場面がなかった。このことを問われると、裁判員の一人は「素人ですので。言葉がすごく大切。質問の仕方によっては検察に有利になったり、弁護側に有利になったりする。難しいので裁判官に任せた」。別の裁判員は「質問はけっこうあったが、内容の言葉は難しくて言い方一つで、どうとでもとれる。やっぱり慣れている方にお任せしようと判断した」と答えた。

 遺族の極刑への思いはどう受け止めたか−−。その質問への裁判員の答えは様々だった。

 「遺族の方には申し訳ないと思いますが、証拠が不十分だったことが一番の原因」、「証拠に基づいて考えなければいけない。中立な立場で話をした」、「公正な立場で判断した。疑わしきは被告人の利益に、ということがありますので」。

 40日間の長期の裁判については、「家族にも迷惑をかけた。仕事上でも大変だった」との声があった一方で、「あっという間だった」「不安があったが、家族にも支えられた」などの感想も聞かれた。

2010年12月10日 asahi.com


罪を犯していない者を無罪とすることは「遺族の方に申し訳ない」んだそうですが、これはマスゴミが質問して言わせています。どこの誰が質問したのか知りませんが、この質問には、この裁判のように問題になっているのが量刑ではなくて被告人が有罪か無罪かという場合においても「遺族の極刑への思い」、いわゆる「処罰感情」が考慮されなくてはならない、という含意があります。

いつもながらマスゴミの程度の低さには頭が下がりますが、要するに遺族のことが気の毒だと思うのであれば無実の者でも死刑にすべきだ、というのがこの質問をした人の考えていることです。これは一見するとトンデモナイことのように思えますが、質問者は裁判に「遺族」が参加していることの意味をよく知っているとも言えるでしょう。彼等は裁判官や裁判員の判断を曇らせ、検察の貧弱な立証を涙で補うためにそこにいるのです。

もっとも、この事件の「遺族」は、「事前に(意見陳述の)内容を見た平島正道裁判長が、被告の犯人性を主張したとみられる一部の陳述を削除するよう指示し」た(産経ニュース)とされるほど、むしろ冤罪を生み出すことに積極的に加担したと考えられるようなところもありますから、彼等を単に検察の「助手」とか「操り人形」のように看做すのは失礼というものでしょう。「遺族」だって一人前の人間なのです。

ところで、この裁判の論告求刑で検察官は「被告の犯行でないとするのは「健全な社会常識に照らしてあり得ない」と指摘した」(共同)そうです。どっかで見たような、と思ったら、この間の坪井さんの判決にも「健全な社会常識」が出て来てました。しかし白浜さんの事件の論告求刑は11月17日ですから、検察が坪井さんの真似をしたわけではないようです。

思うに、どこの検察でも起訴するのに証拠がない場合や被告人が犯人でない場合には「健全な社会常識」を持ち出すことになっているんでしょう。しかし冤罪判決だからといって検察論告を、その決まり文句までそっくりそのままコピペしてしまう裁判官がいるんですから、こんな人にかかっちゃ「遺族」も「仕事」のし甲斐というものがありません。この点、今回の裁判は「遺族」にとって大いにやりがいのあるものであり、満足のいく裁判であったと思われます。


posted by 珍風 at 21:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この手の「遺族」が警察・検察の無能を糾弾するって話は聞かないね。理由は各人色々有るんだろうけど。
Posted by ika at 2010年12月16日 11:30
様々な原因が考えられますが、不自然な動きは謹みたいものです。まあ、検察が遺族を完全に騙している、ということで。
Posted by 珍風いろいろ at 2010年12月16日 13:01
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