2008年04月09日

来年のベストセラー

布団をかぶってるように見える若い男性、それを庇うかのように背後に控える男性の母親とおぼしき高齢の女性、そして2人の視線の先には左手に書類を持って右手で若い男性を指差しながら、2人以外の誰か他の人に向かって何かを言っているヒゲの役人風の男。

これが世に名高い「徴兵免役心得」(稲葉永孝1879年)の表紙絵であります。いや、布団なんかかぶってません。両腕で身を護るような、頭を隠すような動作をしています。
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当時は「徴兵懲役一字違い」と忌み嫌われていたそうですが、あえて細かいことを申し上げれば、二文字とも違っているんですが。「心」を国が「徴する=取り立てる」のが「懲らしめる」ということだったんですね。恐ろしいことです。

徴兵令は1873年(明治6年)に施行されましたが、「身ノ丈ケ5尺1寸(曲尺)未満者」(154.5p)という体格基準未達者や「羸弱(ルイシヤク)ニシテ宿痾及ヒ不具等ニテ兵役ニ堪サル者」は兵隊に取られませんでしたし、当初は「一家ノ主人タル者」「嗣子竝ニ承祖ノ孫」「独子独孫」「罪科アル者 但徒以上ノ刑ヲ蒙リタル者」「父兄存在スレ共、病気若クハ事故アリテ父兄ニ代ハリ家ヲ治ル者」については免除され、その他にも「官省府県ニ奉職ノ者」「海陸軍ノ生徒トナリ、兵学寮ニ在ル者」「文部工部開拓其他ノ公塾ニ学ヒタル専門生徒、及ヒ洋行修行ノ者、竝ニ医術馬医術ヲ学フ者 但教官ノ証書竝ニ何等科目ノ免状書アル者(科目ノ等未定)」が免除されましたし、「養子」になっている人や「代人料」を払った者も徴兵免除でした。地獄の沙汰も金次第です。1879年には徴兵令の改正が行なわれて免除規定が縮小されましたが、これを受けて徴兵令のいわゆる「解説書」が多数出版されたようです。以下は全てこの年に発行されたものです。

「改正徴兵令早合点」青木輔清
「改正徴兵令大意俗解」内藤廉吉
「改正徴兵心得早合点」浦谷義春
「改正徴兵令註解便覧 一名免る可否」近藤守信

「早合点」というのは今で言う「早わかり」「速解!」の意味で、「おっちょこちょい」のことではないようなのですから早合点は禁物です。このような類書の中できわめて正直、というか市場のニーズを捉えたのが「徴兵免役心得」というタイトルをつけた稲葉永孝先生であったわけでした。

ところで法務省は裁判員制度の施行日を来年の5月21日に決めてしまいました。裁判員制度によって審理が行われるのはこの日以降に起訴されたものが対象になりますので、裁判員制度による裁判は来年の7月下旬以降になるとみられています。ところが来年の裁判員候補者は今年の10月15日までにピックアップされます。これが全国で30万人程度になります。当人に通知が行くのは今年の11月から12月にかけてです。

来年の5月21日以降に起訴された事件について、裁判員制度の対象となるものについて公判前整理手続が終わり次第、今年ピックアップされた人の中から裁判員候補者をくじで選び、裁判員選任手続の6週間前に「裁判員等選任手続き期日のお知らせ」を送付します。したがって呼び出し状が来るのは来年の6月半ばです。

徴兵と違って裁判員では死ぬのが他人ですから別にどうでも良いんじゃないかというとそうでもなくて、最高裁の調査によれば「義務でなければ参加したくない」人が83%もいます。しかし、というかだから、というかこれは「義務」なので、多くの人、というのは83%くらいの人ですが、これが興味を持つのが「辞退」の要件でしょう。

仕事代われぬ特別事情…裁判員辞退に最高裁が指針

 来年始まる裁判員制度に向け、最高裁は裁判員候補者から辞退の申し出があった場合に裁判官が認めるかどうかを判断するための指針をまとめた。
 居住地や職業、生活スタイルなどのグループ別の調査を基に裁判員となる際の障害を分析、「成人式シーズンの美容師」「資格試験直前のフリーター」など、辞退理由として考慮すべきケースを例示した。最高裁は調査結果をデータベース化し、選任手続きの際の判断材料にする考えだ。
 指針をまとめたのは、候補者を呼び出す前の書面審査などの段階で辞退を認められるようにして、国民の負担軽減につなげるため。職業ごとの事情を裁判官が把握しておくことで、辞退を認めるかどうかの判断を容易にする狙いだ。
 調査は昨年9月〜今年1月、北海道から沖縄までの計約800人を対象に行った。「秋田の酒造業者」「京都の西陣織業者」など地域の特産業者や、「旅行業」「クリーニング業」など様々な業種、「主婦」「若者・学生」など計127のグループを設定し、それぞれ該当者6人から意見を聞いた。
 その結果、職業や立場にかかわらず〈1〉他人に仕事を代わってもらえない特別な事情があるか(代替性)〈2〉仕事や生活に深刻な悪影響が出るか(影響)――の2点を特に重視すべきだとする基本的考え方を示した。
 それに基づいて、各グループの障害を分析。「インフルエンザ流行時の医師」など専門性が高い職業や「夏場の海水浴場近くのコンビニ店長」など繁忙期で休めないケースは、辞退の理由として検討すべきだとしている。
 「カキ養殖は、6月の種付け日が一日でもずれると翌年の仕事がダメになる」「ウエディングプランナーが担当した結婚式に出られないと、顧客の信頼を失って予約をキャンセルされる」など、裁判員になることで損害が出る恐れのあるケースも具体的に列挙、判断材料として提示した。
 辞退を認めるかどうかは個々の裁判官の判断に任されるが、最高裁は判断する際の重要な参考資料とするため、調査結果を全国の地裁に配布する。来年までに、60〜80グループを追加調査し、今回の結果と合わせてデータベース化。裁判官がキーワードで検索できるシステムを作る方針だ。

2008年4月6日 読売新聞


残念ながらこの「指針」は「裁判官がキーワードで検索できるシステム」になるようですが、一般の人がアクセス出来るかどうかは定かではありません。僕たちなんかは見せてもらえないのかもしれません。しかしこのような情報の不均衡そのものが裁判員やりたくない理由の一半をなすものであります。そこで賢明なる読者諸氏においては「裁判員免役心得」が来年のベストセラーになるのは自明のことでありましょう。「自分のブログが本になったらいいな」なんて考えてないで早速調査に取りかかるべきです。

ところで裁判員やりたくない人は、その理由の大半が「責任の重さ」とかそういうことであるようです。これに裁判員辞退に関する情報の不均衡を考え合わせてみると、裁判員というのは要領の悪い人が負いきれない責任を感じながらやるもんだ、ということになるようです。

ここでひとつご参考に供するとすれば、有罪かどうかわからなかったら無罪にするのが正しい、ということを思い出して頂ければ、だいぶ気が楽になるのではないでしょうか。迷ったら無罪。なるべく無罪。量刑についても、普段は居酒屋などで「厳罰主義」を振り回しているかもしれませんが、「責任」が伴ってくるとちょっと考えてしまう人もいるかもしれません。いいから量刑は軽くしてしまいましょう。大丈夫です。量刑と再犯率はあまり関係がありませんから、後になってなんだかんだと言われる心配はありません。また、被害者の被った「被害」は、そのものとしては回復不可能なものであり、これも量刑とは無関係です。いくら刑が重くても死んだ人が帰って来るわけではありませんから、たとえ被告人が死刑になっても「遺族感情」は納得出来ないでしょう。したがって「極刑」を求める「遺族感情」は、「極」において反転しても同じことでしょう。

ここで死刑についてですが、現在日本の「世論」では死刑存続を支持する者が多いそうですが、これはなにも熟慮の上である判断をした結果というわけではありません。つまり成熟した世論ではなく多分に情緒的なものだと思われます。これはマスゴミが「被害者」とか「遺族」の姿だけを報道して「被告人」があまり記者会見などをしないということにも関わります。目の前にいる人に同情的になるのはありがちな反応です。ところが裁判員は普段あまり目にしない被告人を生で目にする機会に恵まれます。法廷には被害者とか遺族とかもいるかもしれませんが、裁判の主役はどっちかというと被告人です。ここで実際に被告人を目にし、その声を聞き生い立ちを知る場合、被告人が「カワイソウ」になってしまって死刑判決など出せないという人が意外と多く出る可能性があります。「死刑支持」世論の情緒性が裁判員制度では逆に死刑判決を抑制するものとなる可能性がないわけではないのです。これを防止するには「遺族」を中心に使った情緒的な「世論」動員をやめて、死刑制度についてきちんと考えてもらう必要があるのですが、それをやるとますます死刑存続を支持する人が減ってしまうかもしれません。まあ、人一人殺そうってんだからそのくらいの苦労は覚悟して当然です。


posted by 珍風 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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