2013年04月23日

風さゆるみ冬は過ぎて待ちに待ちし八重桜咲く春婦となりけり

なっちゃったんですな。

「主権回復の日」で議員懇談会 自民沖縄議員から配慮要請相次ぐ


 自民党は25日、党本部で衆参両院の全議員を対象にした懇談会を開き、4月28日に「主権回復の日」の政府式典を開催することについて意見交換した。昭和27年にサンフランシスコ講和条約が発効して日本が独立した際に沖縄県は米軍施政下に置かれていたため、同県選出議員からは「県民の思いに配慮してほしい」などの要望が相次いだ。

 式典開催を働きかけてきた野田毅税調会長は「あの戦争(第二次世界大戦)を日本人が改めて見つめ直し、なぜ主権を失ったか、被占領下でどんな政治が行われたか学習を深めよう」と式典の意義を強調した。

 これに対し、西銘恒三郎衆院議員(沖縄4区)は「沖縄にとっては頼りにしていた親から切り離された思いがある」と複雑な心境を吐露。国場幸之助衆院議員(同1区)は「かえって沖縄と本土の溝を大きくする懸念もある」と訴えた。

 石破茂幹事長は「沖縄県民が同じ思いで参加できるよう全身全霊で努力する」と述べた。

2013年4月25日 産經ニユウス


色々と誤解がある様ですが、まず「主権回復」というのは沖縄占領と引き換えだったわけですから、「頼りにしていた親から切り離された思いがある」のも当然と言えば当然です。ただし「親から切り離された」のではなくて「親が切り離した」んですが。人攫いにさらわれたのではなくて娘を女郎屋に売ったようなもんです。

過誤で行くのは沖縄じゃないか
私ゃ売られて行くわいな
天皇ご無事でまた自民党も
社会党も折々は
便り聞いたり聞かせたり
どんどん


という歌を喜納昌吉が歌っていなかったわけですが、まあしかし、赤い格子の向こうにいる西銘さんも国場さんも自民党の議員さんとして立派にお務めであります。彼等は「沖縄と本土の溝を大きく」しようとしていますが、なかなか上手くやっています。これではまるで沖縄県以外の東京都とか佐賀県とかは「主権」を「回復」したみたいに聞こえるわけです。

沖縄を通して、「日本」の「主権」が1951年当時はともかくとして現在では全く「回復」していることが強調されています。沖縄にとって「屈辱の日」であればそれだけ、それ以外にとっては「主権回復の日」であったことになります。これは巧妙な、というほど巧みでもなければ妙ちきりんでもあるわけですが、罠です。

とはいえ、これが「主権回復の日」ではない、というわけでもありません。それは単に立場の違いです。そもそも「主権」というと直ぐにあっちの島でどうとかこっちの島でどうとかシマの取り合いをするのはヤクザと同断ですが、そういった対外的な独立という意味で「主権」を問題にする限りでは沖縄だろうが北海道だろうが「主権」は「回復」していません。日本国はその上に従うべき権威を持っている事は明らかです。

しかしながら「主権」には他にも意味があるのであって、それは対内的に最高にして至上の権力であるという意味です。この意味に関する限り、つまりアメリカが確定した領域内に限っては対内的「主権」が「回復」した、てゆーかむしろ与えられたと言った方が合っている様であり、しかもそれは領域内に向かってアメリカの代理人として行為する権利でしかないんですが、まあとにかく、それを有することになった、と言えば言えるわけです。貰ったもんだろうが買ったもんだろうが奪ったもんだろうがとにかく持ってるんだから。

それが「主権」の名に値するかどうかはともかく、自民党ではそれを「主権」と呼んでいます。てゆーかそれを「主権」と呼ぶのが自民党の主要な機能であったりするわけで、いわば自民党は「日本」を任されていたわけで、その任命に基づく権利を「主権」と呼びたいということなんですが、それは「主」の「権利」を代理することでしかありません。それならその任命権者にこそ「主権」があるのではないかというような真面目な話は通用しません。

そこで4月28日は、そのような意味での「主権」すなわち「サンフランシスコ体制」が「発効」したということですから、その「主権」は以前あったものが「回復」したというよりは全く新たなものが授与されたというようなもんですが、ここで「回復」という言葉を使うのに二重の意味があります。

ひとつはもちろんこの「代理権」を「主権」と言い張るための方便であったことは間違いありません。そしてまた、この「回復」は文字通りの「回復」をも意味しており、その意味では極めて正直なものであるとも言えるわけです。この日に祝われるのは、アメリカの推奨と資金によって生まれた自民党が、その代理人としての地位すなわち対内的に「主」として行為する「権利」を「回復」した事に他なりません。

自民党に政権が「回復」することによって「サンフランシスコ体制」はその本来の姿に「回復」したわけです。なるほどこれは祝うべき事ではありましょう。もっとも、アメリカにとっては野田さんでも別に構わないようなもんなんですが、これは男のジェラシーっつーもんです。上位者の「オキニ」になることに血道を上げる男たちは大勢いるもんですが、自民党は結党以来そういう人たちが主流なのです。

この単なる一政党の政権奪還祝賀行事に天皇を担ぎ出すのはどうかと思う人もいる様ですが、売り飛ばした「親」なんだから当然じゃないか。それよりアメリカにすっかり取り入った民主党に対して剥き出しの大ウソで政権を奪い取った自民党の、男のジェラシーってコワいわねえ。でもって気に入られたい一心で何もかも売り飛ばす。自分以外は、というところがお軽ちゃんとは違って単なる軽いヤツだったりして。

過誤で行くのは日本じゃないか
私ゃ売られて行くわいな
国民の身売りは可哀想と
涙を流すにゃ当たらない
我と我が身を売る人が
他にも沢山いるじゃげな
選挙くせものこわいもの


posted by 珍風 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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