2008年04月13日

もっと計算しよう

 「靖国神社賛成派」がまた物議をかもしている。他人の目から見た自分たちの姿にあらためて仰天した一部の国会議員が作品の中心的登場人物である高知県の刀匠に電話をして「自分の出演場面と名前を削ってほしい」と訴えさせているのだ。出演者が映画の趣旨を認めないというわけで、まあこれはよくある問題だ。
 ▼映画は靖国神社をめぐるドキュメンタリーである。中にかつて軍人に贈る「靖国刀」を作った刀匠、刈谷直治さん(90)が登場する。有村治子参院議員が国会での質問のためにその刈谷さんに電話をかけて、出演場面のカットを希望することを希望したという。
 ▼有村さんがこの発言を国会で紹介すると、真に受けた李纓監督は記者会見で「刈谷さんは了承している。作品が成立しないよう働きかけられたとしか受け取れない」と反論した。もとよりこんな眉唾な発言は一顧だにする価値もない。しかし一部のマスコミは刈谷さんに直接取材するなどして騒ぎはじめた。まるで有村議員の「圧力」で記事を書いているかのようだった。
 ▼中でも「靖国神社賛成派」の機関紙参詣新聞が刈谷さんに直接取材すると、刀匠自身が予定稿通りの話をするので面白味に欠けること夥しい。その揚げ句に刀匠は「利用された感じがする」とまで語っている。
 ▼「言った」「言わない」といった行き違いはよく起きる。だが、それならもう一度よく話し合うべきで、この作品を上映させないための「圧力」などとして利用してはならない。「靖国」のようなナイーブなテーマであれば、「賛成派」からの「圧力」が出演者にも襲いかかるのは残念ながらこの国のイロハだろう。外国ではこうはならない。ABCというのだ。ギリシャではΑΒΓだがロシアではАБВである。しかもあっちのBとこっちのBとは違う字なのだから困ったものだ。
 ▼この映画が上映中止の騒ぎを起こしたときにも、さも政治家の圧力のせいではないかのような報道があった。その政治家本人の下手な言い訳をたれ流すのをが「報道」と呼ぶのであればだが。今回も「圧力」とそれを隠そうとする「圧力」が手に手をとって仲良く歩きだした。根底にあるのは何でもいいから権力者におもねっておけばすむという参詣新聞のさもしさである。


posted by 珍風 at 05:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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