2011年05月07日

全くお安い安全宣言

経産省、原発重視の方針堅持へ 安全宣言で電力確保目指す


 原発の緊急安全対策を進めて「安全宣言」を早期に行うことで既設の原発からの電力供給を確保し、2030〜50年には「世界最高レベルの安全性に支えられた原子力」を3本柱の一つとするとした、経済産業省の今後のエネルギー政策に関する内部文書が6日、明らかになった。

 14基の原発の新増設を盛り込んだエネルギー基本計画を含め、菅直人首相が政策の白紙からの見直しを表明、中部電力浜岡原発の停止を要請するなど、これまでにない政策を進める中、従来の原発重視を堅持する方針を早々に打ち出したことには今後、各方面から批判が出るのは確実だ。

 文書は、東日本大震災を受けた現行のエネルギー政策の課題に関するもの。事故で「原子力の安全確保に大きな疑問符」がついたとの判断から、「原因の徹底究明と安全規制の抜本見直しを進め、将来のエネルギーとしての適格性を判断する」としながらも「今後のエネルギーのベストミックス」の一つとして「安全性を最大限追求した原子力」を掲げた。

 その上で、30〜50年に向けた長期的なエネルギー政策の3本柱の一つとして、太陽光発電などの再生可能エネルギーの拡大、ライフスタイルや産業構造の改革による省エネルギーの実現とともに「世界最高レベルの安全性に支えられた原子力」を据える考え方を示している。

 また、定期検査で停止した原発が再稼働できない状態が続くと、今後1年間で全国すべての原発が停止して地震直前に比べて3千万キロワット以上の供給力が失われると電力危機を強調。「緊急安全対策の徹底(安全宣言)により、既設炉からの電力供給を担保」するとの方針を示した。

 再生可能エネルギーについては今後拡大する方針を示したものの「太陽光発電のコストは原子力の約7倍」「電力の安定化対策として蓄電池の大量導入など年間数千億円が必要」など、これまでの評価の記述をほぼ踏襲している。

2011年5月6日 共同


民主党の2009年の「マニフェスト」によれば

46.エネルギーの安定供給体制を確立する

○安全を第一として、国民の理解と信頼を得ながら、原子力利用について着実に取り組む。


ということで、民主党に投票した僕などは灰をかぶって懺悔しなければなりませんが、民主党に投票しなかった人にも灰が降り注いでいるようですので、何か別なことをしなければなりません。土下座も乱用されているので最近ではすっかり評判が悪いもんですから、どうしたもんだか。

とにかく、「マニフェスト」の全面的な見直しをうたう菅政権としては例外的に「マニフェスト」を堅持した格好ですが、「安全を第一」というところを「世界最高レベルの安全性」と解釈するのが「見直し」のミソであります。

ちなみに「国民の理解と信頼」については、そんなもんはどーとでもなる、というのが「政権交代」以来の民主党の貴重な経験から得られた教訓です。マスゴミに御用学者を出していれば大丈夫ですから、そんな事を気にする事はありません。

政府によれば原発の安全性は、その立地条件などによって評価されるのではなく、「世界」の「レベル」との相対的な優劣に基づいて評価されるようです。「世界」の多くの原発は別段わざわざ火山島に建てたりしていないわけですが、そのような相対的に「安全」な環境に立地する原発の「安全レベル」と比較して「最高レベル」であればそれで良しとすることになっています。

そこで、日本の原発は「世界最高レベル」の危険性に脅かされているようですが、そういうことはあまり関係ないようです。それどころか、政府は日本の原発は現状でも「世界最高レベルの安全性に支えられ」ていると考えているようで、その証拠に「安全性を最大限追求」するためのコストを限りなく低く見積もっています。

「太陽光発電のコストは原子力の約7倍」なんだそうですが、太陽光発電の7分の1であるところの原発のコストは現状の数字です。「安全性を最大限追求した原子力」であってもこの比率は変わらないとされていることから、原子力の安全性を最大限追求するためのコストは現状において安全のために費やされているコストと全く差がないか、あってもその差は極めて僅少なものであると考えられていることがわかるのです。

つまり政府によれば原発の安全性は現在既に「世界最高レベル」に達していることになりますので、「安全性を最大限追求した原子力」とか「世界最高レベルの安全性に支えられた原子力」というのは、今現に存在し稼働しているアレの事に他なりません。

もっとも、少しは何かをするフリをしてみせるようですが、それは飽くまで太陽光発電の7分の1の範囲に限られます。7分の1が5分の1になっても良いかも知れませんし、2分の1でも構わないのかも知れませんが、大事なことはそれが(例えば)「太陽光発電」のコストを上回らないようにすることです。

安全のためのコストに関する考え方としてもう1つ大切なのは、事故が発生した場合にその解決のために要する費用よりも小さくなるべきことが挙げられます。所謂事故による被害の見積もりですが、100万円の被害を回避するために1000万円かける人はいないわけです。そこで原発の事故による被害ですが、それは一般に莫大なものであると言われているところであります。

しかしこれは社会全体の被る被害として考えられたものです。政府や電力会社が被る損害額はそれよりも小さなものでしょう。このような場合真っ先に指摘されるのが「財源」の問題で、誰かが「財源」と言ったらそれは増税のことです。政府は増税によって、電力会社は電気料金の値上げによってその損害を広範囲な国民に転嫁することが当然のように考えられていますので、実際に彼等の損害額はこれまた極めて些少なものでしかありません。

この点からも今後原発の「安全」の為に政府が何をするつもりであるか大体予想がつくものと思われますが、それはつまり何もしないということに他なりません。そういうわけなので休み明けにでも国内全ての原発に「安全宣言」が出るものと予想します。だいたい「電力危機」を回避するのがその目的ですし、実際に事故が発生してもさかんに「安全宣言」をしているんですから間違いありません。これはもう世界最高レベルの信頼性があるというものです。


posted by 珍風 at 22:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
放射能は安全なので何の心配も要りません。ひょっとしてガンや白血病になっても、それは心配し過ぎによるストレスの所為なので自己責任で宜しく。
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/28/1305089_2.pdf
Posted by ika at 2011年05月09日 10:15
「安定な物質になると、これ以上放射線は出しません。」ってのが泣かせますが、「何事もバランスが大事です。」というのはやっぱりギャグのつもりでしょうか。而してその実体は、親が放射線の心配をすると餓鬼が病気になるぞ、という無根拠な、とはいえかなり有効な脅迫であったりします。これは「文部科学省」が言うから効くんですよ。餓鬼は預かった、活かすも殺すも親の心がけ次第だよ、って学校の決め台詞ですもん。
Posted by 残念B層珍八先生 at 2011年05月09日 22:14
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