2006年10月15日

古典の解釈と鑑賞 「EDがよう」

最古の万葉仮名、7世紀半ば木簡に記載 大阪・難波宮跡
2006年10月12日
 大阪市中央区の難波宮(なにわのみや)跡で、7世紀中頃のものとみられる、日本最古の万葉仮名(まんようがな)文が書かれた木簡が見つかったと、大阪市教委と市文化財協会が12日、発表した。万葉仮名文の成立は一般に7世紀末ごろとされていたが、今回の発見で20〜30年、さかのぼることになる。市教委などは「日本語表記や和歌の歴史にとって画期的な資料」としており、「万葉仮名文は7世紀末ごろに柿本人麻呂が完成させた」とする説にも再考を迫るものとなる。
 万葉仮名は主に漢字1字を1音にあてて日本語を表記した文字で、万葉集で使われていたことで知られる。今回、出土した木簡は、長さ18.5センチ、幅約2.65センチ、厚さ5〜6.5ミリ。丁寧に削られた片面に、墨で「皮留久佐乃皮斯米之刀斯」の計11字が書かれていた。12字目をわずかに残して、下部は欠けた状態だった。
 国語学の専門家は「はるくさ(春草)のはじめのとし」と読む可能性が高いと指摘。「春草の」は万葉集で枕詞(まくら・ことば)として使われており、文は五・七音を重ねた韻文の可能性が高く、和歌とみられる。
 木簡は一緒に出土した土器や地層の状況から、大化の改新後に飛鳥京から遷都した前期難波宮の完成(652年)直前のものとみられる。
 これまで、万葉仮名文が書かれた古い木簡としては、古今和歌集の和歌の最初の五・七部分「奈尓波ツ尓作久矢己乃波奈(難波津(なにわづ)に咲くやこの花)」が書かれた観音寺遺跡(徳島市)出土の木簡(689年以前)や、飛鳥池遺跡(奈良県明日香村)出土の木簡(672〜686年ごろ)が知られていた。
 難波宮跡の木簡は大阪市の大阪歴史博物館(火曜休館)で14、15日に特別公開(無料)、18〜23日に一般公開(有料)される。
asahi.com


「はるくさのはじめのとし」に何があったのか分かりませんが、同時に発見された木簡には次のような文字が書かれていたとされています。古代の歌謡と見られているこの文字について、本日はこの歌の解釈と鑑賞を行ないます。

EDがよう、フェラ
チオにイラマチオに
腐れチンポの
巌となりて
後家のブスまで


(大意)
インポの奴がね、フェラチオしてもらってイラマチオまでしているうちに、役に立たなくなって腐ったようになっていた性器も岩のように大きく固くなり、ついには醜い未亡人にまで見境なく手を出すようになってしまった。

(解説)
ED・・・erectile dysfunction、勃起不全、インポのこと。ここではインポ一般ではなく、ある特定のインポの人物を指しているものと思われます。陰萎という字面は少々気の毒なので英語の頭文字で略称することが流行しました。「E電」と混同しないこと。E電は東京近郊区間の旧国鉄線の略称として制定された古語。一般的には「JR」と言われました。これはJr.のことであり、陰茎を指します。

よう・・・間投助詞「よ」に同じ。この歌が聞き手を前にして詠われたものであることが分かります。ここでは聞き手に向かって、あるインポの人物が話題になっていることに注意を喚起していますが、おそらくその人物は詠い手と聞き手に共通の知人なのでしょう。どのような種類の関係にあったのかは明らかではありませんが、プラトニックとは言い難いものであることは容易に想像されます。

フェラチオ・・・男性器を口舌をもって愛撫し、刺激する行為で、「口取り」「尺八」とも呼ばれます。この語が句跨がりしていることに注意。ここでは分かりやすく、単語を分解して表記しています。当時としては破格のテクニックですが、フェラチオそのものは一般的なテクニックとして行なわれていたと思われます。

イラマチオ・・・男性器を相手の口腔に挿入して性行為を行なうこと。そのまま射精に至る場合も多い。精液の味は人により、また体調などにより変化するといわれていますが、ご飯にかけて美味しいというものではないようです。イラマチオはフェラチオと似ていますが、男性が能動的に動くため、ともすればされる側が呼吸困難に陥るなどの難点があり、フェラチオほど一般的には行なわれていないようです。なお、こんなことをする以上は問題の人物のインポはとっくに解決しているはずですが、あくまで音韻上の効果を狙って意味的にも類似した語を詠み込んだものとも考えられます。

腐れチンポ・・・「チンポ」又は「チンポコ」は「珍宝」の転訛。たしかに「宝」といっても良いものですが、そんなに珍しいものなのでしょうか。例えば最近の総務省の調査によれば携帯電話の普及率は89.6%ですが、チンポの普及率はほぼ50%で固定しています。比較的珍しいものであるといえないことはありませんが、以外にありふれているという見方も出来ます。「腐れ」は名詞に嘲笑的意味を添付する接頭語で、実際に陰茎が腐敗している様ではありません。しかし腐敗した食物が役に立たず、捨ててしまうしかないように、「腐れ」は役に立たない状態そのものも表現しています。

巌・・・大きな岩のことであり、その大きさと堅さから十全に勃起した男性器を連想させ、古代のフェティシズム的な崇拝の対象となっていました。すなわちリンガであります。いにしえの人々の自然を敬う気持ちが伝わってきますが、ここではインポ男がすっかり快癒し、崇敬の対象となる程に立派になったことを表しています。

後家・・・夫と死別又は離婚もしくは夫が生死不明である妻。熟れ切った体を持て余し日夜悶々としているものとされていますが、よほどの資産がない限りパート勤務などで母子の生活を支えていたりして、日夜疲弊している場合が多いようです。「未亡人」は本来は「(死んだ夫に従って殉死すべきなのに)未だ死んでない人」のことで、実際にインド辺りでは夫の火葬の際に妻を無理矢理火中に放り込む風習があるようで、そのような価値観を共有した言葉ですが、近代では「日夜悶々」の意味合いを含むエロ用語として用いられたこともあります。しかし現代では長時間の過重労働によって生きながらにして死んでいる夫を持つ「人妻」こそ、性に煩悶する人物像として「未亡人」にとって替わったエロ用語として定着していることは言うまでもありません。

ブス・・・顔の醜い女の人。後家さんがブスの場合、「熟れ切った体を持て余し、顔が醜いので更に持て余している」ことになりますので、比較的手に入れやすいと思われがちですが、「ブス」が性的満足を得るや見違える程美しく変貌して果ては他の人に取られてしまう、ということはよくあることですから注意が必要です。

(鑑賞)
この歌の詠み手と「ED」と呼ばれているインポ男との関係をどのように見るかが鑑賞のカギです。読み手が若い女性である場合、フェラチオなどでインポを直してやったのに男が後家さんに走ってしまったことを嘆く歌であるかも知れません。この場合は「ブス」には多分に主観的な、単なる悪口以上の意味はないでしょう。歌の聞き手が他ならぬその後家さんであったと考えれば事態はよりスリリングであるということが出来ます。他方、全く無関係な人間が噂話をしているようにも解釈できますが、そういう人間に限って「ブスの後家さん」と以前関係していたりすることがありますので、そういうことも考慮に入れた上で鑑賞することが大切です。

また、フェラチオでインポが治れば苦労はしないわけですが、この歌の背景にある古代の巨石信仰について考えることも重要です。フェラチオなどの人為による努力も、「巌」の霊力の助けがあってこそである、と考えれば、この歌は自然の大いなる力をたたえたものであると解釈することも不可能ではありません。

なお、明治になってこの歌にメロディーをつけて唱歌とし、学校などでは強制的に歌わせることになっています。良家の婦女子の間では歌唱を拒否する人も多いようですが、あまりも下品な歌詞の内容からしても無理からぬことではあります。

ED gayo.jpg
posted by 珍風 at 21:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「地口おち」「考えおち」等、落ちにも色々ありますが、「譜面おち」でさらにダメ押し。
いやあ、いつも以上に笑わせていただきましたよ。
Posted by やきとり at 2006年10月16日 00:32
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