2013年03月10日

世に黒企業の種は尽きまじ

昔はちょっと買い物をしたこともありましたが、今ではその店はとても退屈なので最近行ってませんというのもアゴラ地方で話題の洋服屋さんなんですが、

ユニクロというエクセレントカンパニー
山口 巌

ユニクロを批判した新刊書が売れ行き好調と聞いた。「ユニクロ疲弊する職場」と早速週刊誌もユニクロを取り上げた。
ネットでもユニクロ叩きは今や定番メニュー化した様である。

仮にユニクロが、彼らの主張する様な問題山積の会社であるならば株価は下がってしかるべきである。それも家電製造業の如く。

しかしながら、ユニクロを傘下に保有するファーストリテイリングの株価は綺麗な右肩上がりのチャートで上昇を続けている。

この一年間で株価二倍を達成している。そして、皮肉にも日本国内でのパッシングが強くなった最近になって、まるでユニクロ叩きを行っている人間を嘲笑するかの如く連騰を続けている。

外国人投資家がユニクロを高く評価し、親会社ファーストリテイリングの株を買っているに違いない。

「グローバル脳」と「ローカル脳」のユニクロを巡ってのコントラストの違いが眩いばかりである。

国内ユニクロ売上情報を観る限り、ユニクロの業績は至って順調である。日本がデフレで苦しんでいる市場とはとても思えない。

ユニクロの店舗は疲弊していると批判されているが、この結果を見る限り日本企業はもっと疲弊すべきとの結論となる(要は従業員はもっと働け!という事)。

企業業績を判断する上で手っ取り早い直近の四半期決算は絵に描いた様な増収増益。

しかしながら、ユニクロ 「離職率3年で5割、5年で8割超」の人材“排出”企業という、離職率の高さが攻撃されている訳である。

「正義の味方」のお面を被って仕事をしたがるマスコミに取っては格好の材料である事は事実である。しかしながら、冷静になって背景など良く精査せねばならない。

例えば地方公務員の離職率は低いと思うが、楽して、ものを考えず、競争から逃げているので結果工場立地の面でアジアの新興産業国に負けてしまった。

今後、地方公務員が自ら離職する事はないが大規模なリストラは止むを得ない話である。こっちの方が問題は遥かに重篤のはずである。

それから、離職率の高さの責任をユニクロにのみ求めるのは不公平と思う。ユニクロに就職した若者のレベルが低くついて行けないとか、或いは、根性がないといった離職者側にも問題があるはずと推測する。

ユニクロを好き勝手に批判する人達は現在社会や教育システムが完璧であると誤解しているのではないか?

大学が教育機関として機能せず、実質、プータロー、ニート養成所であればユニクロに入社後脱落するのも止むを得ない。世界市場で競争するユニクロが彼らのレベルに迎合する事は出来ないし、又すべきでもない。

大学入学時の学生のレベルが低過ぎ、大学では最早如何ともし難いという事であれば、それ以前の小学校、中学校、高校の教育システムや中身がどうか?という話になる。

飽く迄外から観ているだけであるが、大津の中学生自殺事件から始まった一連の虐め問題が焙りだしたのは「教育委員会」の無能、機能不全であった。

そして、更には左巻き日教組に汚染された現場教師の頭の中は自己の「保身」以外空っぽという事実ではなかったか?

さて、長々書いたが結論に至らねばならない。

ユニクロは、株式市場という透明且つ開かれた場所で世界から高く評価されるエクセレントカンパニーである。

一方、離職率が高いという問題もある。

これについては、地方公務員を筆頭に他が余りにぬるま湯なのでは?という疑問を検証せねばならない。

一方、「教育改革」を断行し若者のレベルを向上さす事での問題解決も図るべきと思う。

安倍内閣は今の所、「外交」、「安全保障」と立て続けに正しい方向に舵を切っている。これに加え、「教育改革」に道筋を付ける事で今世紀の日本に再び繁栄をもたらして欲しい。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役

2013年3月9日


投資家にとって良い企業が良い企業だということで、まあそうなんでしょうが、離職率の高さはなによりもユニクロにとって望ましい事でもないでしょう。それをいきなり「地方公務員」を引き合いに出して正当化したり、「根性がない」などと無根拠なヨタを飛ばしてみたり、果ては大学教育のせいにする、というのはいかがなものか。この山口さんという人はユニクロの問題点を放置し、いわばおだて上げていい気にさせ、ついには倒産に導こうとしているのではないでしょうか。別に構いませんが。

ユニクロにだけ特に「レベルが低い」人が就職するんだそうですが、これはユニクロが「レベルが低い」人をわざわざ選択しているのか、「レベルが低い」人がユニクロに吹きだまっているのか不明です。まあとにかく、勤める会社を選ぶのと株の銘柄を選ぶのとでは時間スケールだけでいっても比較する事すら出来なかったりします。そこで「プータロー、ニート養成所」、あるいは「レベルが低い」卒業生を「“排出”」している人も一言いいたいわけで、

ユニクロ問題についてー大学教員としての立場から
辻 元

山口巌さんの「ユニクロというエクセレントカンパニー」を拝読し、あまりに表層的な議論に愕然としたので、ユニクロの問題について、企業へ人材を送りだす大学教員としての私の見解を書いておきたい。 

ユニクロの問題は、「ブラック企業、日本を食いつぶす妖怪」に書いてあるような、名ばかり管理職の問題(管理業務が本務でないと認められるのに、管理職として扱い、残業代を払わない)や離職率の高さ。といった問題も確かにあるが、最大の問題は、ユニクロの持つ企業イメージと、実態の乖離ではないか、と思われる。

   店長こそ最終目標

ユニクロでは、店長こそがユニクロの主役であり、社員の最終目標とされる。  

実際、これは柳井正氏の著書「一勝九敗」に明言されている。 柳井氏は、この本の中で、店長が知識労働者になることが必要で、店長を最終目的とすべきだと主張し、さらに 

店長を最高の仕事ととらえ、店長の仕事を全うすれば、本部にいるよりも高収入が得られる。このような仕組みを作らないと、小売業は繁栄しない。(P.156「店長でいることが最終目標」)

と述べる。 実際、東洋経済の「ユニクロ、疲弊する職場」に書いてあるように、ユニクロは、店長を「独立自尊の商売人」であるとして、労働時間管理を不要とする労働基準法上の「管理監督者」として一律に扱っており残業代は支払っていない。 

まとめると、

(1)店長こそユニクロの主役であり、最終目標である。

(2)店長は、知識労働者であり、独立自尊の商売人である。

(3)店長の仕事を全うすれば、本部にいるよりも高収入が得られる

となる。 

柳井正氏は、多くの著書やインタビューで、自らの考えを述べ、これからは、グローバルに活躍する人材が必要と説き、最近の日経のインタビュー記事の中では、大学教育について語り:

−−そんな大学で学んだ学生をどう見ていますか。

 「世の中で生きていくのに必要な基礎的な教養や知っておくべきことを知っていないし、知識の絶対量も少ない。そのために適切な判断ができない。もっと知識を詰め込まないと、自分が進んでいる道が世の中の方向性に合っているのか分からない。自分の判断が正しいかどうかを常に意識して行動することを習慣付けるべきだ。実業界は自分で考えて、自分で結論を出して実行できる人材を求めている」

 −−これからの大学は学生に何を教えればいいですか。

 「社会に望まれるビジネスはどのようなものなのか、社会により貢献できる経営のあり方、人間のあり方を教えてもらいたい。会社員製造機関ではだめで、起業家の育成が大切だ。大学や大学院でそうした講座も出てきたが、小手先だ。経営マインドを持つ人材が大学から輩出されないから、そのための機関も自前で作った。世の中を変えるような仕事ができる人材を育てたい」

と述べている。 

このように柳井氏は、「自分で考え、自分で行動する」といった、自立した人材が必要であると繰り返し説き、それが、企業人として自己実現をしたいという大学生にとって、ユニクロを魅力ある企業に見せている。

実際「ユニクロ、疲弊する職場」には、次の記述がある。

「ユニクロの服を着ている人はスタンドアップ。こういう人が、選考の第1候補だ」

2月8日、東京・六本木のミッドタウン・タワー。カジュアル衣料大手のユニクロやジーユーを傘下に持つファーストリテイリングの東京本部で、新卒採用イベント「ユニクロ・ジーユー希望塾」が開かれた。同社の柳井正会長兼社長が開口一番こう語りかけると、800人弱の学生たちで埋め尽くされた会場は、どっと沸いた。

「世界一へ。グローバルリーダー募集」と大書された採用パンフレットには、多くの社員たちの笑顔が並ぶ。「入社1年半でフランスに赴任」「バングラデシュでソーシャルビジネスを起業」といった内容に、学生たちは目を輝かす。

   ユニクロの店長の実像は?

しかし、現実のユニクロの店長は、「ユニクロ、疲弊する職場」、「ブラック企業、日本を食いつぶす妖怪」に書いてある記述が正しいとするならば、知識労働者、独立自尊の商売人、 店長の仕事を全うすれば、本部にいるより高収入が得られる、といったイメージとは大きく異なっている。 

特に驚いたのは、分厚い店舗運営マニュアルを手写しで暗記させられ、その通りに動くことを求められる、という部分(「ブラック企業、日本を食いつぶす妖怪」、50ページ)で、その上、店長の権限は驚くほど小さく、店長が独立自尊の商売人、知識労働者とは、とても思えないのである。

徹底したマニュアル化による作業の効率化は、自ら考え、判断し、行動する、という柳井氏の哲学とは、真逆のように見えてならない。 こういった徹底したマニュアル化で、独立自尊の商売人が育成出来るのか、疑問を感じる。 

また、店長といっても、スター店長、超大型店のスーパースター店長、にならないと、本部職員並みの給与は支払われないようだし、スーパースター店長(本部の部長並み)にならないと、年収1000万円に到達しないようだ。 

客観的に見て、柳井氏が日頃言っていることと、実態は大きく乖離しているように見える。 島田裕巳氏が「誰がユニクロを「ブラック企業」にさせたのか」で主張されているように、ユニクロに就職を希望するなら、ユニクロという企業を良く調べることが必要であることは、論を待たないが、実態が見えにくくなっている現状では、ユニクロ批判も必要ではないかと思う次第である。

2013年3月9日


「あまりに表層的な議論に愕然とした」そうですが、大分気を遣った書き方です。まあ、たとえ「表層的」であっても、「議論」になっていればまだマシというものですが、問題は山口さんではなくてユニクロなのです。実際、「ユニクロ問題」という「問題」が存在するんだそうで、しかし、その「問題」とは何かというと、「最大の問題は、ユニクロの持つ企業イメージと、実態の乖離ではないか、と思われる」んだそうですが、果たしてそうなんでしょうか。

てゆーか、何でも好きな事を「問題」に出来るようなんですが、逆に言えばユニクロが「問題」の宝庫なのかも知れません。そこで「企業へ人材を送りだす大学教員として」は、「企業イメージと、実態の乖離」は確かに「問題」となります。辻さんは、柳井さんが「店長が知識労働者になることが必要で、店長を最終目的とすべきだ」「店長の仕事を全うすれば、本部にいるよりも高収入が得られる」「店長を「独立自尊の商売人」である」とか言っているワリには、実態としては店長がマニュアルに縛られていて権限も小さいということを「問題」にしています。

しかし考えてみれば安洋服屋の店長がそんなにエラいはずはないし、入社半年で店長になったとしてマニュアルなしでは1日も勤まらないのではないでしょうか。むしろ「問題」は求職者が経営者が調子良くぶち上げている「理念」を本気にしてしまう事でしょう。実際、「企業イメージと、実態の乖離」なんてものはよくある話でして、各社の採用担当者は実態と異なる企業イメージの構築に日夜腐心しているところでもあります。こういうことは会社を何社か渡っていると誰でも気がつく事なんですが、学生さんにはなかなか難しいかも知れません。ここんとこ、実は大学の先生の仕事の範疇ですが、学生さんも気の毒であります。

柳井さんが何を言おうとも、店長は「自分で考え、自分で行動する」「独立自尊の商売人」ではなく、マニュアルに従って動く労働者である必要があるのですし、だからこそ、やはり「名ばかり管理職」や「離職率の高さ」が「問題」にならざるを得ないのですが、辻さんは柳井さんのセリフの「表層」を問題にしてしまったので、あまり問題にならない様な「議論」を展開する事になってしまった模様です。

さてその「ユニクロ問題」なるもの、「ブラック企業」という言葉をようやくオジサンたちにも広めた今野晴貴さんの文春新書『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』が切っ掛けのようでありますが、最近では3月4日発売の『東洋経済』「ユニクロ、疲弊する職場」という記事が注目されたということであります。そこで例えば山口さんなんかも、出来もしないのにやむを得ずユニクロ擁護の論を張りそこなったりしているのは先に見た通りですが、アゴラ地方では『東洋経済』が店頭に並ぶ直前に、より個性的で「独立自尊」なユニクロ擁護論がゴロンと放り出されていた、ということで、それが辻さんも言及している宗教学者の島田さんです。

誰がユニクロを「ブラック企業」にさせたのか
--- 島田 裕巳
 
今話題になっている今野晴貴『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)という本を読んだ。ここで言われる「ブラック企業」とは、違法とも言える労働条件で社員を働かせ、ついていけない者については、巧妙に会社から追い出す企業のことをさしている。

私がこの本に興味をもったのは、拙著『7大企業を動かす宗教哲学』(角川oneテーマ21)で取り上げたユニクロが、ブラック企業の代表として取り上げられているからである(『ブラック企業』のなかで、ユニクロ=ファーストリテイリングの実名はあげられていないが、衣料品販売のX社は明らかにユニクロをさしている)。

たしかに、そうした企業に就職し、過酷な労働条件のもとで酷使され、体を病んだり、精神的に追い込まれていく若者たちが跡を絶たないことは事実なのであろう。

しかし、『ブラック企業』を読んでいて引っかかったのは、そこで取り上げられている企業が、要らなくなった社員を追い出すために、異常なほどの労力をかけている点である。執行役員が、何時間も社員を追い出すためにカウンセリングを行って、それで仕事になるのだろうか。

この本で欠けているのは、ブラック企業がいったいいかなる形で経営を成り立たせているのか、その全体像が描かれていないことである。ブラック企業はみな成長産業とされているのだから、利益を上げるためのノウハウが確立されているはずだ。『ブラック企業』を読んでいると、どの企業も、ひたすら入ったばかりの社員をいじめ、追い出すことに躍起になっているようにしか見えない。

そもそもユニクロというものを、一般の企業と同列に見ていいものなのだろうか。それは、ワタミなどについても言える。ユニクロにも本社があり、そこは一般の企業と同じ仕組みで動いていることだろうが、企業活動の中心はあくまで店舗にあり、求められているのは、その店舗を運営できる人間である。

ユニクロでは、入社してから最短半年で店長になれるとされている。実際に、その期間で店長になれる人間はわずかだが、トップの柳井正が言うように、店長こそがユニクロの主役であり、社員の最終目標なのである。

入社して半年と言えば、その人間はまだ22、3歳である。それだけ若い人間が、店長となって、一軒の店を運営し、利益を出し、しかもアルバイトなどを指導するということは、恐ろしく難しいことである。よほどそうした才能に恵まれている、つまりはたぐいまれなる経営能力をもった若者でないと、その年齢で店長が勤まるとは思えない。

『7大企業を動かす宗教哲学』でも詳しく分析したが、柳井は、ユニクロを立ち上げるためにすべてをつぎ込んだ自分の姿を店長たちに投影している。ユニクロの店長になるということは、洋品店を経営する上で必要なことをすべて経験した柳井と同じ能力を身につけるということを意味する。

もちろん、そんな若者がたくさんユニクロに入ってくるわけではない。それに近い能力をもつ人間だって、滅多に入社してはこないだろう。むしろ、そうした能力をもつ人間なら、ユニクロに入社するのではなく、自分で起業するはずだ。

逆に、育った家が自営業であるとか、店を経営しているとかではなく、ただのサラリーマン家庭に育ち、しかも、入社する前に何らかの組織を運営した経験をもたない人間であったとしたら、とてもユニクロの店長は勤まらない。そうした人間は、店長になっても、効率的に動くことができず、ただただ長時間働き、心身ともに病んでいくしかないだろう。

今野は、ブラック企業に入ってしまったときには、徹底的に戦うことをすすめ、その際には、戦略的思考をとることが不可欠であるとしている。だが、戦略的思考がとれるくらいなら、その人間は、経営能力を発揮し、ブラック企業のなかでも十分に生き抜いていけるはずである。

ユニクロの服は誰でもが買える。しかし、誰もがユニクロで働けるわけではない。ユニクロで働けるのは、若くても経営能力をもち、店長として十分に店舗運営ができる人間だけである。そうでない人間が、ユニクロの店長になれば、そこには地獄が待っている。

一時、ユニクロのトップの座には、柳井に代わって、旭硝子と日本IBMで働いていた玉塚元一がついていた。その経歴からすれば、玉塚はエリートサラリーマンである。一般の企業なら、そうした人間でも、あるいはそうした人間こそがトップにふさわしいが、ユニクロでは、むしろ店を経営する自営業主のような経営者の方がふさわしいのである。

ユニクロに入社するのなら、ユニクロがどういうシステムの会社なのかをしっかりと把握することである。その上で自分の適性を考え、自分には店舗を運営する経営能力があると判断すれば、入社し、ないと判断すれば、入社を避けるべきだ。重要なことは、ユニクロは、店長になるためのノウハウを教えてくれる企業ではない点だ。

ブラック企業をなくしていくためには、ブラック企業とされる個々の企業のシステムがどのようになっているのか、それを明らかにしていくことが不可欠である。不思議なことに、『ブラック企業』では、その点の提言はない。現在の労使関係を根本から見直せという提言は、事態の緊急性の割りに、実現性に乏しい。

一つの企業に入れば、まだまだ定年まで働くという人間はいるし、長期にそこで働いた方がメリットが多い。就職が一生のことなら、「自己分析」という形で自分のことを分析するよりも、就職先の企業を分析することである。大学が就職支援を行うなら、そうした企業分析の方法を教えるべきである。今の企業分析は、その会社の業績や将来性に傾きすぎているように思われる。

島田裕巳
宗教学者、作家、NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長
2013年3月3日


島田さんも辻さんと同じ「議論」をやっている様です。もっとも、島田さんは教祖の言うことをそのまま受け取って来るタイプの「宗教学者」ですから、これはもう例によって例の如しなんですが、要するに辻さんが言っている「企業イメージ」は、島田さんによれば柳井さんの御託宣のことです。それによると「たぐいまれなる経営能力をもった若者」でなければユニクロで働けないんだそうですが、しかしそんな人はユニクロに入ってこないわけです。なぜならそういう人は「自分で起業するはず」だからです。したがってユニクロに入社するのは、その大多数が「そうでない人間」であり、その結果「ただただ長時間働き、心身ともに病んでいく」ことになるでしょう。

なにしろ「ユニクロというものを、一般の企業と同列に見て」はいけないんだそうで、それは「店舗」というものがあるからなんだそうで、ということはつまり小売業や飲食サービス業は「一般の企業」ではないんだそうで、だからといって病人やキチガイを「“排出”」していて良いということにはなりそうもないんですが、島田さんがここでそれらの企業の「特殊性」を指摘しているのが、実はそれら業界の経営者が労働紛争の時に主張するのとあまり変わらなかったりします。

島田さんが「宗教学者」の看板を掲げているせいか、ユニクロの「システム」は一種の「宗教」に見えなくもありません。まあ柳井さんという「教祖」がいて、分厚いマニュアルという「教典」があって、それに従って日々の業務を通じて「修行」すると「スター店長」とか「スーパースター店長」とか「位階」が上がっていって、「教祖」その人の「あり方」に近づいていく、いわば「柳井のまねび」みたいなことになっている様子です。まさに「ユニクロの店長になるということは、洋品店を経営する上で必要なことをすべて経験した柳井と同じ能力を身につけるということを意味する」のです。

もっとも、そんな「宗教的」なゴテゴテしたデコレーションを除いてみれば、要するに人を沢山雇っては使い潰して産業廃棄物として排出するという「システム」であることは明らかですから、島田さんもそこんとこ「しっかりと把握すること」です。島田さんは「ブラック企業がいったいいかなる形で経営を成り立たせているのか」よく分からないそうですが、「ブラック企業」とは利益を最大化する企業行動を人事面から見たときに出て来た言葉ですから、むしろ「執行役員が、何時間も社員を追い出すためにカウンセリングを行って、それで仕事になるのだろうか」と思うんだったら「自分で考え」てみましょう。

そこで「宗教学者」にとっての「問題」は、廃人排出システムを粉飾する「宗教性」の次元にあるのではないでしょうか。「会社の業績や将来性に傾きすぎ」ない「企業分析」には、「宗教」に対する批判的な視点が有用であると考えられますので、ここはむしろ「宗教学社」の出番であります。しかしそんな感じがするのも、目の前で「宗教学者」が「宗教」にコロリと騙されているのを目の当たりにしているせいなのかも知れません。

しかしこれだけ色々あると、「内容が下らないので無視」するというわけにもいかないもんですから、てゆーかそれだと全部無視することになるので、

日本の会社はすべて「ブラック企業」である
池田 信夫

島田裕巳さんの書評を読んで、私も同じような疑問を感じたのでちょっとコメント。

本書は私に贈ってきたが、内容が下らないので無視した。ここで「ブラック企業」として著者が指弾しているような実態は、日本の会社にはどこでもあるからだ。自慢じゃないが、私も「NC9」のスタッフだったころは、毎月100時間以上の残業はざらだったが、時間外は50時間しか認められなかったので、半分はサービス残業だった。NHKもブラック企業なのだ。

それでも日本のサラリーマンが辛抱するのは、年功序列でノンワーキング・リッチになって元をとれるという夢があるからだ。こういうインセンティブ構造は、経済学ではよくわかっており、拙著でも日本的雇用慣行について次のように書いた。

所有権アプローチの想定する近代の企業は奴隷制の禁止という制約のもとで個人間の契約によって指揮命令系統を作り出す制度であり,この個人の独立性にともなう交渉問題が非効率性の原因であった.しかし退出障壁によって労働者の外部オプションを強く制約すれば,彼女は入社時の雇用契約によって人的資本を事実上売り渡すことになり,会社が労働者を全面的に支配する「最善」の状態が実現できる.日本型組織の効率性は,このように労働者の独立の人格としての交渉力を奪って会社のコントロールのもとにおく制度的な装置に依存しているのである.(p.142)

つまり日本のサラリーマンは、長期的関係という「見えない鎖」でつながれた奴隷なのだが、その代わりメンバーシップによるレントを得られるため、辛抱している。しかし最近では年功序列も崩れ始め、長期雇用も保証されなくなった。そして本書もいうように「ブラック企業」は日本的雇用慣行のブラックな部分だけとり、身分保証しない「いいとこどり」をしている。

この分析は正しいが、処方箋が間違っている。本書はブラック企業をなくすために行政が規制しろとか労働組合ががんばれとか提言しているが、これは見当違いである。長期的関係による事実上の奴隷制は日本の企業システムの本質であり、その一部だけ直すことはできないのだ。必要なのは、資本の論理によって長期的関係を断ち切る「レジーム・チェンジ」であり、ミクロ的にいえば多様な働き方を可能にする労働政策だ。

そのためには、正社員こそ正しい雇用形態で非正社員を正社員に「登用」することが正義だと考えている現在の労働政策を180度変え、企業ではなく個人を守るセーフティ・ネットの組み替えが必要だ。その意味で、日本経済を活性化する鍵は厚生労働省が握っている。

2013年3月3日


「長期的関係による事実上の奴隷制は日本の企業システムの本質であり、その一部だけ直すことはできないのだ」と書いてありますが、実は池田さんも書いている通り、「日本の企業システム」の「一部だけ直」して「いいとこどり」なシステムにしたのが「ブラック企業」であると言うことが出来るでしょう。「直すことはできない」どころか、既にもう直されているのです。

更には、この「いいとこどり」システムでは「長期的関係」すら廃棄されています。「ブラック企業」における「事実上の奴隷制」は、現在では「長期的関係による」ものではありません。もちろん「正社員」は「長期的関係」を期待させるわけですが、事実として「長期的関係」は既に存在しませんし、存在すべくもありません。ユニクロと「長期的関係」を築こうものなら、それはすなわち短期に終了を迎えてしまうのです。

したがって「資本の論理によって長期的関係を断ち切る」ことは何の解決にもなりません。それは既に行われている、というよりもむしろ割と陳腐な現象ですから「必要」ですらありません。てゆーか「資本の論理によって長期的関係を断ち切る」のが「ブラック企業」に他ならないのはないでしょうか。池田さんは何を書いているのかよく分かりません。

分かりませんが、要するに「ブラック企業」を切っ掛けにして「行政が規制しろとか労働組合ががんばれとか」で結局は「現在の労使関係を根本から見直せ」ということになるのが困る様だ、ということは分かります。池田さんのありがたい「処方箋」は、つまるところ現状維持です。だから本当は「無視」すべき「下らない内容」なのかも知れませんが、別に見習う必要もないわけです。

しかしながら池田さんも良いことを言っていないわけではありません。必要なのは、「多様な働き方」の美名の元に解雇をしやすくすることではなく、逆に離職を容易にして、ブラック企業には後足で砂をかけて立ち去ることが当然であるように、労働の論理によって雇用関係を断ち切る「レジーム・チェンジ」であり、ミクロ的にいえば多様な辞め方を可能にする労働政策なのです。そのためには、賃金奴隷こそ正しい生活形態で「失業者」を賃金奴隷に「登用」することが正義だと考えている現在の労働政策を180度変え、賃金依存度を下げて、企業ではなく個人を守るセーフティ・ネットの組み替えが必要です。その意味で、日本経済を活性化する鍵は厚生労働省が握っているのです。確かそんな事が書いてあったと思いましたが、違っているかも知れません。


posted by 珍風 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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