2011年06月28日

猿の惑星の猿の軍団の猿知恵

「脱原発なら電気料金は10倍に」麻生元首相が講演


 自民党の麻生太郎元首相が26日、愛媛県内で講演し、原発問題などで極めて真っ当な主張を展開している。以下はポイント。

  原子力発電を太陽光発電で代替した場合、設備稼働率の違いなどから電気料金は原発の10倍に跳ね上がる。

  原発をやめれば、工場は海外に流出し、失業者が増えるが、その失業保険は誰が払うのか。

  政府が今やるべきは財政再建ではなく、復興が緒につくまでの財政出動だ。港湾や道路などの社会資本の充実などに支出すれば、国内総生産2〜3%成長も可能。

 一つひとつもっともな意見だろう。

 日本エネルギー経済研究所は、地元の反対などで全国の原発54基がすべて運転停止した場合、来年度には電気料金が18%(月額1000円)上昇すると試算している。火力発電のための石油などの調達に約3兆5千億円が新たに必要となるためだ。

 菅首相がぶち上げた「脱原発」と太陽光発電など自然エネルギーによる代替が実現すれば、電気料金は何倍にも跳ね上がる。
 火力発電と原子力発電が中心の現時点でも、日本の電気料金(15.8円/1キロワット時=kwh)は、アメリカ(6.8円/kwh)の2倍、韓国(5.8円/kwh)の3倍ある。
 菅首相はここにきて「再生可能エネルギー固定価格買い取り法案」の成立にこだわっているが、工場や家庭の太陽光発電による電力を1kwh当たり30〜40円台で買い取ろうというものだ。
 となれば、日本の電気料金は倍増しかねない。そうなれば、アメリカ、韓国の4〜6倍にもなり得る。もはや国内では、製造業は成り立たないレベルだ。

 麻生元首相の主張は極めて常識的。民主党への政権交代は何だったのかと思わざるを得ない。なぜマスコミはあれほどまでに麻生元首相に悪し様にののしり、引きずり下ろしたのか。マスコミの罪は重い。(織)

2011年6月27日 ザ・リバティ


「幸福の科学」は頸断連とは違う団体であるようですが、これを読む限りでは同じようなもんだとはいえ、一緒にされては頸断連がいやがるであろうという程度には違っているようでもあります。ともあれ、これも元ネタは以下の『愛媛新聞』の記事なんでしょう。


原発の経済性力説 麻生元首相が講演 新居浜


 自民党の麻生太郎元首相が26日夜、新居浜市のホテルで「これからの政治と、日本の再生」と題し講演。東日本大震災を受け迷走を続ける菅政権に
「政府が変わるたびにエネルギー政策が左右したら大変なことになる」と指摘。
次期衆院選で脱原発への賛成、反対は争点にならないとの考えを強調した。 

 党県第3選挙区支部が主催。麻生氏は太陽光発電で代替した場合、設備稼働率の違いなどから電気料金が原発の10倍に跳ね上がると主張。
「工場は海外に流出し、失業者が増える。その失業保険は、いったい誰が払うのか」
と国民負担が増すことになると見通した。 

 社会保障と税の一体改革で財政再建へ意欲的な菅政権には
「政府が今やるべきは財政再建ではなく、復興が緒に付くまでの財政出動だ」
と述べ、港湾や道路などの社会資本の充実、電柱の地下埋設などを例示。国内総生産(GDP)の2〜3%成長も可能になるとの見方を示した。

2011年6月27日 愛媛新聞


これを見ると「ポイント」は確かに3つですが、『ザ・リバティ』はそのうちの2つは合っていますが1つは間違っています。ヒョットコは「政府が変わるたびにエネルギー政策が左右したら大変なことになる」ので「次期衆院選で脱原発への賛成、反対は争点にならない」と言っていて、これがポイントの1つめです。

「政府が変わる」と「政策」も変わるはずで、てゆーか変わらなければ「政府が変わる」ことの意味は何なんだということになりますんで、「エネルギー政策」だって「左右」することになるでしょう。ヒョットコがデタラメをヌカスのはこれが初めてというわけではないのですから別段驚くには当たらないとは言うものの、やはり自民党の首相経験者は違うもんだ、てゆーか自民党の底力を目の当たりにする思いであります。所詮この程度ですから、いくら菅政権がダメだといっても、自民党に戻るわけにはいきません。

もっとも、ヒョットコは「次期衆院選」で「政府が変わる」、自民党が政権に返り咲くつもりでいるようです。つもりになるのは勝手ですから放っておけばいいのですが、しかし、ヒョットコの「政府が変わっても政策が変わってはならない」という指摘は、日本政府がとりうる政策が外的な制約の下にあることを彼がよく認識していることを、他ならぬその「外的」に向かってアピールしておりますから、やる気充分、といったところでしょう。

で、『ザ・リバティ』が「ポイント」の1つとして挙げている、そればかりか見出しにまでしている「電気料金10倍」は、「ポイント」のひとつではなくて2つめの「ポイント」を導く論拠のようなもののようですが、ヒョットコがちゃんと計算して出した数字ではありません。ただのハッタリで、まあ、講演という場ではありがちなことです。もっとも、わざわざヒョットコの講演を傾聴しに赴くような人は聞いたことは何でも本気にしかねませんからもう少し気くばりが必要でしょう。現に『ザ・リバティ』はすっかり本気にしてしまいました。

お気の毒様はともかくとして、「原発は安い」というか「原発は電気料金が安い」という、ヒョットコがいくらデタラメを言ってもとても追いつけないほどのデタラメな言説が存在することは事実であります。もっとも、これは原発事故による賠償を電気料金に転嫁しないという仮定を前提としているわけで、その事故が起こってしまった今になって言ってもらっても、早晩崩壊するのは目に見えています。

まあ、だからこそ賠償をケチろうと努力しているではないか、という反論も予想されるわけですが、その場合は賠償されない損害が「電気料金」に含まれない電力コストとして負担させられることになります。これは発電所周辺数10キロの住民だけの話ではなく、例えば今回の事故では首都圏地域でも様々な損害が出ているわけですが、それが原子力発電のために負担しなければならないコストなのです。

とはいえ、仮に事故が起こらなければ「原発が安い」かどうかは定かではありません。「高い」という試算もありますが、オフィシャルには「安い」ということになっている、というのが実際のところなのです。「安い」というのが「正統」な教義であって、「高い」とかゆーのは「異端」なのです。拷問にかけて火あぶりにしなければなりません。

この発電コストの問題はしかし、「原発」にまつわるタブーのほんの一部でしかありません。放射線の人体に対する影響についても「正統」と「異端」が対立しています。そしてその「正統性」は癌患者の増加とかいった俗世での出来事によって修正されるようなものであってはならないようです。教理問答によるとそれは「放射線恐怖症」なる霊的な原因を持つことになっています。やきとりさんのおっしゃるようにこれは「宗教」なんですから、正統な教義は崇高にして謹厳に保持されなければならないのです。

よくある「宗教」には神様、てゆーか中心となる禁忌があり、その周辺に副次的な禁忌、階級構造化された聖職者組織とか「あの山へ行っちゃなんねぇ」的なタブーが配置されます。崇敬の対象である中心的な禁忌の存在が「原発」を典型的な「宗教」たらしめています。それはつまり原子炉ですが、フツーの人は近づくことが禁じられています。むやみに触れればバチが当たるのです。本当に当たるんですからたまりません。そこにアクセスすることが出来るのは聖別された「専門家」であり、外部から中の事情を伺い知ることは出来ません。平信徒はわずかに聖職者の説教を聞いてそれを信用するしかないのです。

しかし「原発」が現代において希有の宗教性を持っている、というのは、それが宗教の原初的な形態をよく保っていることにあるのです。実は平信徒も聖なる場所に、禁忌に接近するばかりかその中心にまで立ち入る機会があるのです。それは「供儀」に他なりません。現代ではあまり流行らないとはいえ全ての「宗教」がその根底としている「人身供儀」が未だに公然と、しかも世界規模で行なわれている宗教は「原発」くらいしかないでしょう。これに比べると「幸福の科学」などは「宗教」というよりも「パチもんの「科学」」にしか見えないのが残念とも何ともありません。


posted by 珍風 at 07:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なるほど、太陽信仰の変種ね。だからシンタローサンも今回の件は我欲に走る人間ども天罰を与えたと言ったわけね。炉神がお怒りになったと。今後は電気料金とは呼ばず、捧げ物と改称すべきだね。
Posted by ika at 2011年06月28日 10:19
「炉神」とは、ikaさんもよーゆーね。
Posted by メル友ダウン珍風 at 2011年06月28日 19:00
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