2013年02月18日

パンツがパリパリ、変人たちの二日間

社会調査:働き盛りで「孤立無業」162万人に


 20〜59歳の働き盛りで未婚、無職の男女のうち、社会と接点がない「孤立無業者」が2011年時点で162万人に上るとの調査結果を、玄田有史・東大教授のグループが17日までにまとめた。景気低迷に伴う就職難やリストラなどが響き、06年(112万人)と比べて4割強増えた。

 職探し中の孤立無業者は半数にとどまり、事態改善に向けた動きは鈍い。玄田教授は「孤立に陥ると職探しへの意欲が失われがちだ。今は家族が支えても将来、経済的に厳しい状況に陥る」と指摘。生活保護費など社会保障費の増加を抑えるためにも、訪問支援など政府や自治体による対策が急務だと訴えている。

2013年2月17日 共同


「ニート」はもう古い、これからは「スネップ」だ!と言ってみたところで今更誰が乗ってくるのか知りませんが、玄田さんによればとにかくそういうことなんで、まあこういった些末な情報でも知っておいた方が良いのかどうなのかよく分かりません。

分かりませんが、これも2012年の6月頃に提出された「新概念」です。玄田さんが自分で言っているんですから、これが「新概念」であることは間違いないんですが、そのころ雇用政策の辺りで何かあったらしい模様です。特に新ったらしいわけでもない何かが。

孤立無業(SNEP)について
―総務省『社会生活基本調査』匿名データによる分析―


【要約】

孤立無業(Solitary Non-Employed Persons: SNEPスネップ)とは「20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚者で、ふだんの就業状態が無業のうち、一緒にいた人が家族以外に連続2日間いなかった人々」を指す新概念である。総務省統計局『社会生活基本調査』匿名データを用いて集計したところ、孤立無業は2006年時点で100万人を超え、過去10年間に45万人の増加をみせている。スネップは、テレビの視聴時間等や睡眠時間が他の無業者に比べて長く、家族を含めた誰とも一緒にいない一人型の孤立無業ほどその傾向は強い。他者と交流のない分、家事時間が長くなるのは、家族と一緒にいる家族型の孤立無業のうち、女性のみである。スネップは電子メールなどインターネットの利用も少なく、パソコンゲームやテレビゲームの利用頻度も特別に多いとはいえない。過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを一切経験していないことも多く、孤立無業は総じて社会から距離を置いた生活を行っている。スネップは求職活動、就業希望、仕事につくための学習のいずれにも消極的であり、家族型の孤立無業ほどその傾向は顕著である。孤立無業の増加は、生活保護受給者の更なる増加など、社会の不安定化と財政負担の要因となり得るものであり、アウトリーチ活動の充実や福祉から就労への移行支援など、早急な政策対応が求められる。

(問い合わせ先)
〒113−033
東京都文京区本郷7−3−1
東京大学社会科学研究所
玄田 有史
e-mail: genda@iss.u-tokyo.ac.jp


「連続2日間」というのも、考えてみればスゴい定義づけでして、風邪でもひいて寝ていれば「2日間」くらいは簡単に過ぎてしまうんですから「スネップ」に入れてもらえるかどうかは時の運というものでしょう。まあしかし、これは一種の誠実さというものです。これは総務省の『社会生活基本調査』のデータを分析して「新概念」を探し当てたものなんですし、その『社会生活基本調査』というのは「2日間」分しかやっていないのです。

具体的にはこれは2006年の調査結果を使用していて、そこでは「同年10月14日から22日のうち、指定された連続する2日間の生活時間についての回答が求めら」ていたわけです。で、今回の報道は2011年の調査結果を使って「新概念」を応用してみました、という話です。「連続する2日間」というのは「指定された」もんですから、その頃たまたまヒマだった人も相変わらず算入の栄に浴しています。

1日くらいはうっかり過ごしても良いんですが、2日となると社会的な問題になるようなので注意が必要です。そしてその「運命の2日間」の過ごし方の結果、誠に斬新きわまる「新概念」が僕たちに共有されるに至ったというのも、いかなる前世の罪によるものなのか、どうでもいい話しではあります。

もっとも、「スネップ」という、いささかキャッチー過ぎるネーミングが新聞紙上を賑わすには至らなかったのは残念至極であります。実際のところ、「スネップ」には、狙い過ぎの感がなきにしもあらずです。これは「背の低い音痴の集団」という芳しくない連想をもたらすものでもあり、ジャイアンの子分の様な登場人物をも思い起こさせる可能性もあります。「臑齧り」なんて言葉も安易に連想されます。「スネップ」は、いわば「国民的な」負の烙印を押されていると言うこともできるでしょう。

「ニート」の続編なんですからそれで良いのかも知れませんが、狙いすぎた続編が概ね駄作とされるのは世の常でありまして、玄田さんの「続編」も甚だ残念ながらその選に漏れないようです。特に「生活保護受給者の更なる増加など、社会の不安定化と財政負担の要因となり得るものであり、アウトリーチ活動の充実や福祉から就労への移行支援など、早急な政策対応が求められる。」などという「提言」は同音異曲の誹りを免れ得るものではなく、「新味のなさ」において凡百の「続編」の規範となりうるのではないかと疑わせるほど、魅力に欠けているのは如何ともしがたいものがあります。

とはいうものの、ここには図らずも滲み出るヘンなところがないわけではありません。実際、この「スネップ」の特徴たるや、かなり「特殊」なものであると言わざるを得ません。

スネップは電子メールなどインターネットの利用も少なく、パソコンゲームやテレビゲームの利用頻度も特別に多いとはいえない。過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを一切経験していないことも多く、孤立無業は総じて社会から距離を置いた生活を行っている。


しかしながら、「過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを一切経験していない」労働者などはザラにいるでしょう。仕事関係の人を除けば「一緒にいた人が家族以外に連続2日間いなかった」なんてことも珍しくないのではないでしょうか。ビンボー人は「社会から距離を置いた生活を行」わざるを得ないのです。

要するにこれはまるでそこら辺に沢山いる人々の生活に過ぎません。よほど大企業にお務めで高給と休暇に恵まれ、カヌーで強風に荒れ狂う海に乗り出したりする人ならともかく、大多数の労働者の「生活」はこんなもんでしょう。

それで、「スネップ」がビンボー労働者諸君と何か変わったところがあるとすれば、それは「無業」ということです。言い換えれば、「スネップ」とは労働者から就労を差し引いたものです。差し引かれた分の時間は労働者が渇望しているもの、即ち「テレビの視聴時間等や睡眠時間」に充てられています。「スネップ」は僕たちと違うところがあまりにも少なすぎます。ほとんど「フツーの人」と言って良いくらいです。

実際のところ、これでは「スネップ」の悪口を言おうにも言うことができませんので、「ニート」ほど金にならない可能性があります。なにしろ、あの「特別な2日間」だけを取り上げれば、それは「連休を取った労働者」の姿と区別することができないのです。もっとも、連休を取るなんて夢のようだ、という労働者諸君も多いことでしょうが、それもそのはずです。そうでなければ「スネップ」などというものは存在しないのです。


posted by 珍風 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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