2012年04月15日

シャモタン☆ブギ

決意の暴走か?祇園死傷事故、発作に疑い


 京都市東山区の繁華街・祇園で、軽ワゴン車が暴走し、歩行者7人が死亡、11人が重軽傷を負った事故で、死亡した運転手の呉服店社員、藤崎晋吾容疑者(30)が最初に追突したタクシーの時速が、衝突で8キロ上がっていたことが14日、タクシー車載装置の記録で分かった。さらに追突後、タクシーの横をすり抜け加速したとみられ、京都府警は当て逃げしようと暴走を始めた疑いもあるとみて、持病とされるてんかんとの関連も含め調べている。

 タクシーの車載装置に残った記録によると、12日午後1時7分、時速21キロで走行中のタクシーに藤崎容疑者の運転する軽ワゴン車が追突した。ブレーキを踏んでいたが、弾みでタクシーの時速が、プラス8キロの「29キロ」に跳ね上がった。

 タクシーの男性運転手(63)によると、追突後、藤崎容疑者は驚いたような表情をして、走り去ったという。いったんバックしたとの目撃情報もある。強い衝撃を受けていることなどから、藤崎容疑者は制限速度の30キロを超える速度で追突したとみられる。

 捜査関係者によると、藤崎容疑者は追突後、タクシーの横をすり抜けて、さらに加速したとみられ、とっさに逃げることを考え、とんでもない暴走を始めた疑いもあるとみて調べている。

 藤崎容疑者はその後、赤信号の交差点に突っ込み、次々と歩行者をはねた後、南北に走る通りを北上。数台の車に接触しながら約190メートルをなおも暴走し、電柱に激突してようやく停止した。

 交差点より先の道沿いの防犯カメラに、狭い道を走り抜ける藤崎容疑者のワゴン車が写っていた。捜査関係者は「ハンドルを操作しなければできない難しい走行」としており、電柱に激突して停止する直前まで、何らかのハンドル操作をしていた可能性がある。

 また、藤崎容疑者は交差点で最初に人をはねるまでの約150メートルも、他の歩行者らをかわして走っていたことや、交差点では西側から進入してきた市バスも巧みに避け、走り抜けていたことも捜査関係者への取材で分かった。

 家族によると、藤崎容疑者には約10年前のバイク事故の後遺症とみられるてんかんの持病があり、最近発作も起きていたと説明しているが、京都府警はてんかん発作の有無と同時に「故意に暴走させた結果、人をはねた可能性が捨てきれない」として殺人容疑での立件も視野に捜査を進めている。

 タクシーの男性運転手は14日、取材に「怒る気なんてなかった。あの場所で車を止めて謝ってくれたら、それで済んだ話だったのに…」とやり切れない様子だった。

2012年4月15日 サンスポ


「事故」は翌日には早くも「発作」から「故意」に移行して「事件」と化したわけですが、まるで電信柱に激突するかのように「決意」にまで暴走してしまったのは、いくらなんでもちとやり過ぎかもしれません。まるで弁解するかのように「持病とされるてんかんとの関連も含め」などと書いてみたところで、もう後の祭りであります。

実際のところ藤崎さんを司法解剖したところ抗てんかん薬の成分がみつかったようです。いくらてんかんだといっても、薬を飲んでしまっては何にもなりません。もっとも、現場は法善寺横町ではありませんから、これをもって「故意犯」なのか「意図犯」なのかは分かりません。

つまり「暴走」は「故意」である可能性がありますが、藤崎さんとしてこの暴走行為をもって、ここはひとつ人を沢山轢いてやろうなどという「意図」があったものかどうかは判然としないものであります。そのような意図をもって行なわれた場合、これは殺人罪の疑いがあり、どうせのことなら派手な罪状を好む警察もその方向で捜査をしておられるところでありますが、そうだとすればこれは社会の大多数の人々に不利益をもたらすばかりではなく自分も大損をこくという自己破壊的攻撃性の発露としての「国益」に適うものとなりましょう。

とはいうもののマスゴミ記者さんの想像によれば、これはそんなに派手な話ではないようでもあります。藤崎さんは単に「雲助」が怖かっただけなのです。ちなみに京都では地方裁判所の裁判官の山本和人という方も、判決でもタクシー運転手のことを「雲助」と書いたりする様です。御丁寧にも「(蜘蛛助)」などと別の当字も参考として揚げておく必要を認めたようですが、これは客を待っている様子を網を張る蜘蛛に喩えた言い方だそうです。勉強になりましたが、この人の渾名は「シャモ」にしてあげましょう。

ひどいことを。もっとも雲助氏、「怒る気なんてなかった」と言っていますから案外と優しい人だったのかも知れませんが、後から言っていることですから多少割引して受け取った方が良い、というあたりがやっぱり雲助の面目躍如たるものがあります。いずれにしても藤崎さんは雲助さんを怖がって取る物も取り敢えず逃げた、というのが記者さんの解釈です。なるほど、取るものも取れなかったんですから歩行者の安全などは取りあえず二の次になってしまうのも解らないわけではありません。

というのはちょっと意地悪な言い方です。実際には藤崎さんは「最初に人をはねるまで」は「他の歩行者らをかわして走っていた」んだそうですから、少なくとも最初の1人は「故意」ではなかった可能性が存在します。しかし千里の道も一歩から、何事も最初が肝心です。1人やってしまうとかなり追い詰められたような気分になるものですが、繁華街の交差点のことです、気がついたらもう何人もはねとばしてしまいました。

京都府警の誰も知らない人が言うように「故意に暴走させた結果、人をはねた」という道順ですが、しかしこのような「あくまで結果として人をはねちゃったんだよ」というような観測の、どこに「決意」があるというのでしょうか。「逃げる」というのは、おそらく「決意」ではないでしょう。

ここにおいて藤崎さんは若干「国益」的行為に接近し得たというべきかもしれません。要するにこの「決意」とは彼の死が「自殺」であった可能性を示唆するものです。もっとも歩行者轢殺の何人目までが「過失」で、何人目以降が「未必の故意」で、どの時点で「決意」に変わったのかは不明であります。僕に想像出来るのは彼が「逃げることを考え」た「とっさ」のことです。「雲助」はコワい、これは間違いありません。雲助に勝てるのは横山やすし父子だけです。それとともに病気のことも「逃走」の動機となったと考えられます。詳しい病状は分かりませんが、ご家族も病気に関してはやや過敏なようで、世間の厳しくも冷たい目を意識してこられた様子がひしひしと伝わって参ります。結果として一部の人たちをぬか喜びさせるだけに終わってしまいましたが。


posted by 珍風 at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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