2008年02月26日

人食いの春

蒸気機関を発明したのは良いがその値打ちをどうアピールすればいいのかと考えたワットさんが思いついたのは「俺の機械は馬何頭分だ」という表現でした。すなわち「馬力」であります。蒸気機関は馬何頭分かに当たるわけですから、もう馬はいらない、刺身にして食べてしまってよい、というわけです。これは喰って美味いかどうかという問題ではないのですが、馬肉はたいへん精力がつくと言われておりまして、千束とかそういう体力を使うところには必ず馬刺屋があることでも分る通り、「人間力」も高まって一石二鳥、というところがワットさんの偉いところです。

馬刺の効果を記念してワットさんの名前は仕事率の単位になっていますが、1馬力は745.699872W、俗に1人間力=4馬力といわれていますから1人間力=186.42Wとなります。人間でも瞬間的な最大出力では1馬力くらいは出せるもののようですが、馬力は継続的に荷を引いたときの仕事率(12時間の平均)でありますから、人間が4倍の力を継続的に出し続けていると死にます。四は死に通じると言うが如しです。ところが人間はおねいさんに励まされたりするといい気になって普段より力を出してしまったりしたと思ったらパタリと死んでしまったりして、精密な出力の測定が出来ません。人間力は何かの基準にはしにくいわけで、エンジンが「何人力」とかは言わないようです。もっともこれにはもうひとつの深い理由があると思われます。「馬力」が「Horse Power」の頭文字を取って「HP」と表されるのに対して、「人間力」について「Human Power」の頭文字を取るとやっぱり「HP」になってしまうので紛らわしいではないですか。ともあれ、「人間力」もまだまだ「馬並み」にはほど遠い、ということでしょうか。

そこでこのような「人間力」の限界を克服すべく、というのも人間が3分の1馬力でも出せれば1馬力あたり1人クビに出来るわけで、世の中にはそういうことを考えつく人というものもいるわけです。あの手この手であるいは馬力を上げさせ、あるいはより少ないエサで効率的に力を出させ、はてはエサを減らして出力を上げさせるにはどうしたらよいか、なんてことを考えよう、というのが「若者の人間力を高めるための国民会議」であります。

社会全体で若者支えよう=国民会議がアピール

 フリーターやニートなど、若者の雇用問題を解決するため厚生労働省の主導で設置された「若者の人間力を高めるための国民会議」(議長・御手洗冨士夫日本経団連会長)は25日、都内で会合を開き、「仕事と向き合う若者を、みんなで支えよう」と題するアピールを採択した。
 舛添要一厚労相は冒頭のあいさつで「若者が働くことへの理解を深めることが必要だ」と強調。アピールは、若者がしっかりとした勤労観・職業観を身に付け、生きる自信と力を得られるよう「社会全体で支えていくことが重要」と指摘。家庭、地域や学校、職場の協力を呼び掛けた。

2008年2月25日 時事


僕なんかは親なんだから「職業経験を交えて子どもと仕事について考えたり」しなくちゃだそうです。舛添も「若者が働くことへの理解を深めることが必要だ」と言っています。この点について舛添が何を理解しているかはともかく、親は自分の職業体験を交えて働くということがどういうことなのか、餓鬼に理解させないといけないんだって。

例えば面接に落ちるたびに小さくなっていく体、今になって自分は生まれなかった方がましだと気がつくことについて話さなければなりません。24時間心身を蝕まれ続ける「正社員」、横行するサービス残業、睡眠不足で目が血走り脳が煮え立って凝固した名ばかり管理職の瞬膜のかかった眼について、過労死と鬱病と自殺について語り聞かせることが必要だそうです。犬のように蹴飛ばされ蜉蝣のように都市を彷徨う明日の命も知れぬ日雇い派遣、自分がどこで働いているのかも知らず故障したら見知らぬ谷に捨てられる二重派遣、低賃金労働を三件も掛け持ちする子持ちで独身の女子労働者の脂肪の割れた太股と粉を吹いた頬、家族の未来と住処を失い路頭に佇むリストラ中高年の破砕した眼を覆う眼鏡のセロテープが巻かれたテンプル、オフィスで殺し合う白痴ども、キチガイを製造する工場、怯え切った運転手に粉砕された乗客のすり潰された顔面、クレームを受けた奴が別の奴に難癖をつけて殺された安アパートの1帖あたり980円のカーペットが吸い込んだ血、社長が俺のオナペットを犯してる、何度も犯して顔にかけてやがる、爆発性ガスの上で飯を食い四散して近所のビルの壁面に張り付く肢体とコロッケ、病気や怪我でもすればそれっきりのキャストの痙攣する笑顔、すっからかんのアタマに毒を詰め込まれるゲスト、同僚にその毒を散布したあとで3日前の余り物を弁当に盛りつけて、それを喰った奴の医者にもかかれず血を吐きながら震える背中から生える包丁を握った昆虫の腕。

およそこういうことについて若者の理解を求めなければならないそうですが、実際にはそんな面倒くさいことをする必要もないようです。東京都の調査によれば「ひきこもり」が多いのは「30歳から34歳」(43%)なんだそうです。これらの人たちが「若者」に入るのかどうか、微妙な問題ですが、この調査自体が15歳から34歳までの人を対象としたものです。これを例えば39歳までに広げた場合に、より高齢化した「ひきこもり」像が出現するのかどうか、わかったものではありません。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2008/02/60i2p201.htm

年齢に関わらずキレイなら「おねいさん」、そうでなければ「オバサン」ということでも良いのですが、「ひきこもり」の71%が男性です。それはいいのですが、「引きこもりの状態になった時期」は「25〜27歳」が最多であり、「ひきこもりの状態になった原因」として25%が「職場不適応」を挙げていることからみて、彼らは身をもって「働くことへの理解」を深めたようです。百聞は一見に如かず、少なくとも3年は仕事を継続していたようですから、一応は結婚して子までなしたような、いわば「成功者」、「性交者」ともいいますが、そんなのが狭い「経験」とやらで何を喋ってもしょうがないんじゃないか。

とはいえこの東京都の「調査」なるものも、相当なシロモノであることは指摘しておいた方がいいでしょう。これは都内に住む15歳以上34歳以下の男女3000人を無作為選出して戸別訪問によるアンケート調査を行なった結果です。このうち「協力を得られた」のが1388人ですから回答率46%です。そのうち「ひきこもり」と判断されたのはたったの10人です。まあ、そんなに沢山「ひきこもり」がいるわけじゃないんですが、それにしても頼りない数字です。1388人のうちの10人ですから0.72%ですが、東京都ではこれを延ばして都内に「ひきこもり」が25000人いると推計します。ちょっと乱暴です。

さすがに10人じゃアレなので、別の調査から18人の「ひきこもり」を連れて来て、都合28人の「ひきこもり群」に対して調査したのが、先ほどの「年齢」、「時期」、「原因」のデータです。しかし「別の調査」で「ひきこもり」と判断されたからって、混ぜちゃっていいんですかね。例えば対象の年齢とか調査方法は同一だったのでしょうか。随分とテキトーです。

東京都ではこの「10人」という結果にショックを受けたらしく、要するに「少な過ぎて話しにならない」と思ったようで、「「家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」など心理的には「ひきこもり群」と同じ意識傾向をもっているが、ひきこもりの状態ではない若年者の新たな層」を発掘してきました。これは「ひきこもり親和群」と命名され、今回の調査では66人いたんだそうです。出現率は4.76%、したがって東京には「ひきこもり親和群」が16万5千人ほどいることになります。もっとも「閉じこもりたい」人が「閉じこもっている」人と「同じ意識傾向」を持っているかどうかは保障の限りではありません。状況が「閉じこもらなければならない」程ではないからこそ「閉じこもりたい」と思っているのかもしれませんし、「閉じこもっている」人だって前々から「閉じこもりたい」と思っていたのがついに念願叶って「ひきこもり」になることができた、というわけでもないかもしれないのです。

むしろ心配なのはこの調査をまとめた人がこういう意識を持っていること、すなわち「ひきこもり」たがっている可能性です。なにしろ御手洗とか石原とかいう人のおかげで、日本の「働くこと」は「ひきこもり」たくなっちゃうようなものになっていますから、調査担当者が「ひきこもり親和群」でも何の不思議もありません。そして今後の課題としては、この「ひきこもり親和群」が、それでも「ひきこもり」にならないのは何故なのか、ということなんだそうで、これはムチの回数と「馬力」の関係、効率を下げないダメージの与え方の問題になりますが、動かなくならない程度にムチを緩めてくれると思ったら大間違いです。「馬」に比べて「人間」などありふれています。刺身にして喰わないのは習慣の相違でしかありません。あと、お前ら喰ったって精力つかねえだろ?


posted by 珍風 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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