【37議席の衝撃】(上)「進むも地獄」首相の決断
「首相を続けるのも、肩に荷を背負う重い決断だ。進むも地獄、退くも地獄というだろう」
現在の安倍晋三首相の心境について、政府筋はこう代弁してみせる。ここはいったん退陣し、将来の再起を期す方がむしろ、首相にとっては楽だったに違いない。
政権浮揚のための安倍カラー発揮と自民党内の融和、公明党との連立の信義と民主党への配慮と協力…。参院の与野党議席逆転のため、安倍晋三首相は今後、互いに矛盾・対立する「二律背反」の政治課題を両立させる必要に迫られる。
国民の信頼回復や国会運営の行方も見通しは不透明で、首相に退陣を求める一部メディアの“口撃”も手厳しい。
「辞任に値する審判」(朝日新聞)「民意は『安倍政治』を否定した」(毎日新聞)「『私の内閣』存立難しく」(東京新聞)など、30日付の在京紙の社説やコラムは、首相に早期の衆院解散を求め、あるいは退陣要求を突きつけた。
だが、首相はそうした選択肢は選ばなかった。自民党内にも少なくなかった「40議席を切ったら退陣だろう」(党3役経験者)との観測とは反対に、選挙中から「どんな結果になろうと、辞任は全然考えていない」と周囲に漏らしていた。
「困難な道であることは覚悟している。日本は改革を進めていかなければやっていけない」
「ここで逃げてはならない。政治の空白は許されない」
首相は30日の記者会見で、続投の理由をこう説明した。首相は今、尊敬する幕末の志士、吉田松陰が好んで使った言葉で、自身もよく引用する「自らかえりみてなおくんば千万人といえどわれ行かん」という心境にあるのだろう。
首相続投は、これまで推進してきた経済成長政策、教育再生、公務員制度改革など諸改革の実績と必要性への強い自負の表れでもある。同時に、今ここで自分が退いたら、既得権益の保護システムである「戦後レジーム(体制)」がそのまま温存されてしまうという思いもあるはずだ。
首相は通常国会では、社会保険庁を解体して非公務員型の日本年金機構に移行させる社保庁解体法を成立させ、選挙戦でも官公労の親方日の丸体質を批判した。これに対し、社保庁の労組を傘下に抱える自治労は今回、組織内候補である民主党の相原久美子氏に50万票余をたたき出してトップ当選させて対抗した。
3年前の平成16年の参院選では、自治労の組織内候補、高嶋良充氏の得票は約17万票で3倍近くだ。自治労が首相の改革路線にいかに危機感を持ったかがうかがえる。
今後は、たとえ政府提出法案が衆院で可決されても参院で審議されないまま放置されたり、野党の反対多数で否決されたりするケースが増えることになる。だが、あくまで正しいと思う法案を提出し続け、国民にその是非を問いかけるべきだろう。そうすれば、野党も国民の目を意識して、「反対のための反対」だけを続けるわけにはいかなくなるはずだ。
ただ、続投することで、これまで以上に批判の矛先が、首相個人の資質に向けられるはずだ。首相が繰り返し語る自らの「使命」を信じるのであれば、甘んじて批判を受け入れるしかないだろう。
社会学者、マックス・ヴェーバーは著書「職業としての政治」で、次のように指摘している。
「どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』を持つ」
首相の信念と情熱、忍耐力が今、問われている。(阿比留瑠比)
2007年7月31日 産經新聞
腐臭漂うバカ殿には二つの選択肢があるようです。どっちも地獄なんだそうですが、悪いことをした人は死んだら地獄へ行くことになっているみたいですから仕方ありません。一つはバカ殿が自分だけ地獄に行くというものです。皆から見放され、アメリカからも見放されていることを自ら認めるという、確かに大変ツライ地獄です。友がいないこと、誰にも受容されないこと、絶対的な孤独はまさに地獄の苦しみに他なりません。このような苦しみに耐えうる人間は皆無だと言ってよいでしょう。しかしながらバカ殿の現実はだいたいにおいてこのような状態なのです。
だからといってこの苦しみから逃れようとして現実を否認しても、そこにはもう一つの地獄が待っています。バカ殿は自らを欺きながら、他の人たちをも地獄に引きづり込もうとしています。地獄を否定するために世界を地獄と化すのです。汚点を誤摩化すために全部を真っ黒にしてしまうような、稚拙で哀れむべき行為ですが、これは人間が犯すことの出来る一番大きな罪ですから、当人は地獄の一番底の絶対に救われることのないところまで落ちてしまいます。しかし大変不幸な人はこんな風になって餓鬼を沢山殺したりなんかしちゃったりするもんです。
実際のところバカ殿の生い立ちがどれほど不幸なものであったのか、残念ながら詳らかにしないのですが、彼は現在のところまでに相当に興味深い行動パタンを示しています。これを例えば次のようにまとめることが可能です。
(1)他者の感情への冷淡な無関心。
(2)社会的な規範や規則および責務への無視と無責任な態度が著しくかつ持続的である。
(3)人間関係を作るのは困難ではないのに、持続的な人間関係を維持できない。
(4)欲求不満の耐性がきわめて低いこと、および暴力を含めて攻撃性発散の閾値が低いこと。
(5)罪悪感を感じる能力がなく、自分に不利な体験、とくに懲罰から学びとることが出来ない。
(6)他者を非難する傾向が顕著、又は社会と衝突するような行動をもっともらしく合理化する傾向が顕著なこと。
ICDー10 5精神および行動の障害 F60.2B
全般基準F60を満たしているかどうかは不明ですが、内閣総理大臣としてのバカ殿の行動に限って言えば、上記の全てが存在するようです。特に参院選以降におけるいわゆる「続投」については、「困難な道であることは覚悟している。日本は改革を進めていかなければやっていけない」とか、「ここで逃げてはならない。政治の空白は許されない」などと「もっともらしく合理化」しているようですが、御友人の阿比留瑠比さんは、バカ殿愛用の言葉でもってさらに「もっともらしく」しようとしています。バカ殿にして知己を得たようです。安岡正篤は「やはり人間というものは、四十五十にもなったら知己…己を知ってくれる者を持たなければいけない」と言っています。その「知己」が女詐欺師であってもです。
それでこの「自らかえりみてなおくんば千万人といえどわれ行かん」というヤツですが、まあ確かに吉田松陰も好んだ言葉だったようですが、元は孟子です。特定アジアの大先生です。さすがに産經新聞、歴史の歪曲と隠蔽はお得意であります。「自反而縮雖千萬人吾往矣」てんですが、「雖」は普通は「いえども」と訓みます。「雖も」と送るようです。「いえど」だと「言へど」になってしまうと思われます。受験生の皆さんは注意しましょう。かの宿敵、売国アカ新聞の朝日は、「天声人語」がどうしたとか、さかんに「受験に有利」という、新聞としてはわけのわからない宣伝をしていますが、あながち根拠のない話しでもないようです。
ちなみに受験生諸君にご参考まで。この分には前段がありまして、ちょっと前から読むと
自反自不縮、雖褐寛博、吾不惴焉、自反而縮、雖千萬人吾往矣
「自らかえりみてなおからずんば褐寛博といえどもわれおそれざらんや、自らかえりみてなおくんば千万人といえどもわれ行かん」と訓むんですって。「褐寛博」というのは毛布みたいな毛織りのルーズな衣服。ここではそういうのを着た身分の低い人、ビンボー人、乞食みたいな人を指します。自らを省みて自分が正しくないと分かれば、たとえそういう人が相手であっても恐ろしく思う、ということです。まったくビンボー人を差別した言い方です。困ったものです。
とはいえ、後段だけだと、他者の感情に冷淡で社会的な規範や規則および責務を無視して無責任であり持続的な人間関係を維持できず欲求不満の耐性がきわめて低いうえに罪悪感を感じる能力がないばかりか他者を非難する傾向が顕著な人にはまことにお似合いに見えるものの、こうして全部読むと随分印象が変わります。実は厳しい内省と謙虚な態度こそが求められているのですから油断は出来ません。幼児的な「オレは正しい」という独りヨガリとはかなり違うようです。それはマックス・ヴェーバーにおいても同様です。
自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が ― 自分の立場から見て ― どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても《それにもかかわらず(デンノッホ)!》と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への《天職(ベルーフ)》を持つ。
選挙の結果や「一部メディア」は、あるいは愚かで卑俗に見えるかもしれません。しかしそれは「自分の立場から見て」にしか過ぎないことを常に自覚していなければならないのです。もしかすると愚かで卑俗なのは自分の方なのかも知れないのです。それは大いにあり得ることです。デンノッホとかヌカす前にその辺についての厳しい内省が必要であり、そのような内省を経なければ「自信」というものはあり得ないのです。そうでないといつ何時ホームレスみたいなヤツに馬鹿にされて恥をかかないとも限らないし、そういう可能性にいつでもビクビクして生活していますので、ちょっと何か言われると涙目になってキレます。
そういうわけですから受験生の皆さんも新聞記者などが書き飛ばすことをそのまま暗記するような手抜きをせずに、出来るだけ翻訳でもいいですから原典に当たって、よく考えて内容を把握するように努めて下さい。最近の入試問題は難問奇問続出で一筋縄ではいかないようになってきています。ミスを誘発し裏をかく罠がどこに隠されているか分かりません。例えば参詣新聞を読むことは良い訓練になりますが、予備校の行き帰りにでも電車の網棚の上を注意していれば充分です。ゴミ箱をあさることは他の人の生活を脅かしますのでやめましょう。逆に家に配達してもらって毎日読んでいるような皆さんは、また来年もお会いできますね。寺山久美の写真ばっかり見てる人もです。


