2008年01月03日

私は如何にして注射を射つのを止めて杭打ちを愛するようになったか

例えば「ゾンビ」なんてものはどう見てもあまり利口そうには見えません。僕から見てもバカに見えるんだからやはり相当のバカだ。つーかアレは元々が何らかの方法で高次な脳機能を停止させられた奴隷のようなもんですから、そう見えるのも仕方がありません。特にゾンビになる前となった後とで記憶の連続性すなわちアイデンティティがないのが問題です。自分がなんという名前で何処にいて何が好きだったけど今こうして好きなものと離されているとか、そういうことが全然わかんないで、ただ腹が減るから人を襲うという下等なレベルでしか生活していないのが、端から見ると悲惨なのです。

「屍鬼」は「ゾンビもの」の一種とされていますが、この点では一線を画しています。彼らが死から甦った時の意識は、眠りから覚めた人のそれと全く同様に描写されています。そして誰かに教えてもらわなければ自分が吸血鬼になってしまったことも自覚出来ないという点において「吸血鬼もの」ともちょっと違った設定になっています。目覚めるや否やそこらの誰かやネズミでもなんでもかぶりついて血を吸う、というような吸血鬼としての本能行動は刷り込まれていないのであって、その点古典的な吸血鬼とは異なるところです。

しかしながら、「生前」との完全な同一性を保った彼らは、要するに食い物が変わったので今までとは違う関係に放り込まれただけのただの人のようにも見えます。実際、搾取されているゾンビとは全く逆に、他の人を文字通り「食い物」にしなければならないわけですが、だからどうしたというのか。そんなことは日常茶飯事なのではないか、今更気にするのはちょっとナイーヴすぎはしないか。生身のよく知っている人がそこにいる?そんなことが問題になるほどあなた方の生きていた世界は甘くはなかったはずです。

というわけで、そこら辺全くナイーヴではない人が登場します。まあ、小説の最初の方からよく出て来るんですが、この人は村一番の医師として知られています。もっとも他に医師はいないのですが。この人はお話が進むに従ってそのとんでもない人格を露呈してゆきます。手始めにはまず、「女」です。女性に対する搾取者として、彼は本格的な活動を開始するのです。その相手は当然のように彼の「妻」です。彼は吸血鬼に襲われた妻を、吸血鬼のやっつけかたを調べるために実験台として使用します。なるほど別居していたのも当然といえるでしょう。一緒にいたんじゃどんな目に遭うかわかりません。そん次はまた別の女、例えばの話し「愛人」みたいなもんです。実際にはこの医師を籠絡しようと近づいた女吸血鬼ですが、彼は籠絡されたようなふりをして逆に彼女を騙し討ちに合わせます。全く喰えない男というわけです。そして彼はそれを手始めに吸血鬼狩りを開始します。

古来、吸血鬼狩りには胸に杭を打つのが良いとされています。その点はここでも変わりません。杭打ちは相手に近づかなければならないという問題があるのですが、良き伝統は守るべきです。それに吸血鬼連中は昼間は正体もなく眠っていることになっています。したがって吸血鬼狩りは昼間のうちに村の全域に展開されている隠れ家を暴き、寝ている吸血鬼を発見し、あるいは心臓に杭を打ち込んで絶叫する息の根を止め、あるいは日向に引きずり出して生きながら焼くということになります。事ここに至るまで吸血鬼には身を守るすべはありません。眠っているとイキナリ心臓に杭を突き立てられたり、全身を焼かれるということになります。熟睡とは恐ろしい事です。

したがって吸血鬼狩りとは、白昼堂々と寝込みを襲う事であり、昼日中に繰り広げられる大量の人体の破壊ということになります。この辺は小説の中でもクライマックスの面白いところです。しかしながら吸血鬼狩りに協力する村人の中には、吸血鬼が他ならぬ知り合いやなんかであることから、かなりの抵抗を感じる人がいるのも事実です。実際のところそこにいるのは自分がよく知っている人に他なりません。そして吸血鬼が彼を狩ろうとしている人間を認識出来るならば、それはまた彼がよく知っている人です。これは村人同士が白昼血みどろで殺し合うということなのです。

元々吸血鬼の存在にいち早く気がついたのはこの医師です。そして彼はこのような派手な人体の損壊でなければ吸血鬼を退治する事が出来ないという事を、自らの妻のカラダをつかって証明したのでした。そこでこの殺し合いは、医師の予期のうちにあったといえるでしょう。このコロシアムを主宰する医師は、例の坊主の幼なじみであり、アルター・エゴとして機能しています。坊主が吸血鬼狩りに背を向けてから、彼らはお互いに対立しているかのように見えますが、そうであっても、医師は坊主の目論見を助け、あたかも坊主の意志に沿うかのように村中を血で血を洗う殺戮の巷と化します。坊主における村の滅亡への意志は、吸血鬼による襲撃への肯定として現れましたが、同じものがこの医師においては反動形成的に村を守る意志として現れているというわけです。それが彼に「吸血鬼狩り」という名目での村人の虐殺を引き起こさせます。あたかも村人を殺すのが目的であり、たまたまその時期に村を吸血鬼が襲っていたからそれが吸血鬼狩りという衣をまとう事になったかのようです。つまりこの二人は対立し合っているようで別々の途から我知らず同じ目標に向かっているのですが、これは「男の友情」の範例であるともいえるでしょう。友達っていいな、そんなことにも気づかせてくれるのがこの小説の醍醐味です。


posted by 珍風 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。