2012年02月20日

片腕首絞め対時空を飛んで来たギロチン

うれしいとか喜びはない。厳粛な気持ちで受け止めている…とはいうものの


 光市母子殺害事件の遺族、本村洋さん(35)は20日の最高裁判決後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見を開いた。会見開始までの数分間、目をつむり、深呼吸を何度も繰り返した本村さん。記者に促され、判決への思いをしゃべり出したとき、目には涙がたまっていた。

     ◇

−−判決を受けての思いを

 「はい、まず始めに13年間という事件発生から長い時間が経過したのにもかかわらず、これだけたくさん報道していただき、社会の皆さんが関心を持っていただいたことに感謝している。13年間の中で人間的に未熟なところがあり、感情的になって不適切な発言をしてしまい、それを聞いて不快に思われた方もたくさんいると思う。深くおわび申し上げる」

 「また13年の長い間、裁判を続けてきた裁判官、検察官、捜査された警察官の方々、そして最後まで熱心に弁護をしていた弁護士の方々に深く感謝する」

 「今回、死刑という判決が下され、遺族として大変満足している。ただ決してうれしいとか喜びとかは一切ない。厳粛な気持ちで受け止めないといけないと思っている」

 「事件からずっと死刑を科すことを考え、悩んだ13年間だった。20歳に満たない少年が人をあやめたとき、もう一度社会でやり直すチャンスを与えることが社会正義なのか。命をもって罪の償いをさせることが社会正義なのか。どちらが正しいことなのかとても悩んだ。きっとこの答えはないのだと思う。絶対的な正義など誰も定義できないと思う」

 「ただ日本は法治国家で、この国には死刑という刑罰を存置していることを踏まえると、18歳の少年であっても、身勝手な理由で人をあやめ、反省しないと死刑が科される。日本という国はそのくらい、人の命について重く考えているということを示すことが死刑だと思うので、死刑判決で日本の社会正義が示されたことは大変良かったと思っている」

 「これが絶対的な回答ではないと思うし、判決を受けて議論があると思う。死刑を存置すべきだとか、廃止すべきだとか色々な考えが出ると思うが、これをきっかけにこの国が死刑を存置していることを今一度考えていただきたい。裁判員裁判も適用されていることですし、身近に起こる事件、犯罪について考える契機になれば、妻と娘の命も、今回、死刑が科されるであろう被告の命も無駄にならないと思っている」

(略)

−−司法制度が被害者の気持ちをくむものに変わる中、象徴的な当事者に位置づけられた。葛藤や悩みはあったのか

 「どうして私の事件がたくさんの関心を集め、メディアが来てくれるのか自分でも分かっていないが、これも何かのめぐり合わせだと思う。こういった場を利用させてもらって、自分の事件だけではなく、犯罪被害者のこと、日本の刑事裁判の在り方、少年の処罰の仕方について問題提起させてもらうことが私の使命と思い、精神力、体力が続く限り対応してきた。それが本当に良かったのか、社会の役に立ったのか、むしろ不快に思われていないかなどを悩んできたのも事実だ」

2012年2月20日 MSN惨刑ニュース


結論から言うと本村さんは「社会」の役には立っていますし、それはご自分でもお分かりでしょう。「悩んできた」のが「事実」であるかないかなどと野暮なことは申しませんが、「目には涙がたまっ」た状態で「うれしいとか喜びとかは一切ない」でいられる、という程度にはいい加減なことを言っているようです。

本村さんが「役に立っ」ている「社会」について、彼は自分で説明しています。たとえばそれは、「絶対的な正義」に対立する限りでのある種の「正義」を言い表すために使われる「社会的正義」という言葉における「社会」であったりします。しかしながら、ここで「絶対的」でない「正義」という概念は議論を呼ぶ可能性がまります。「相対的正義」とは、はたして「正義」なのでしょうか。それは「正義」と呼ばれるに相応しいものなのか。

ここで本村さんは困難に陥っています。それは「犯罪被害者」として、つまりいわば「利害関係者」の立場で「正義」を相対化してしまうときに、彼の言う「正義」がちっとも「正義」ではなくなってしまうということなのです。本村さんは単に、自分に都合のいいことを「正義」と言ってしまうような、単なる厚かましい人なのではないか。もっとも、彼はその「正義」が「社会的」なものであると言っています。もちろんその「社会」とは、全く幸いにも「死刑という刑罰を存置している」社会であり、その限りで本村さんにとって都合の良い「社会」であり得ます。

つまり本村さんとその「社会」とは互いに利害が一致しているということが出来るわけで、そうであるならば本村さんが単に自分の都合のいいことを「正義」であると言い張っているのではないか、という疑いは残ってしまうでしょう。結局のところ本村さんの言葉は「日本に死刑制度があって誠に好都合であった」と言い換えることが可能であり、彼の言う「正義」には特に何の意味もなかった、ということになります。

しかしながら一方で、本村さんの言葉にロベスピエールなんかを思い出す人もいるかも知れません。もっとも、ロベスピエールさんは評判が良いようで、その人格の高潔と無欲が喧伝されている人物ではありますので、本村さんの「社会的正義」てゆーか「社会を味方につけた私欲」とは縁遠いような気もします。まあ、だからこそ本村さんがワザとロベスピエールさんのマネをして、人殺しをするにあたって「正義」とか言ってみた、ということも考えられなくもないわけです。

ともあれ、仏蘭西では料理の次に有名は断頭台のことを「正義の柱(Bois de Justice)」と呼んでいたものです。これがニックネームなどではなく堂々の正式名称であるあたりが仏蘭西式の「エスプリ」というものですが、そんなシロモノを「正義」と呼ぶことに何となく釣り合いの悪さを感じていた仏蘭西の人々は、とうとう死刑を廃止してしまいました。

したがって本村さんによって死刑制度に新たに導入された「正義」が、死刑制度をして自らを死刑に処するものともなりかねません。実際のところそれはむしろ「古い」議論です。しかしながら同じ殺人が一方は断罪され一方は「正義」と呼ばれる時に、人はそこに何か「正義」ならざるものを感じてしまうのです。

しかし「正義」の根拠として誤って「社会」を名指すことが、本村さんにとっての「社会」の「役に立つ」でしょう。今日の判決は既定のものであり、マスゴミはこぞって被告人の幼い頃の写真から最近のインタヴューまで、周到に用意されたネタを名前の字幕スーパー入りで報じていたものですが、そのような報道のターゲットこそが「社会」だったのです。それは「本村さんの社会」が、「社会」に仕掛けた情報戦でした。「社会」は「本村さんの社会」に同意し、やがて「本村社会」になってしまうでしょう。ついにはとうとう「村社会」になってしまうわけですが、たしかに別に本村さんがエラいというわけではありませんので、「うれしいとか喜びとかは一切ない」かも知れませんが、知ったことではありません。


posted by 珍風 at 22:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「社会を味方につけた私欲」の権化である所のハシモト氏にとってこの結果は大変喜ばしい事であり、氏の行為の正当性が最高裁によって改めて証明されたわけです。そして被告のクビチョンパや税金ドロボーの公務員のクビ切りやキミガヨを歌わない反日教師のクビを切る事によって血に飢えた7割を超える大阪府民の支持を得ている訳ですから、切れ味鋭い正義のギロチンハンドが増々唸りを上げて群がる敵対勢力のクビを切り落として行くことでしょう<橋下大阪市長、府民支持7割 朝日新聞・ABC世論調査>http://www.asahi.com/politics/update/0221/OSK201202200190.html
Posted by 包囲されるikez at 2012年02月21日 09:05
「絶対的な正義など誰も定義できない」からといって「日本の」「社会」「正義」を、実は密かに「絶対的な正義」の座につけてしまうのであれば橋下や本村が「王」になりましょう。
Posted by 性技の味方珍風 at 2012年02月21日 22:59
>本村が「王」になりましょう。

もう王かもしれないです。
普通の人間なら『天国からのラブレター』とか出した時点でフクロにされてますよ。
これから「将来の夢は?」と聞かれたら「被害者貴族です!」と答えたくなるほど、世間は本村の思うがままです。
まあ中には一生懸命「木村洋さん」を応援している人もいるので世間というのも油断なりませんが。
Posted by モトムラーご一行様は血に飢えた方ばっかりで危ないので匿名希望 at 2012年02月22日 05:58
>『天国からのラブレター』とか出した

というような「身も蓋もない」てゆーか、下劣な品性のさらけ出し方は橋下さんと似ていますよね。

僕は皆さんと同じ下らない人間なの。でもフクロにはされないし、されないことが分かってるから本も出しちゃうんだ。なぜ僕がフクロにされないか考えてごらん。いまさら被害者の仲間入りをしても僕みたくなれないんだから家族は大切にね。
Posted by 下品珍風 at 2012年02月22日 06:15
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