2008年03月30日

狂瘋会とラジフェミとマリクリ

「ECPAT」というのは「End Child Prostitution, Child Pornography And Trafficking in Children for Sexual Purposes」の頭文字でありまして、「児童買春と児童ポルノと性目的の児童売買を止めろ」と言っています。性目的でない児童売買はいいんだそうですから安心して下さい。ビンボー人の餓鬼どもは安心するのは早計です。ここの「リンク集」http://www.ecpatstop.org/07link.htmには「関連団体」として例の

(財)日本ユニセフ協会


を筆頭に、上位を各種キリスト教系団体が占めているのは当然でしょう。

(財)日本キリスト教婦人矯風会
(財)日本YWCA
(財)日本YMCA同盟


YMCAよりもYWCAの方が先に挙げられているのが丁寧です。その次にやっとフィルタリングの普及につとめる

(財)インターネット協会


です。インターネット協会はキ印リストの下位におかれてしまいました。その次に

売買春問題ととりくむ会


というのがあってリンク集なのにリンクしていません。サイトがないようなのですが、これは日本キリスト教婦人矯風会の関連団体ですから、インターネット協会はキ印リストに挟み撃ちになった格好です。しかしインターネット協会の評議員には宮本潤子(ECPAT/ストップ子ども買春の会 共同代表)が潜り込んでいますから、軒を貸して母屋を取られたのかも知れませんし、インターネット協会もキ印の立派な一員なのかも知れません。

その次が児童買春問題も児童労働に対する政策の中に含まれている

ILO駐日事務所


及び、避妊用ピルの処方と、子宮頸癌や尖圭コンジローマの原因となるヒト乳頭腫ウイルスワクチン接種を進める

(社)日本家族計画協会


あたりが来ていますが、お次ぎには気を取り直してマリ・クリスティーヌさんの

AWC・アジアの女性と子どもネットワーク


ですが、これは2001年ごろから「おなじ?ちがう?援助交際と子ども買春」と題する連続シンポジウムによる情宣活動を行なって、貧窮家庭の少女を買い取って強制的に売春に従事させることといわゆる「援助交際」をゴッチャにしようとして一生懸命です。この二つを一緒にするということは、女子高生がマックでバイトすることと売られて来た少女が強制労働に従事させられることを一緒にしちゃうのと同じですからわけがわかりませんが、少なくともマリ・クリスティーヌさんは「アジアの女性と子ども」の権利よりも他に守りたいもっと大事なことがあるようです。

そういう立場をよりはっきりさせているのが

ポルノ・買春問題研究会(APP研)


でありまして、反「性的リベラリズム」をうたって女性の(男性も)自分自身に対する権利を剥奪することが「性の人権・性的自由・性的平等を擁護する」ことになると思っているちょっと変わった人たちです。儲け話を持って来て金を巻き上げる詐欺師のような人たちですが、それだけに友達が少ないようで、アメリカにおいて実践的にはキ印原理主義と共同歩調を取るラジカル・フェミニズム以外の日本のフェミニズム運動のサイトとのリンクがほとんどないとか、同性愛運動団体とのリンクも2件しかありません。これらの団体は仲間なのか被害者なのかわかりませんのでここで名称を晒すのはかわいそうです。

どん尻に控えしは

(財)ジョイセフ(家族計画国際協力財団)


という、これは日本家族計画協会と同じように「リプロダクティブ・ヘルス」をうたっていますが、「リプロダクト」というのは過去の製品を「復刻」することで、例えばリートフェルトの椅子やなんかを昔と同じように作った商品のことなんですが、これが「生殖」のことだとはナカナカ気がつかない。これは要するに「母性保護」のことのようですが、女性は「産む機械」どころか「リプロダクティヴ・マシン」として見られています。子どもを産むことは親の「復刻版」を作ることであり、この考え方によれば遠い過去から未来永劫にわたっていつまでたっても同じものが反復されるのです。これは「オリジナル」を神話に求める進化の否定であり、アダムは「オリジナル」を保持する神が作った最初の「復刻版」なのです。そしてイヴに至ってはアダムからその一部を取り、つまり「復刻」機能に特化した「専用機」なのでした。コピーはやっぱりキヤノンだべ。最近は色んな「お楽しみ」機能がついた「複合機」が人気ですが、さすがは神様、その辺に抜かりはありませんでした。

キリスト教は人間が神様になってしまう宗教です。カトリックでは「教皇」というものを置いていて、これは神様じゃありませんということになっていますが、「異端」を告発し断罪する神の「版権管理者」としての教皇は平信徒に比べれば無限に神に近い存在、いわば地上において可能な限りでの「神」に他なりません。そのかわり一般の有象無象が神様になっちゃうのを防止していたんですが、プロテスタントはこれを広く一般に開放します。そこで神様になっちゃう人は大はアメリカ合衆国から小は又吉イエスに至るまで枚挙に暇がありませんし、「狩人の夜」のロバート・ミッチャムのように神様と勝手に相談して教会を設立する人も後を絶ちません。このような「キリスト教精神」を精神医学方面では「宗教妄想」とか言うようですが、その手のキチガイがアメリカで設立した組織の一つが「矯風会」です。

アメリカにおける「矯風会」の歴史は、もともとの意味での「アダルト・チルドレン」の症例として興味深いものですが、日本キリスト教婦人矯風会が「東京婦人矯風会」を起源として、あたかもアメリカのキチガイ婆さんとは何の関係もないという顔をしているのも、まあ、無理はありません。そんなことで苛めても仕方ないでしょう。しかしながら「児童ポルノ」を規制して「未成年者の権利を守る」ことを標榜する団体がこぞって「性的自由」の敵対者であり、悪くするとキ印神話に基づく「女性専用機説」に立脚して「女性の権利」をコピー機のメインテナンス程度に考えているらしいことは記憶にとどめておいて良いのかも知れません。

ところがそんなことはあまり重要ではないのです。「児童ポルノ」など単なるきっかけにしか過ぎません。女子中学生のお尻に気を取られてポルノが有害だとか無害だとか論じても仕方ありません。ポルノが無害だということであれば、また別の言い訳を出して来るだけです。問題は「児童ポルノ」を販売して何万円か儲けたとされる田舎の高校生ではなく、インターネットにおける匿名で無報酬の言論は、マスゴミのようには政府が誘導したり圧力をかけて内容を変更させたりしにくいという点なのです。ブログが閉じられたら別のを立ち上げるし、生活に困るわけでもありません。しかしある期間、例えば選挙の間に、影響力のあるブログの更新を「何かの手違いで」停止することができるでしょう。そのためには「児童ポルノ」でも何でもいいからとにかく政府が指を突っ込む隙間を確保しておけば良いのです。毛を引っ張ると痛い。

ぶっちゃけて言えば、現行の教育基本法と学習指導要領の元では、「愛国」的でないもんは「青少年に有害」であると認定することが可能です。そして「愛国心」は常に、政府への批判を封じる呪文でした。反体制的な「愛国心」などというものもあるんでしょうけど、国家権力の前にはそんな「愛国」の看板など洟拭き紙です。政府の基準ではそんな「愛国者」もコミュニストもアナキストもエゴイストも助平オヤジも小児性愛者も援交女子高生もTバック女子中学生もスク水女子小学生もオウムもインコもスズメもスルメもみんな同じことなのです。気をつけなければいけないのは洟拭き紙を乾かして糞拭き紙にするのは構わないのですが、その逆は止めておいた方がいいということで、これは「笑点」で毎年必ず指摘されるところです。みんないくら言ってもわからないので喜久扇さんも大変です。


posted by 珍風 at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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