2008年02月13日

「半キチ」勢力が叫ぶいかがわしさ

「しつけ」勢力が叫ぶいかがわしさ

 また、なんともやりきれない事件が起きた。産経の花岡信昭による少女暴行幇助事件だ。
 関係当局は事件を徹底的に調べ、糾弾すべきは糾弾してほしい。当然ながら、この編集委員は厳罰に処せられるだろう。日本の全ての女性に一生背負わなくてはならないキズを負わようというのだから、しかもカタカナで「キズ」って書くとなんだか「キス」みたいで軽くてしょうがない。
 以上のことを踏まえたうえで、あえて書かなくてはならない。平成7年の少女暴行事件の再来として、現地では受け取られている。それは感情論としては分かるのだが、花岡は沖縄に住んでいるわけではないのでそんな「感情」は知ったことではない。そのくせ「この事件を政治闘争の具にするというのでは、被害少女への思いやりを欠くというものだ。こういう事件を前にしては、人間の尊厳に対してどこまでも誠実でありたい」などとうそぶくのは、なんともいかがわしさがにおう。
 「基地との共存共栄以外に沖縄がたどるべき道はない」と声高に叫ぶのは言論の自由なのだろうが、これは花岡ひとりの考えであるから、地元の首長や議員たちがそのことを百も承知しているかどうかは保障の限りではない。彼がからだを張って現地で聞いてきたのかどうかはわからないが、むしろ女の子にからだを張らせるつもりであるようだ。
 「住民自決に軍命令はなかった」と信じて疑わない体質と共通する情緒的反応の弊害を、そこに指摘しないわけにはいかない。
 「半キチ」勢力の情緒的反応は、例えば今回のような事件と通常の誘拐事件や暴行事件とを区別することが出来ない。「知らない人についていってはダメ」。筆者などの世代は子どものころ、親から口うるさく言われたものだ。しかしこれは一般的な誘拐事件について言われたもののはずだ。そこに基地はあったのだろうか。
 一方で米軍基地が集結する沖縄である。夜の繁華街で米兵から声をかけられ、バイクに乗ってしまう無防備さを指摘する花岡本人が、図らずも米兵が全員危険な強姦魔であることを指摘してしまう無防備さ。そんな野蛮極まる米兵は今日も野放しである。ほくそ笑むのは誰か。そこを抜きにして、「基本的な「しつけ」」の問題にしてしまうのは、いくら日本教育再生機構だとはいううものの、無理やり、という以外にない。これではまるで銃乱射事件で弾に当たった方が悪いと言うようなものだ。とんだ「安全保障」もあったものである。


http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080212/plc0802122007008-n1.htm


posted by 珍風 at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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