2013年05月11日

洗脳学園 拷問の地下教室

都教委「良心よりも命令が重要」〜窓のない地下室で再発防止研修


 5月8日、東京都は4月の入学式で「君が代」不起立をした教員3人にまたもや再発防止研修を実施した。水道橋の研修センター前には早朝から研修者支援の人々が集まった。研修の始まる前に、東京『君が代』裁判弁護団の澤藤統一郎弁護士は、「(ドイツの戦争犯罪を裁いた)ニュルンベルグ裁判では、上司の命令、国家の命令といえでも、犯罪は免罪されないとした。都教委が研修で思想・良心の自由をくりかえし圧迫するなら、それをした公務員個人への訴訟もあえて辞さない。」と都教委に申し入れた。

 研修を終えた田中聡史さん(不起立5回目で減給1ヶ月の処分・都立板橋特別支援学校・写真下)は、「研修ではどの講師も職務上の命令に従わなくてはならないと言う。良心より命令が重要だという人々で構成される社会は恐ろしい。良心に基づけば、従えない命令があるということを認めさせていかなければならない」と話した。

 川村佐和さん(不起立2回目で戒告処分・都立高校・写真下)は、「窓のない地下室での研修は想像以上に寒く、それ自体がイジメだ。国旗・国歌の尊重を何十回もくりかえし言われた。再発防止研修のあり方を問題にしていきたい」と語った。

 田中さんは、昨年卒業式と入学式の2回の不起立で、4月以後、校内研修を含め18回の研修を受けさせられた。今年も同じような研修が待ち受けている。(佐々木有美)

2013年5月9日 レイバーネット日本


日本に対して何か間違った印象を持っておられる外国の方には耳寄りな情報です。「東京都教職員研修センター」には特別な「研修」のために使われる「窓のない地下室」があります。

日本では5月は「軽暑」などと呼ばれ、寒暖の差に翻弄されるこの列島の生活なのかでも、一年のうちで最も美しい季節であるとされています。晴れ渡ったそれには労組のノボリと鯉のぼりがはためき、人々は菖蒲を煮出したお湯につかって柏餅をほおばり、人々の胸には紅白のカーネーションが飾られ、おねいさんが新茶を摘む茶畑は雄大に煙を吐き出すフジヤマの麓で崩落します。人々はもうすぐやって来る湿気とカビと食中毒と熱中症の季節を前に、つかの間の清々しいひとときを楽しんでいるのです。

ちなみに5月8日の東京の最高気温は23.7度、最低気温は10.5度ですから少々暑いくらいですが、人々の生活から隔絶された地下の「研修室」は「想像以上に寒い」のです。恐らくついうっかりして冷房をかけすぎたのかもしれません。しかし繊細な人々の住む日本では、このようなときには苛酷な「研修」を受ける人のためを思って、あえて冷房を強くするという気遣いがさり気なく、しかし断固として実行されるものであることは知っていて損はありません。

みなさんは「研修」というと、ジャブの助けが要りそうな、あの間延びした退屈な時間、30個の宇宙が産まれては滅びるほどに拡張されたほんの90分ほどの時間を思い出される事でしょう。しかし日本の「研修」はそのようなものではありません。特に「寒い地下室」で行われるようなエグゼクティヴ向けのそれは、「退屈」などとは全く無縁です。

というよりはむしろ、それは「退屈」を通り過ぎます。「国旗・国歌の尊重を何十回もくりかえし言われ」ることを中心とした「研修」は、確かにあまり面白そうなものではないかもしれません。実際、同じメッセージの繰り返しは始めのうちこそ「退屈」に思われる可能性はあります。しかし心配する必要はありません。それはほんのつかの間の事です。

この「研修」は、センターの研修体系において専門性向上研修のうち研修番号5302「人権教育W」に基づいて「実習」として実施されています。一種の「洗脳」または「リプログラミング」ですが、品質のアヤシいそこらの紙片を使用したりする事はない様です。しかしセッティングは重視されており、苦痛を与えるような「寒い地下室」があらかじめ用意されていることが分かっています。

もちろんこの「研修」の目的は教職員を苦しめて面白がる事ではありません。苦痛は単なる手段に過ぎず、「研修」を受ける人が教職員としての能力を向上させ、職務をより良く果たすことが出来ることを願って実施されています。その機序は大雑把に言うと苦痛を伴った観念の刷り込みによる人格変容です。

苦痛と観念(「国旗・国歌の尊重」など)のコンプレックスを作ることによって、例えば「国旗・国家」に対するネガティヴな感情を強化・固定化し、次いでそのネガティヴな感情への抑圧を行います。そうすると主観的には、例えば「国旗・国歌の尊重」に相応しい態度が醸成されるとともに、それに反するような現象に対しては積極的な、時に極めて攻撃的な反応を呈するようになるでしょう。つまり優れた指導力を持った教職員の誕生です。

もちろん多くの「研修」が、それを専門とする人々が長期にわたって生活の資を稼ぐことを可能にしている事からもわかるように、所期の効果を表すというわけにはいかないのと同様、この「研修」もあまり上手くいっていないのは上記の記事でも理解されるところです。これは当然で、1回やったくらいで人格が変わるはずはありません。少なくとも一定期間は生活環境から隔離する事が望ましいのですが、現役の教職員が対象ですから授業に穴を開けるわけにもいかず、理想的な実施は困難であるのが現実です。

それを補うかのように、例えば田中さんの場合は1年間に「校内研修を含め18回の研修」が実施されたとのことですが、コントロールされていない環境での「研修」とやらの効果についてはあまり期待できないでしょう。例えば学校には「寒い地下室」が完備されているでしょうか。特別支援学校にはある、という話もありますが、分ったものではありません。

もっとも、事はそれほど真剣なものでもなかったりします。「研修」などは最終的には解雇に至る
処分を正当化するための実績づくりでしかないでしょう。「研修」の効果はむしろ、対象者以外の人々において期待されています。「寒い地下室」に連れて行かれてナンかされる、という恐怖も勿論ですが、マイナスの「実績」が確実に積み重なっていく、という事実は相当な不安をもたらします。

ちなみに「マイナンバー」によって退職後もこのような「実績」が一生ついて回る仕組みが出来上がるわけですが、それはたとえ訴訟をしようが勝訴をしようが消える事はありません。処分の取消というのは処分の記録があり、それは消えずに新たに取消の記録をつけ加える事です。

さらにちなみに澤藤さんは余計なことを言っているのではないでしょうか。「研修の始まる前に」、「公務員個人への訴訟もあえて辞さない」と「都教委に申し入れた」そうですが、そんな予告をすると個人の特定が困難になるだけです。学校でも会社でも仕事の邪魔をする上司なんかがいて腹の立つ事が多いものですが、弁護士がそれではこまっちゃうんですが。もっとも、言っている事は別段間違いではありません。しかし人生で大事な事はステキなタイミングです。ビキニスタイルのお嬢さんも大事ですが。

「再発防止研修」という名の思想弾圧に抗議する


本日の服務事故再発防止研修受講者は、日の丸・君が代強制の職務命令に服さなかったとして懲戒処分を受け、さらに、懲戒処分を受けたことを理由に、研修受講を命じられている。その受講者を代理して、教育庁の研修課長と研修担当の職員の皆さんに抗議と要請を申しあげる。

私は先月もここに来て、本日と同じようにあなた方に抗議と要請の申し入れをした。しかし、こんな近くでマイクを使いながら、私の声はあなた方の耳に届かなかったようだ。それなら、私は、あなた方の耳に届くようなお話しをしたい。課長も、そして本日の研修に携わる職員の皆さんにもよく聞いていただきたい。あなた方の個人としての責任をお話しする。

第2次大戦が終わったあと、ドイツの戦犯を裁く国際法廷がニュールンベルグで開かれた。そこで、平和に対する罪、人道に対する罪を問われた被告人は、「自分は国家に忠誠を誓っただけだ」「ヒトラーの命令に逆らえなかった」などと抗弁したが、受け入れられなかった。犯罪行為が上司の命令だから免責されることにはならない。

このことは、後にニュールンベルグ第4原則として次のように定式化され、国際的に承認されるところとなった。
「自分の政府や上官の命令に従って行動した事実は、道徳的選択が実は可能であったならば、その者の国際法の下での責任を免除しない」

本日の研修命令受講者は、「日の丸に正対して起立し、君が代を斉唱せよ」という職務命令の違反を問われている。しかし、職務命令は必ずしも正しいとは限らない。間違った職務命令に従うことが犯罪にもなり得るのだ。研修命令に携わるあなた方にも警告をしておきたい。上司の命令に従ってするのだからという理由では、あなた方の個人としての責任を消し去ることはできない。

確認しておきたい。都教委は、最高裁判決によって、これまで鋭利な武器としてきた懲戒処分の機械的累積加重システムを放棄せざるをえなくなった。その代わりとして考え出したのが、被処分者に対する服務事故再発防止研修の厳格化である。回数を増やし、時間を長くし、密室で数人がかりでの糾問までしている。今や、あなた方が、思想弾圧の最前線に立っている。

このような、イジメに等しい研修は違法だ。いささかでも受講者の内心に踏み込み、くり返し執拗に反省を迫るようなことがあれば、思想良心を侵害することにもなる。東京都や教育委員会だけでなく、個人としてのあなた方もその責任の一端を負わねばならない。上司の命令だからということで、あなた方の個人としての責任が免除されることにはならない。

国家賠償法の法文上は、国等が賠償責任を負うばあい、公務員個人は被害者に直接の責任は負わず、国等からの求償の責任しか負わないように見える。しかし、加害行為の悪質性の程度が高い場合には、公務と無関係な違法行為と見るべきである。その場合は、国家賠償法ではなく、民法上の不法行為が成立して公務員個人の責任を追求することが可能となる。

あなた方が、無能な知事や、憲法に無知な教育委員の命を受けて、やむを得ず研修作業に携わっているという消極姿勢の限りにおいては、ニュールンベルグ原則を振りかざすようなことはしない。しかし、キリシタン弾圧の役人や特高まがいに、積極的な研修受講者への思想弾圧と思しき行為が報告された場合には、あなた方の個人としての責任を追及することを考えざるをえない。

そのような事態を迎えることがないように配慮を願いたい。これから、研修センターに入館する教員たちは、いずれも自らの思想や、教員としての良心を貫いた誇りの高い人たちだ。このような尊敬すべき教員たちを、その品性にふさわしく鄭重に遇していただきたい。本来この人たちに研修の必要はなく、真に再発防止研修の必要があるのは、研修を命じた側の知事と教育委員の諸君なのだから。

http://article9.jp/wordpress/?p=282


公務員による重大な不法行為に対しては本当に個人の責任を追及した方が良いでしょう。何よりも今回の場合は公務員が別の公務員に不法行為を強制しかねない点で極めて悪質なものです。脅し文句を並べていないでイキナリ訴えれば宜しい。今度から気をつけましょう。
posted by 珍風 at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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