2012年06月19日

男性機能の不安と女性機能の障害

驚いたことにまだやっているみたいなんですが

小沢一郎“糟糠の妻”39年目の離婚懇願に「慰謝料やらん!」


 「奥さんの手紙が週刊誌に掲載されたあと、心配した議員が小沢一郎元代表に『いろいろ大変ですね』と声をかけました。小沢元代表は『本当にみっともない……』と吐き捨てるようにつぶやいたそうです」(民主党関係者)



 民主党の小沢一郎元代表(70)の妻・和子さん(67)が書いた手紙が『週刊文春』(6月21日号)で公開された。39年連れ添った“糟糠の妻”が離婚を切り出した理由は何だったのだろうか。
 


夫婦の亀裂の発端は、9年前に判明した小沢元代表の隠し子の存在だった。それでも離婚しなかったのは、夫が政治家として日本のために欠かせない存在になりうるという思いからだ。そんな彼女に離婚を決意させたのは、昨年3月の東日本大震災だった。『週刊文春』で公開された手紙にはこう綴られていたという。

 

《実は小沢は放射能が怖くて秘書といっしょに逃げました。岩手で長年お世話になった方々がいちばん苦しいときに見捨てて逃げ出した小沢を見て、岩手や日本のためになる人間ではないとわかり、離婚しました》

 

実はこれまで夫から妻への“献金”もあったという。小沢元代表は自分の資金管理団体を通じ、毎月約350万円を和子さんの口座に振込続けていたのだ。その理由について、彼は周囲に『妻の懐柔だ』と漏らしている。



 だが和子さんが夫の懐柔に屈することはなく、手紙にも『離婚しました』と綴られていた。『週刊文春』の取材に小沢事務所は「離婚の事実はなく慰謝料を払った事実もない」と回答しているが……。なぜ彼は、これほど離婚を拒むのか。



 「小沢元代表が離婚に応じないのは、お金の問題が大きいのです。離婚すれば、慰謝料を取られます。貯め続けた資産を妻に渡すことが、小沢元代表は許せないのでしょう。『妻に慰謝料はやらん!』という強い思いが感じられますね」(民主党議員)

2012年6月19日 女性自身


のっけから「民主党関係者」なる正体不明の非実在人物が登場し、しかも伝聞調で語るというのもかなり「本当にみっともない」わけですが、『女性自身』なので仕方がありません。それにしても最後に出て来る「民主党議員」は「自分が小沢さんだったら」と想像して「妻に慰謝料はやらん!」と言っていますから、この人の奥さんこそ早いとこ「離婚」しておいた方が良さそうです。

ちなみにこの「民主党議員」は次は落選間違いなしです。奥さんにも逃げられてしまうでしょう。政治家の妻というのもの機能を全く分かっていないからです。仮に小澤和子さんが離婚したがっていて、小沢一郎さんがそれに応じないとすれば、それは何よりも一郎さんの政治活動において和子さんが「政治家の妻」として働いていることによるものであると考えられます。てゆーか「議員」ならそう考えるのではないでしょうか。それを「お金の問題が大きい」としか考えられないとすれば問題でしょう。これは政治家ではなく田舎の小金持の発想です。

そんなおバカな「議員」が「実在」しそうなのが今の民主党のスゴい所だ、とも言えるわけですが、ここら辺はもしかするとこの記事を書いたライターさんのプライヴァシーにも関わりかねない微妙な問題ですのであまり深入りしたくないような気もしますが、いずれにしてもこの話題、恥ずかしい生き方をしている男性諸氏が、それを傍らで見続けていた配偶者からいつの日かやっつけられる、という不安が垣間見れるのが面白い所です。まあ他人事ではない、てゆーかそれでも、僕が収入を全て奥さんに渡しているのは、ああそうか、これは「懐柔」のためなんだぞ、決して白旗を揚げたわけじゃないんだ、たとえ相手が「怪獣」であってもだ、などとムリヤリ納得する役には立ちそうです。どっちにしてもこれは男性による男性自身のための問題でありまして、『女性自身』に相応しい記事とは思えません。

このように音羽が文春に晦渋極まる駄文によるエールを送っているというのも、政界再編の最中に「野党」を攻撃するためだと思えば分かりやすいでしょう。「野党」支持者は「三等」支持者と違ってどうも「道義」の様な物を重んじているようなので、小沢さんの「不倫」「吝嗇」を持ち出すと効果があるのではないか。それがプライヴェートなスキャンダルのレベルのネタであっても良いのかどうかは不明ですが。

もっともここに「問題」がないわけではありません。なんだか「放射能が怖い」のが悪いことのように書いている様ですが、それは如何なものか。科学技術白書によると御用学者の大活躍によって「科学者の信頼が低下した」そうですが、それは「放射能が怖くない」とか言っちゃったからに他ならないでしょう。ここにおいて「小澤和子」さんも「科学者」と運命を共にすることになったようですが、しかしながらこの点マスゴミの信頼の低下ぶりは「科学者や技術者」の比ではありません。

とはいえここである種の困難に直面せざるを得ないのは、消費税増税を叫びながら福島第一核発電所に突っ込んでいった菅さんの行動を、「逃げた小沢」と対称的な「勇気ある、責任感のある」行動として評価して良いのか、東電の肩を持って「過剰介入」、要するに「余計なコトしたバカ」と扱って良いのか、という点です。最近はどうだか知りませんが、当時の菅さんは「放射能」の「怖さ」を人一倍感じ、そして「逃げ」なかったわけですが、そのことを批判することによって大飯を再稼働することが可能となっているというのが「三等」の立場なのです。逃げたら良いのか逃げなければ良いのか分かんないわけですが、しかし、考えてみればどっちもダメです。それは核発電の存在と事故の発生という二重の誤りを前提としているんですから何をやっても間違っているに最初から決まっていたのでした。


posted by 珍風 at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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