2011年02月12日

イラクとバチカンとエジプトの建国記念日

どっか東の方の口だけはでかいことを叩く島々のそれとは違って、エジプトの「建国記念日」はどうやら本物なのかもしれませんが、1979年の同じ日に革命政権をおっ立てたイランが

「偉大な勝利」たたえる=イラン


 【エルサレム時事】イラン外務省報道官は11日、同国のアラビア語衛星テレビ局アルアラムで、ムバラク・エジプト大統領の辞任について、「偉大なエジプト人の意志によってもたらされた偉大な勝利である」と述べ、民衆デモの成果をたたえた。AFP通信が伝えた。ムバラク氏の辞任が発表された11日はくしくも、1979年のイラン革命から32周年に当たる。


 イランはエジプトとの国交を断絶したままだが、今回の民衆蜂起への支持を表明。最高指導者ハメネイ師は、エジプトにイスラム体制の樹立を呼び掛けていた。

2011年2月11日 時事


と、何だか見当違いなくちばしを挟む一方では、それに対抗して

「エジプト国民、世界変えた」 
米大統領、ムバラク氏辞任を歓迎


 【ワシントン=弟子丸幸子】エジプトのムバラク大統領の辞任を受け、米欧など国際社会の各国首脳から歓迎の声が相次いだ。オバマ米大統領は11日、ホワイトハウスで「ムバラク氏は辞任によってエジプト国民の変革への渇望に応えた」との声明を発表。「エジプトの人々は自身の国を変えることで、世界も変えた」と語り、エジプト国民の民主化運動をたたえた。

 オバマ大統領は「これは(政権)移行の終わりではなく始まりだ。困難な日々が待ち受けている」と指摘。エジプト軍部に対して「国民が信用できる移行を進めねばならない」と呼び掛け、非常事態法の解除、自由で公正な大統領選挙と憲法改正などの具体的な措置を求めた。

 同時に「米国はエジプトの友人かつパートナーであり続ける」とも語り、民主化を全面支援する姿勢を強調した。

2011年2月12日 日本経済新聞


などと、「米国はエジプトの友人かつパートナーであり続ける」という、これは場合によっては人をすっかりうんざりさせてしまうようなものでもあり、ストーカーの人はよくこんなことを言っているみたいですが、エジプトは早くもそれを狙う様々な勢力の脅威に囲まれているというわけです。

現状ではアメリカと関係を密にしているであろう軍部が全権を掌握しているようですから、次期大統領は「エルバラダイ」さんか「スレイマン」さんか知りませんが、まあアメリカとしては一安心というところであって、オバマさんのほとんど手放しの「エジプトの人々」への賞賛は余裕の表れであると言って良いでしょう。

もっとも、「拷問庁長官」スレイマンさんが次期大統領になったりだとか、彼が実権を握って軍政が固定化するというというようなことになるとかなり不安定化するかも知れません。一方でエジプト人民は当日のところは大変に楽観的であります。

「自由がやってきた」=政権打倒、民衆の歓喜爆発−街頭はお祭り騒ぎ


 軍最高評議会が権力を掌握することになったが、学生のアマルさん(21)は「軍が公正な選挙への憲法改正など民衆が望む民主化を進めてくれるはずだ。軍が民衆の要求に背くなら、再びタハリール広場を占拠する。民衆はデモという体制監視の武器を手にした」と未来への期待に胸を躍らせた。


 一方で、30年の独裁が倒れた急激な政変への戸惑いの声も。ある男性は「今までに味わったことのない喜びだが、将来への恐れと心配があるのも事実」と打ち明け、「選挙まで軍がどう国政を運営していくのか、全く分からない」との不安を口にした。ガマルさん(49)は「国に奉仕してきたムバラク氏がこうした形で政権の座を追われたのは悲しい」と複雑な表情をのぞかせた。

2011年2月12日 時事



アマルさんは「軍が民衆の要求に背く」見込みは少ないと見ているようですが、そういうことがあったら「再びタハリール広場を占拠する」と言っています。ということは解散してしまうようなのですが、そういえばデモ隊の「新党」というか、名乗りを上げているグループ、「若者の怒りの革命連合」だとか「若者たちのエジプト」、「我々はみな、ハーリド・サイードだ」ってのもありましたが、それらはどうなったんでしょうか。

どうもムバーラクさんが早期に辞任することによって、これらの新しい勢力が雲散霧消してしまう可能性がある、てゆーか軍主導の「辞任」の主要な目標はそれだったのではないでしょうか。すでに軍と拷問長官、「エルバラダイ」と野党とのあいだで「秩序ある」政権移行への道筋はほとんど付けられていたのであり、それらの人々にとってその障害はムバーラクさんではありません。むしろムバーラクさんが居座り続けることによって、街頭勢力が若くて革新的な、世俗的で、何よりも反米的な新たな政治勢力として台頭して来る可能性があるのであり、ムバーラクさんが結果としてそのような勢力を育てることになってしまうことを怖れた、ということも考えられます。

したがって「デモ」が「体制監視の武器」であるならば、それはこの「移行期」にはむしろ機能し続けなければならないでしょう。タリハール広場は占拠し続けられる必要があります。それ故に軍はこの広場を占拠し、監視し、封鎖さえするかも知れません。そして「軍が民衆の要求に背」いた暁には、若者たちは先ず第一にこの広場を軍から奪取することから始めなければならないのです。


posted by 珍風 at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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