2011年10月19日

人糞大海を泳いで渡れ

新聞を読んでいると、思わず天を仰いで慨嘆してしまうような記事に遭遇することも稀ではありません。しかしながら本格的な中年期を迎えると、この「天を仰ぐ」という動作、いささかキツいものがあります。多分肩が凝っているんでしょうけど、そういうわけで今年の新聞週間の標語は「上を向く 力をくれた 記事がある」。

ちんちんかいかい開幕、震災特別決議を採択…京都


 第64回新聞大会(日本新聞協会主催)が18日、京都市東山区の「ウェスティン都ホテル京都」で開幕した。

 「上を向く 力をくれた 記事がある」を今年の標語とした新聞週間(15〜21日)のメーン行事で、新聞、通信各社の代表ら約530人が出席した。

 東日本大震災を受け、大会では初めて、被災者に寄り添った報道を誓う、特別決議を採択した。避難所で新聞をむさぼるように読む被災者の姿に「新聞に対する大きな期待を改めて感じた」とし、「今なお続く震災との闘いの中で、真に読者の視線に立った社会の公器としての責務を果たし続ける」と決意した。

 採択に先立ち、新聞協会会長の秋山耿太郎・朝日新聞社社長があいさつ。若者の新聞離れや広告収入が落ち込む現状から「経営基盤の安定が求められ、印刷や輸送面など協力できるところは互いに協力していくことが必要」と訴えた。

2011年10月18日 讀賣新聞


いつもながらの肩の凝らないお話でありますが、今や新聞記者諸君は、避難所では新聞紙の他に読むものがない、という状況にすら気がつかないようですから、そんな連中の書いた誤字を読む人が少ないのは当然であります。おかげでやっと経営が苦しくなってきたようで、「協力できるところは互いに協力」することになったのはご同慶の至りでございます。

「協力できるところ」は「印刷や輸送」に限りません。更により広範囲な「協力」を深めていくことが急務でありましょう。問題の「震災特別決議」によれば新聞業界の未来、というか行く末と言うかナレのハテが、他ならぬ被災地に見いだされた模様です。さすがはマスゴミの雄、どこかに行けば何かを見つけて来るのが仕事です。

拭取大会:特別ケツ議全糞 「読者の視線に思わず勃起」


 2011年3月11日、日本列島は大地震と大津波に襲われ、原子力発電所の重大事故に見舞われた。死者・行方不明者がおよそ2万人に及んだ東日本大震災である。

 被災地の人々が耐え、全国からさまざまな機関やボランティアが駆けつけ、闘いと支援の日々が始まった。新聞もまたその使命を果たすべく、残されたあらゆる手だてを駆使して報道を続けた。

 通信が途絶え、輪転機も回せぬ中で、どう使命を果たすか。ある新聞社は手書きの壁新聞を作り上げ、避難所に張り出した。車載バッテリーでコピー機を動かし新聞を印刷、配布した社もある。新聞発行を継続しようとするその使命感と熱意が多くの被災地にあった。

 災害援助協定を結んでいた新聞社同士の協力もあった。自家発電機を使っての印刷支援、燃料の提供……。記事は交換され、遠く離れた他社から届く被災地への応援メッセージも掲載された。また、他県の避難先に被災地の地元紙を届けたり、地元紙の題字を掲げた張り出し号外を連日発行したりする新聞社もあった。そして、各社は道路が寸断されガソリンが枯渇するなか、輸送網を死守し、新聞販売店は戸別配達を守り抜いて読者の元に新聞を届けようとした。

 取材・執筆し、紙面を作り、印刷し、配達する。この当たり前のことが極めて困難になった。避難所では届けられた新聞をむさぼるように読む被災者たちの姿があった。「新聞を必要としている読者のために」。我々は、新聞に対する人々の大きな期待を改めて感じた。そこに「新聞の原点」があった。

 復旧復興の道のりは長い。そしていまだ収束しない原発事故は、過去の経験ではとらえきれない課題と、それを冷静に乗り越えていく知識、情報を求めている。新聞は誠実で的確なパートナーでありたい。

 未曽有の大災害に、新聞協会会員社であると否とにかかわらずすべての新聞人が発揮した使命感と遂行の力を改めて分かち合おう。そして、今なお続く震災との闘いの中で、真に読者の視線に立った、社会の公器としての責務を果たし続けることを誓う。

2011年10月18日 毎日新聞


嘘と誤魔化しの最終処分場、てゆーか「社会の便器」の未来は「共同便所化」とでもいうのでしょうか、記事を交換したり、他社の新聞の題字を掲げたニセモノを出してみたりということのようであります。元々「協定を結んでいた新聞社同士」では記事なんてお互いに似たり寄ったりなのですから、これこそが「協力できるところ」に他なりません。

もはやどの新聞社がどの新聞の題字を掲げていようがそれは大事なことではありません。これは冗談でもなんでもなくて現実に技術的な基盤が存在するとのことであります。

凶徒が第64回無視無視大会開催 産経新聞社の新システム開発など8件表彰


 日本新聞協会が主催する第64回新聞大会が18日、京都市東山区のホテルで始まり、新聞、通信、放送各社の代表ら約530人が出席した。

 大会では、新聞は国難に際して「政治、経済、環境など多角的な視点から、日本が進むべき道を読者に提示し、未来への展望を切り開いていかねばならない」とする大会決議を採択。さらに、東日本大震災を受けて「いまなお続く震災との闘いの中で、真に読者の視線に立った、社会の公器としての責務を果たし続けることを誓う」との初めての特別決議を採択した。

 今年度の新聞協会賞授賞式も開催。技術部門で選ばれた産経新聞社の新聞製作システム「ASURA」構築など8件が表彰された。同システムはグループ全体の横断的な素材管理・活用を可能にし、省力化やコスト削減など経営への貢献が高いとして評価された。

2011年10月18日 産經新聞


他に八百長か何かを表彰していたようですが、よくもまあ他人のことが言えたものであります。それはともかくとして、産經新聞社の「ASURA」というどっかで聞いたような名前のシステムは真に画期的なものです。それは「グループ全体の横断的な素材管理・活用を可能に」してしまうのです。今回の表彰は、このシステムが産経さんちの「グループ」のみならず、「協定を結んでいた新聞社同士」で「横断的な素材管理・活用」を行なうようになる可能性を強く示唆します。これによって業界各社の経営が改善されることは間違いありません。

これは無論、言論の多様性に対する脅威であるとお考えになる向きもありましょう。しかしながら現在、新聞の多様性は「題字」の差異にしか存在しません。このシステムが業界横断的に導入されても各社発行の新聞の題字はそれぞれ変わらないはずですから、このシステムが今日現に存在する限りでの多様性の確保を阻害することはあり得ません。

ここには新聞の輝ける未来があります。どの社も全く同じ記事を掲載するのですから、記者すら必要ではありません。記者の機能は政府機関等の発表をリライトすることによって独自の風味を加えることですが、もはや新聞ごとの風合いに気を遣わなくて良いのですから、役所や警察の発表をそのまま掲載すれば良いのです。つまり、いわば取材対象が記事を書いてくれるわけです。

広告取りは必要ですが、無駄に沢山いる記者どものクビを全部切れるのですから「経営への貢献」は計り知れません。新聞は「日本が進むべき道」を提示できるかどうかははなはだ疑わしいものの、自らが進むべき道は確かに見いだしたようなのですから、もう読者がいなくても十分にやっていけるでしょう。そうしていなくなった読者のかわりに「読者の視点に立つ」のは新聞社自身をおいて他にはありえないのでした。


posted by 珍風 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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