2013年05月06日

アベノセックス

文盲戦車を撫でる、じゃなくて

政府、10代から「女性手帳」導入 骨太の方針で調整 何歳で妊娠? 人生設計考えて


 政府が、女性を対象に10代から身体のメカニズムや将来設計について啓発する「女性手帳」(仮称)の導入を検討していることが4日、わかった。医学的に30代前半までの妊娠・出産が望ましいことなどを周知し「晩婚・晩産」に歯止めをかける狙いだ。6月に発表する「骨太の方針」に盛り込む方向で調整している。

 政府は少子化対策として産休や育休を取りやすくする制度改正、子育て世帯中心の施策を優先してきたが、晩婚・晩産化対策も少子化解消には必須と判断した。安倍晋三内閣はこれを重点政策に位置づけており、骨太の方針に反映させた上で、来年度予算に調査費などを計上したい考え。

 内閣府の「少子化危機突破タスクフォース」(議長・森雅子少子化担当相)は、妊娠判明時点で自治体が女性に配布する「母子健康手帳」よりも、早い段階からの「女性手帳」の導入が効果的とする見解を近く取りまとめる。子宮頸がん予防ワクチンを接種する10代前半時点や、20歳の子宮がん検診受診時点での一斉配布を想定している。

 医学的に妊娠・出産には適齢期(25〜35歳前後)があるとされる。加齢に伴って卵子が老化し、30代後半からは妊娠しにくくなったり、不妊治療の効果が得られにくくなることも明らかになっているが、学校教育で取り上げられていない。

 女性手帳では、30歳半ばまでの妊娠・出産を推奨し、結婚や出産を人生設計の中に組み込む重要性を指摘する。ただ、個人の選択もあるため、啓発レベルにとどめる。内閣府はまた、経済事情などを理由になかなか結婚に踏み切れない状況の改善にも取り組む方針で、新婚夫婦への大胆な財政支援に乗り出す。

 日本産科婦人科学会の生殖補助医療(高度不妊治療など)の年齢別結果(平成22年)によると、35歳前後で20%台前半だった妊娠率は40歳で15%を下回った。

2013年5月5日 産經ニュース


自民党の「少子化対策」でちゃんと「対策」になっている、てゆーか「対策」の体をなしているものがほとんどなかったりするんですが、「こどもの日」に満を持してドヤ顔でリークしたのがなんとコレです。30代半ばまでに餓鬼をひねり出すように「人生設計」をしろという命令書を女の子に出すんだそうですが、どうしてこんなのが「効果的」なのか全く分かりません。

まあ、自民党にはこれまでも情報操作で国民を誤導して来たという自負があるんですから、こんなんでも大丈夫だと思うのかもしれません。ところがどうもこれだけは個々人の生活に直接関係してくるもんですから、言われたからといってハイそうですかというわけには中々いかないのが実情です。色々な意味で「先立つモノ」がなければ餓鬼なんてそう簡単に産まれてくるもんではありません。

しかしながら世の中には簡単に影響されてしまう人もいるでしょうから、そういう人には「効果的」である可能性もあります。その場合、これからますます逼迫する「人生」の中でやっとこさ結婚できたと思ったら「30代後半」になっちゃったんで餓鬼は諦める、という「効果」が出て来るわけで、そうするとこれはまったく逆に妊娠出産を抑制する結果になるでしょう。やっぱりさすがは自民党です。

まあそんなことよりもこの汚染された列島で人類がどうやって生きていくのか考えないといけないんですが、東日本でもこれを平気で配布するんだろうと思うと呆れてモノも言えません。言えないので書いていますが、この記事の書き方も相当なものです。「個人の選択もある」という書き方は適当ではありません。「人生設計」なんですから「個人の選択」しかないわけですが、こういう書き方だとまるで恩恵として「個人の選択」も加味させてあげるから有り難く思え、という感じになっちゃいますから気をつけるようにしたいものです。

したいものですが、これは産経さんの記者の頭が悪いわけではなく、てゆーか頭が悪いから単にリーク元の表現をそのまま書いちゃっただけなんでしょう。全く馬鹿も休み休みですが、祝日に働いているとロクな結果になりません。とにかくそんな言い方をしたのは自民党の方でしょうけど、またもや先走りの淫水が漏れてしまっています。そんにいきり立っていると参院選を待たずにあえなく昇天、という結果になりかねません。女の子に嫌われますよ。

自民党の「日本国憲法改正w案」にはちゃんと書いてあります。自民党政権の政策はこの「案」に基づいていますから、少なくとも今のところどこに出しても恥ずかしい短小、ではなくてどこに出しても恥ずかしくない憲法違反です。

第十三条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

「個人」は尊重しなくて良いことになりますから、「個人の選択」は、「まあそんなものもある」という程度のシロモノです。もっとも「人として尊重される」と言っても、「公益」や「公の秩序」が「生命」にも優先されるんですから「国民」は「公」とやらの利益のためにいつぶち殺されてもおかしくないわけで、何をどう「尊重」するのか全く分かりません。つまりこれは、長々しいので要約すれば、「全て国民は尊重されない」という意味になります。

まあ曲がりなりにも憲法の案ですから、あまり殺伐とした事は書かないわけですが、もっとソフトに分かりやすく表現するならば「全て国民は、公益及び公の秩序に反しない限り、人として尊重される」ということになるでしょう。いずれにしても「人」は「個人」ではありませんからいろんな人がいて好き勝手な生き方をしている事は認められません。「尊重される」ところの「人」とは、条文によって「公益及び公の秩序に反しない」ものであるとされています。在特会に習うならば「日本人 餓鬼産メ 過労死 戦死シロ」、なんて表現になりましょうか。

だいぶ分かり易くなりまして結構な事ですが、肝心の「少子化対策」はどうなるかというと、これではどうにもなりません。考えてみればアメリカと財界の意向で動く自民党にはそもそも「少子化」を問題としてこれを解決しようとする動機がないんですから当然です。奴隷の出自や民族を問題にすることに意味はありません。足りなきゃ他所から入れれば良いのですし、「国民」でなければ「人として尊重」するフリさえ無用、人間扱いしなくて良いので余計に便利です。
posted by 珍風 at 07:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月05日

餓死と過労死とどちらでもお好きな方を

「限定正社員」ってナンだ? 政府が「成長戦略」で導入促進へ


 「限定正社員」という聞き慣れない言葉が出回っている。仕事内容や勤務地などを限って雇い、その職種などがなくなれば、解雇というシステムだ。政府が来月まとめる「成長戦略」に盛り込まれる見通しだという。介護や子育てを抱える人たちには朗報と伝えられる半面、解雇規制の緩和につながるという反発もある。メーデーの会場などで探ってみた。 (小坂井文彦、佐藤圭)

 「安倍政権は限定正社員を制度化しようとしているが、これはクビ切り自由の政策にほかならない。まさに異次元の雇用破壊、生活破壊だ」

 一日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた全国労働組合連絡協議会(全労協)系のメーデー式典で、労働組合幹部の一人はこう訴えた。

 だが、会場では限定正社員という言葉にピンと来た人は少なかった。清掃員の男性(51)は「聞いたことがないねえ」。日本音楽著作権協会で働く男性(27)は「よく分からないが、地域限定という意味なら、人によってはありがたいのでは」。

 観客席の最上段にいた都職員の岡野賀一さん(42)は「報道で知った。雇用の選択肢が増え、人にやさしい社会になる気がした」と話したが、詳細を聞くと「三十代までならよいかも。でも、結婚して家族ができると、厳しい」と漏らした。

 演壇で非正規雇用の厳しさを訴えた東京メトロの販売店で働く後呂良子さん(59)も「非正規が限定正社員になるよりも、正社員の立場が脅かされそう。全員を正規雇用するべきでだまされちゃいけない」と語った。

 限定正社員とは働く仕事や地域が限定された正社員のことだ。「ジョブ型正社員」とも呼ばれる。欧米では一般的な雇用形態だ。

 日本では正社員といえば、職務や勤務に限定がない「無限定正社員」を指す。パートや契約社員など非正規雇用は、職務や勤務地が限定されている。その意味で、日本型正社員と非正規の中間的な存在ともいえる。

 厚生労働省が二〇一一年に実施した企業調査では、すでに約半数が採用していた。総務省の三月の労働力調査によれば、役員を除く雇用者五千百四十二万人のうち、非正規は36・7%に当たる千八百八十七万人。厚労省はこの間、非正規雇用から限定正社員への移行策を検討してきた。

 ここに来て注目されているのは、政府の産業競争力会議が解雇規制緩和策の一環として取り上げたため。日本型正社員の場合、事務所が閉鎖された場合でも企業側は別の事業所への配転が可能であれば、整理解雇しにくい。限定正社員であれば、契約を超えた配転ができず、整理解雇が正当化されるというわけだ。

 厚労省は先月二十三日の競争力会議で、限定正社員の導入促進を提唱した。同会議の民間議員はお金を支払うことを条件に解雇が法律上問題ないと定める「金銭解決ルール」の導入を求めていたが、今回は夏の参院選への影響を考慮して見送った。結果的に限定正社員が解雇規制緩和策の「目玉」となった形だ。

 このシステムについて、独立行政法人の労働政策研究・研修機構統括研究員、濱口(はまぐち)桂一郎氏は「新たに特殊な雇用形態を導入するわけではない」と強調する。
 「日本の労働法制も本来、ジョブ型を想定していたが、無限定という非常に特殊な形が定着してしまった。日本型正社員と、非正規に二極分化している現状は改善しなければならない」

 濱口氏は「日本型正社員では、不本意な転勤や長時間労働を受け入れざるを得ない。『なんでも屋』になって特定の技能も身に付きにくい。本当は無限定は嫌でも、非正規になりたくないとの理由で続けている人が多いのでは」とみる。

 一方で、「限定正社員の普及を解雇規制緩和として議論するのは間違いだ」とも指摘する。
 「限定正社員は仕事があり、それをきちんとこなしている限りは不当に解雇されない。逆に中小企業の日本型正社員では『気に入らないからクビ』が横行している」

 ちなみに先月施行された改正労働契約法では、パートや契約社員が同じ職場で五年を超えて働いた場合、本人が希望すれば、期間を限定しない無期雇用に変更される。これは「限定正社員」そのものともいえる。

 濱口氏は「仕事がなくなって解雇するのは企業側の都合だから、誰を解雇するかを企業側が勝手に決めてはいけない。そうさせないための手続きをしっかり定める必要がある」と付け加えた。

 ただ、労働現場からの反発は弱くない。東京管理職ユニオン(東京都豊島区)の安部誠副執行委員長は「雇用の原則は正社員。小泉政権が非正規を増やす政策を取った時、危機感を抱いた人は少なかった。限定正社員も同じでは」と危ぶむ。
 「東京本社から地方支社へ異動命令が出た。上司から『定年まで本社に戻れないが、給与の低い限定正社員になれば、本社に残れる』と打診されたらどうしますか」

 企業がある部門を閉鎖しても正社員なら配置転換で済むが、限定正社員は解雇される。企業が悪用すれば、正社員も段階的にこの制度で解雇されてしまうと懸念する。
 「社会全体の雇用が不安定になると思う。経済成長、成果、規制撤廃ばかりを言っていると、社会が壊れてしまう」

 NPO法人・派遣労働ネットワーク理事長の中野麻美弁護士は「働く全員をジョブ型正社員として雇用する制度であれば賛成だ」と言う。現在は正社員、派遣社員、アルバイトで同じ仕事をしても賃金が異なるケースが問題になっているが、完全なジョブ型になれば、この格差はなくなる。
 「だが、安倍政権の言う限定正社員制度は言葉のお遊び。産業界に都合のよいだけのものだ」

 企業によっては総合職や一般職といった形で既に制度が導入されているが、「客観的な職務評価はできていない。主に男女間の格差に利用されている。新たに男たちの中での格差に使われるかもしれない」と語る。
 非正規から限定正社員になっても、待遇は向上しないとみる。「労働者が小刻みに分断され、新たな格差が生まれる」

 労働団体はこの制度をどうみているのか。連合は「賃金の切り下げなど今までの正社員の労働条件の引き下げに悪用される可能性」「『解雇しやすい正社員』をつくり出し、新たな格差を生じさせる」と批判している。
 全国労働組合総連合(全労連)も「限定正社員の導入など労働・雇用破壊」と反対している。

<デスクメモ> 就職したのは一九八〇年代。当時、派遣労働は美辞麗句に包まれていた。だが、結果は見ての通り。それを思うと、限定正社員も終身雇用制に伴う「固定費」切りが本当の狙いでは、と警戒する。そもそも限定ができれば無限定も生まれる。無限定な労働は過労死一直線だろう。やはり、うさんくさい。 (牧)

2013年5月2日 東京新聞


「そもそも限定ができれば無限定も生まれる。無限定な労働は過労死一直線だろう。」てのは何の事やら分かりませんが多分新たな「二極分化」のことですね。それは「正社員」すなわち「無限定社員」と「限定社員」の分化です。記事の中には出て来ませんが、これはホワイトカラーエグゼンプションの導入を想定しているでしょう。運用の仕方にもよるんだと思いますが、そうなると「無限定社員」は「エグゼンプション」される可能性が高いものと思われます。つまり殺されるか、それとも生きていけないか、という「二極分化」です。

確かに濱口さんのおっしゃる通り「限定正社員の普及を解雇規制緩和として議論するのは間違い」なんでしょうが、間違いと気違いは江戸の華でして、実際には「解雇」の「緩和策」として発想されている事は否定できないでしょう。てゆーか「解雇規制」を「緩和」するのではなくて最初から「解雇」しやすい雇用形態を考案したわけです。最近はある意味「柔軟」な考え方の出来る、ある意味ズルい、裏口からコッソリ入る式の発想が出来るアタマの柔らかい人がいるもんで、憲法96条改定なんてのもその一つですが。

既に有期雇用を「限定社員」として無期雇用に切り替えるという、いわば「本来の趣旨」とは別に、「正社員」を「限定社員」に切り替えることで制度を「活用」しようという話が出て来ています。これは「正社員の労働条件の引き下げに悪用」というか、企業というのはそういうものです。当然そのようなことが起こると考えておくのは当然でしょう。そうさせないためには「正社員」「限定社員」「有期雇用」の間に存在する労働条件の不当な格差を解消する事が先決でなければなりません。

ただし、この「ジョブ型」かつ「無期契約」の雇用形態によって「社会全体の雇用が不安定になる」ことは確かでしょうが、だからといって「社会が壊れてしまう」とは限りません。社会は確かに「社」と「会」で出来ていますが、だからといって順序を変えた「会社」がすなわち「社会」なわけではありません。あまり雇用な不安定な「会社」はそのうち「壊れてしまう」こともあるようですが、「会社」の巻き添えを食って「社会」まで壊れる必要はないのです。

日本では社会保障などの「社会」の役割を「会社」にやらせていたわけですが、会社はもうそんなことはやりたくないそうです。てゆーかこれだと大企業と中小企業との格差があまりにヒドくて、中小企業なんかで働いていると老後の年金が少ないとか子女の教育機会が制限されるとか、それこそ末代まで祟るわけで、実際のところそんなに望ましい形ではなかったのです。

むしろ「雇用が不安定」であっても「社会が壊れ」ないようにすべきであって、倒産したりなんかは世の常ですから会社には勝手に壊れてもらうとして、会社との、多かれ少なかれ一時的な関係に過ぎない雇用形態に関わらず人が生きていけるように社会が責任を持たなければならないことが再確認されるべきです。これも先決問題ということになるでしょう。

先決問題が多くて困りますが、まあ今まで先送りして来た事ですから「雇用破壊」をやるつもりならクリアしなければならない宿題です。もっとも「人が生きていけるように社会が責任を持たなければならない」からといって「生活保護」なんてことを思い出されては間違いです。あんなものは「人として」生きぬ様死なぬ様に生存させるだけのものであって、「個人として尊重」しているわけではありません。自民党が長期にわたって作り上げて来た「社会」は改憲草案を先取りして実現していますが、「セーフティネット」の過激なまでの貧困はその大きな成果の一つです。自民党の「憲法改正草案」が現状の日本国憲法に向けて「改正」されない限り、その政策は常に破壊的なものでしかないでしょう。
posted by 珍風 at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月01日

飛んで火に入るイスタンプール

もう削除しちゃったというウワサですが

@inosenaoki
猪瀬直樹/inosenaoki

マドリードは欧州危機、イスタンプールはシリア内戦など不利な条件。カタールのドバイは秋期開催を主張して予選落ち。東京はきわめて有利な状況にあります。あとは支持率「どちらともいえない」30%という曖昧な態度、イエス・ノーを言わない阿吽の呼吸で国際社会は生き残れません。

2012-08-11 22:59:06


これがもう最初からダメです。何がダメといってイスタンブールの事を「イスタンプール」だと思ってたらしい。「東の水溜」とかそういう意味でしょうか。あそこはプールだったのか。まあ夏のオリンピックには相応しいのかも知れません。

まあ確かに一説によれば「Istanbul」の語源はギリシア語の「εἰς τὴν Πόλιν」なんだそうで、これは「イス・チン・ポリン」とか読むのかも知れませんが、「イスタンブール」の「ブ」は「チンポリン」の「ポ」だから「プ」でも良いのではないか。

というようなことを「トルコに行かれたことがある博識な」猪瀬さんがご存じないはずはないので、まあちょっと知ったかぶりをしてみませり、ということなのかも知れませんが、一般的な日本語表記は「ブ」ですし、「イスタンプール」という表記は猪瀬さんの他には使っている人がいない様ですから、無闇矢鱈と無用にペダンチックなのも考えものであります。

そういえば僕だって「トルコに行ったことがある」ので「博識」です。もっともそれはイスタンブールが「コンスタンティノープル」と呼ばれていた頃の話ですから勘弁して頂きたいもんですが、その僕の「博識」によれば、そこには確かに「水溜」は存在していましたし、潜望鏡などというものもあったように記憶しています。

この点について猪瀬さんと僕とどっちが「博識」なのか分かりませんが、何でも知っている猪瀬さんも2012年の8月頃は「IOCは倫理規定で他都市を批判したり、比較したりすることを禁じている」(共同通信)ことだけは知らなかったようで、誤解の余地もへったくれもない正真正銘掛け値なし堂々真っ正面からの「比較」っぷりであります。

もっとも、この点については日本の人は誰も猪瀬さんの無知を笑えません。僕なんかは自慢じゃありませんがトゥイッターは読み難いのであまり好きではないので猪瀬さんのそれをチェックしてもいないんですが、上記の猪瀬さんの「つぶやき」を読んだ人も多いことでしょう。それが問題にならなかったのは日本ではIOCの倫理規定などを知っているほどに「博識」な人は誰もいなかったわけです。

そんなわけで「トルコ」については「博識」な猪瀬さんはよせば良いのにアメリカに出掛けて行って、ちゃんとした通訳をつけてやっぱり同じような、いやもっとヒドいことをドヤ顔で喋って憚らなかったのも無理はありません。猪瀬さんは「国際社会」に出掛けて行ったのです。その「国際社会」は、「阿吽の呼吸」の通じないジャングルであり、「倫理」などの出る幕のない剥き出しの欲望が渦巻く修羅の巷なのです。猪瀬さんの頭の中では。

そんなわけですから「イスラム教国が共有するのはアラー(神)だけで、互いにけんかしており、階級がある」(共同通信)などと、かなり思い切った、しかも「博識」にも似合わない発言をしてしまうのも無理はありません。「国際社会」なんですからウソでも何でも言ってしまった方が勝ちです。のはずでした。

実際のところこの発言はかなり問題があって、キリスト教国では「けんか」がなかったわけではありませんし、「階級」に至ってはそれがないところなどどこにもありません。より正確に言えば、「イスラム教国」てゆーかイスラム教は比較的「階級」がない方なのです。

もちろんキリスト教国で資本主義のニューヨークタイムズにとってはそんな事は当たり前なんですが、猪瀬さんがあまりにもあんまりなことを言うのですっかり驚いてしまった様で、驚くべきことは記事に書いてしかるべきでありますからそりゃ書きますわな。猪瀬さんに取って不幸だったのは、日本を一歩出るとそこは「国際社会」でありまして、そこは猪瀬さんの頭の中とは違って「倫理規定」なんてものが厳然とあったりしたわけで、井の中の蛙が大海を空想しているのとはだいぶ違っていたということでした。

そこであわてて「私の真意が正しく伝わっていない。ほかの都市を批判する意図は全くなく、インタビューの文脈と異なる記事が出たことは非常に残念だ」と、はなはだ「残念」な言い訳をしてみたんですが、そうすると今度はその「真意」を説明しないといけないのでマズいということに気がついた様で、ちゃんと謝ることにしたようなんですが、よく読んでみると別段謝ってもいません。

猪瀬さんの所謂「謝罪」というのは、まあ要するに「終わりかけて、招致バッジをお配りしまして、最後立ち上がるところの雑談で」「質問にお返しするときに、誤解を招く不適切な表現が入ってしまった」ので「誤解して受け取られる部分があったとしたら、こちらの表現不足ですから、それはおわびしなければいけない」ということで、要するにみんなは「誤解」をしておるんだと、しかしそれは猪瀬さんの「表現」の問題で、そういう稚拙な「表現」については詫びると、まあそういう話です。

流石は猪瀬さん、ブレがありません。「誤解」によって「真意が正しく伝わっていない」のであって、しかも発言は「インタビューの文脈と異なる」「雑談のところ」でなされたものであって、そこんとこが「クローズアップされてしまったのは残念」だと、これはもう「謝罪」する前の「コメント」と全く同じことを言っているわけで、はっきり言って「謝罪」でも何でもありません。

ここでマズいと思ったのが世界一石油の安いサウジアラビアに「世界一安全な」核発電を売り込みに行こうとしていた世界一危険な男、戦車(タンク)でやって来るバカ殿こと安倍晋三さんでありまして、講演の中に「日本はイスラムの寛容の精神に多くを教わるだろう」(時事)なんていう一説を織り込んで急遽「寛容」を要請したものでした。何しろ売りにいくモノがモノで、何が「世界一」だか知りませんがとにかく「世界一」であることは間違いのない「日本の原発」なんですから事は極めてセンシティヴであったわけです。

そんなこともあってトルコの青年スポーツ相のクルチさんも、その「謝罪」だか何だかを受け入れて「寛容の精神」を示す事になりました。まあ、もともとトルコの人たちはこの件について恨みがましいことを言うどころか、まるでスポーツ中継を観ているかのように「東京都知事がこれだけトルコ人をいじめたら、イスタンブールのチャンスは大きい」「これで東京は負けるだろう」(共同)などとイスタンブールが招致競争に勝利する可能性が高くなった事を喜んでいるくらいですから、無能なプレーヤーを抱えた哀れな日本チームの可哀想なオウンゴールを批判する言われはありません。

国際オリンピック委員会も処分なしということですが、アチラのジェントルマン諸氏はサムライならここでハラキリをするはずだと思っているのかも知れませんし、どうせ東京を落とせば良いだけなんですからここで処分をしなくても良いんじゃないかと思っているのかも知れません。勿論、ここで猪瀬さんがお腹を召される、てゆーか東京が誘致を辞退するとは限らないわけですが、IOCのちょっと意地悪で愉快な紳士諸君なら、無知な東洋土人に、ワザと東京で開催させるという屈辱を与えるのもまた一興というものでしょう。
posted by 珍風 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月29日

屈辱だけが本物だ

沖縄は「屈辱の日」 「主権回復」政府が式典


 政府の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が二十八日、国会近くの憲政記念館で、天皇、皇后両陛下も出席して開かれた。サンフランシスコ講和条約の発効から六十一年の「祝典」になるはずだったが、安倍政権はこの日を日本から切り離された「屈辱の日」とする沖縄の反発を受けて方針を転換。一切の祝う要素をなくした。しかし、沖縄県宜野湾市では式典と同じ時間に、政府に抗議する一万人規模の集会があり、参加者らは怒りの声を上げた。

 政府の式典には安倍晋三首相や衆参両院議長、最高裁長官、各都道府県知事、副知事ら約三百九十人が出席。沖縄県の仲井真弘多(なかいまひろかず)知事は欠席し、代理として高良倉吉(たからくらよし)副知事が出席した。

 首相は式辞で、条約が発効した一九五二年四月二十八日を「主権を取り戻し、日本を日本人自身のものとした日」と位置付け「本日を大切な節目とし、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と述べた。

 首相は復帰が遅れた沖縄県、鹿児島県の奄美群島、東京都の小笠原諸島について「日本に主権が戻ってきたその日に、日本から切り離された」と述べた。特に沖縄に関し「沖縄の人々が耐え、忍ばざるを得なかった戦中、戦後のご苦労に通り一遍の言葉は意味をなさない。沖縄が経てきた辛苦に思いを寄せる努力をなすべきだと訴えようと思う」と配慮を示した。

 一方で、沖縄を七二年まで施政権下に置き、いまも多くの基地を沖縄に持つ米国に対しても、東日本大震災での米軍の支援活動「トモダチ作戦」を取り上げて「かつて戦った者同士が心の通い合う関係になった例は古来まれだ」と評価した。

 両議長と最高裁長官はあいさつしたが、天皇陛下のお言葉はなかった。

 主権回復に関する政府主催の式典は五二年五月以来。

◆首相「希望と決意新たに」

 沖縄県の市民団体などは二十八日、政府主催の「主権回復の日」式典に抗議する「4・28『屈辱の日』沖縄大会」を、同県宜野湾市の宜野湾海浜公園で開いた。主催者発表で、参加者は一万人を超えた。

 一九五二年四月二十八日のサンフランシスコ講和条約発効で日本は主権を回復したが、沖縄は米国の施政権下に置かれたことから、沖縄では「屈辱の日」と呼ばれる。実行委員会は喜納昌春(きなまさはる)県議会議長や大学教授、市民団体関係者らが共同代表を務め、会場は平和で豊かな沖縄を表現する大会シンボルカラーの緑色を身に着けた人の姿も目立った。

 喜納議長は「頭越しの国策が米国の言いなりにまかり通っている。沖縄県の基地問題の解決なくして、日本が主権国家と言えるはずがない」と訴えた。参加した稲嶺進名護市長は「条約発効から六十一年たった今日でも、沖縄を切り離す式典が行われ、許されることではない。歴史に学ばずして、これからの沖縄、日本のビジョンを立てられるはずがない」と非難した。

    ◇

 沖縄県女性団体連絡協議会の伊志嶺雅子会長はあいさつで、米軍占領下に広大な基地が造られたことが、現在も多発する米兵の事件、事故につながっていると指摘。「沖縄戦を体験し、その後の苦難を強いられた県民として政府式典に断固抗議しよう」と訴えた。

 大会では「式典開催は県民の心を踏みにじり、再び沖縄を切り捨てるものであり、到底許されない」とする決議も採択。参加者は、沖縄の置かれた差別的な状況に抗議する歌「沖縄に返せ」を三線(さんしん)に合わせ、互いに腕を組んで歌った。

 那覇市役所では午前九時すぎ、沖縄が日本から切り離された悲しみ、失望を表現する紺色の旗が掲げられた。翁長雄志(おながたけし)市長は大会に参加しなかったが、記者団に「意思表示をしないと若い人たちに歴史的な意味は伝わらない」と述べた。

2013年4月29日 東京新聞


「一切の祝う要素をなくした」というのがまず公約違反です。「沖縄の反発」がどーのこーのとゆーことですが、そんな事は予想されていなければマトモな政党とは言えません。自民党は「屈辱の日」を「祝う」ことを国民に約束していたのであって、自民党に投票した人はみな同じ気持ちです。沖縄を切り捨てて占領軍を押し付けようという国民の尊い気持ちを踏みにじる「式典」を許すべきではありません。また来年もやるつもりでしたら是非とも盛大な「祝典」として頂きたいものであります。天皇は黙っていたそうですが、次回は是非とも沖縄の連中には「死ね、お国のために」と優しいお言葉を賜りたいものでございます。

仕方がないのでバカ殿が「沖縄の人々が耐え、忍ばざるを得なかった戦中、戦後のご苦労に通り一遍の言葉は意味をなさない。沖縄が経てきた辛苦に思いを寄せる努力をなすべきだと訴えようと思う」などと「通り一遍の言葉」を喋ったそうで、これがまた「最大限の配慮」なんだそうですが、何を考えているのかよく分かりません。

いったい沖縄が「辛苦」を経ることが出来たのは誰のおかげだと思っているのでしょうか。それは全くもって天皇陛下の大御心に基づくものであるという話ですが、実際のところそれは「主権回復」の条件だったのであり、それなくしては「主権回復」は不可能であったと言っても過言ではないでしょう。要するに「主権回復」」とは沖縄を切り捨てる事だったのです。

この「最大限の配慮」は、それだけ取り出すとまるで台風か何かの話しをしているようにしか聞こえないわけですが、「辛苦」を押し付けたのが他ならぬ自分たちなもんですから全くの「他人事」です。「沖縄が経てきた辛苦に思いを寄せる努力をなすべき」なのは自民党なんじゃないかと思うのは普通の人の考え方で、自民党は誰か他の人にそうした「努力をなすべきだと訴え」るんだそうです。まあ「訴えようと思う」だけですから実際に訴えるのかどうかは分ったものではありません。

例えばあなたが自動車を運転していて誰かをはねとばしたとして、はねとばされた人に「あなたの辛苦に思いを寄せる努力をなすべきだと訴えようと思います」などと言ってしまったら、かなりマズいことになるでしょう。自民党の「配慮」というのはそのようなもので、確かに「通り一遍の言葉」ではありません。こんなことなら「通り一遍」のほうがマシだと思われる程度の、心のこもった美しい言葉であるといえるでしょう。とはいえ、これは「配慮」なんかじゃなくて「配虜」だったのかも知れません。難しい漢字ですから連中にちゃんと書けるはずはないんですが、「心」がこもっているのが「配慮」、「力」がこもっているのが「配虜」と覚えておくと良いでしょう。
posted by 珍風 at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

男の花道

暴力団射殺の2人に死刑執行 谷垣法相、2月以来2回目


 法務省は26日、宮城吉英死刑囚(56)と浜崎勝次死刑囚(64)=いずれも東京拘置所=の2人の死刑を執行したと発表した。第2次安倍政権発足後の今年2月21日、谷垣禎一法相のもとで3人に執行して以来、2回目。

 法相就任から2カ月で初執行した谷垣法相は、前回から2カ月で再び執行を命令。2カ月に1回の執行ペースが今後定着するかが注目される。これで未執行の確定死刑囚は134人となった。

 確定判決などによると、元暴力団員の宮城死刑囚と浜崎死刑囚らは平成17年4月、千葉県市原市内のファミリーレストランに乱入し、客として来店していた抗争相手の暴力団員2人を短銃で射殺した。一般客や店員らは無事だった。

 両死刑囚とも1、2審で死刑判決を受け、最高裁が宮城死刑囚については平成21年6月、浜崎死刑囚については23年12月、いずれも上告を棄却して死刑が確定していた。

 法務省によると、死刑確定から執行までの期間は、平成15年から今年までの10年間で平均約5年7カ月。両死刑囚の場合、平均以下の期間での執行だった。

 谷垣法相は会見で、両死刑囚を選んだ理由や執行間隔について「個別の執行をどういうふうにしたか、答えは差し控えたい。間隔に特段の理由はない」と述べ、「死刑制度の存置にはさまざまな議論があるが、必要なものとして、国民の皆さんの多くの認知を得ている。裁判所が結論を出し、改めて法相が執行の結論を出す。だから(死刑囚の記録を)1つ1つていねいに検討すると言うに尽きる」と話した。

2013年4月26日 マイクロソフトネットワーク産経ニュース


産經新聞だかマイクロソフトだか知りませんが彼等の見解によると「2カ月に1回の執行ペースが今後定着するかが注目される」んだそうですが、そんなことに「注目」しているのはこの広い地球上でマイクロソフトだけです。やりたきゃ毎日でもやるでしょう。あと134人しかいないそうですが足りなくなるのではないかなんて心配する必要はありません。死刑判決なんていくらでも出せます。

谷垣さんも「間隔に特段の理由はない」ということで、勝手な期待をしないように注意をしているところです。とはいうものの、マイクロソフトやなんかと同じような期待を、やや控えめに表明している新聞社もあるわけです。

2人の死刑を執行 谷垣法相就任後5人に


 法務省は26日、死刑囚2人の刑を執行したと発表した。2月21日に3人に執行して以来、約2カ月ぶり。執行されたのは千葉県内で暴力団組長を射殺した浜崎勝次死刑囚(64)=東京拘置所=と宮城吉英死刑囚(56)=東京拘置所。昨年12月の政権交代で自民党の谷垣禎一法相が就任してから2度目の執行となった。

 未執行の確定死刑囚は25日時点で136人。今回、2人に執行されたことで134人となったが、同省に統計が残る1949年以降、過去最多に近い水準が続いている。

 浜崎死刑囚は確定から約1年4カ月での執行。谷垣法相は執行後の記者会見で「暴力団特有の発想に基づき、被害者2人の貴い人命を奪った極めて凶悪かつ残忍な事案。慎重な検討を加えた上で死刑の執行を命令した」と述べた。

 確定判決などによると、浜崎死刑囚と宮城死刑囚は暴力団組長と組員の関係で、2005年4月、共謀の上、対立する暴力団組長2人を千葉県市原市のファミリーレストランで射殺。両死刑囚とも殺人罪などで一、二審とも有罪となり、上告したが、最高裁が浜崎死刑囚については11年に、宮城死刑囚については09年に上告を棄却し、死刑が確定した。

2013年4月26日 日本経済新聞


「未執行の確定死刑囚は」「過去最多に近い水準が続いている」のです。こんな事をわざわざ書く以上は、沢山残ってるから早く片付けろと言いたいワケですが、これは「2カ月にいっぺんくらいでどうか」という提案に比べて特に穏健な意見であるというわけでもありません。とはいうものの、この表現には「人員整理」などという卑近な感覚に近いものがあり、その辺は日経さんらしい発想であると言えない事もない様です。

この「リストラ」がどのように進行するのかは知りませんが、谷垣さんが言うとおり「間隔に特段の理由はない」にしても、執行日には「特段の理由」がないわけでもありません。確かにこの4月26日という日付は忘れられない、あるいは忘れてほしい記念日ではあります。実際、もしこれを正面から取り上げるとなると、例えばこのようにかなり説得力を欠いた書き方にならざるを得ません。

チェルノブイリ原発事故から27年 原発推進の中核地に


 【モスクワ=佐々木正明】史上最悪の原発事故となった旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発の爆発事故から26日で27年となった。放射能汚染が深刻なウクライナやベラルーシでは、各地で犠牲者の追悼式典が営まれた。ウクライナのアザロフ首相は「人類の歴史上、最大の悲劇だった」との声明を出した。一方で、原発推進政策を取るウクライナ政府は将来の「核燃料サイクル」をにらみ、チェルノブイリ原発周辺の地域一帯を新たな原子力政策の中核に据える計画を進めている。

 ウクライナ政府は24日、放射性廃棄物処分施設「ベクトル」について、来年末に正式操業に入ると発表した。廃炉作業が進むチェルノブイリ原発の敷地内で建設中の施設には、国内15基の原発などから出る中・低レベル放射性廃棄物が輸送され、除去処理などが行われる見通しだ。隣接地域には、使用済み核燃料棒を貯蔵する新施設も来年の完成を目指して建設中で、当局者は「最高の立地条件にある」と強調した。

 ウクライナはチェルノブイリ事故後も“脱原発”を図らず、ソ連崩壊がもたらした電力不足を穴埋めするため原発を積極的に推進してきた。総発電量に占める原子力の割合は近年、事故後の20%台から半分にまで伸びた。政府は30年までのエネルギー戦略でも、原子炉の稼働寿命を延長するなど原発を維持する政策を進めている。

 その上で障害となる使用済み燃料棒の処理については現在、年約2億ドル(約198億円)を支払い、ロシアに依頼している。ウクライナのヤヌコビッチ大統領は対露依存を下げるため、チェルノブイリにまず貯蔵施設を作ることを決定し、燃料棒約1万6500本の保管スペースを確保した。

 原発関連の新施設がチェルノブイリ原発の近くに建設されることについて、政権は「人々が住めなくなった土地の活用だ」と説明している。

 日本では福島第1原発事故以降、原発の再稼働や、青森県の再処理施設などが担う核燃料サイクル計画が停滞しており、ウクライナの動きが注目されそうだ。

2013年4月27日 マイクロソフトネットワーク産經ニュース


「核燃料サイクル」とか書いていますが実際にはゴミ捨て場を作るというだけの話しで、それに「人々が住めなくなった土地の活用だ」などという些かヤケクソ気味の「説明」がされているとはいえ、「石棺」をさらに覆う構築物を1000億円以上かけて建築中なんですからそんなデタラメでも書かないことにはやっていられません。

そんな日付だったもんですから、こんなヨタ記事を書き飛ばすか、誰かを吊るすか何かして誤魔化してしまうかするしかなかったわけですが、しかし、そんなことが人を2人も殺す唯一の理由であるわけでもない様です。実際のところこれは単なる殺害ではありません。死刑は常に権力の誇示であり威迫に他ならないからです。

この日が選ばれたのは、それが正に「血祭り」に相応しい日であるからでした。生け贄に選ばれたのは2人のヤクザです。言うまでもなく彼等は日本で唯一、公式に差別を受けている人々であり、おそらく多くの人々にとっては殺して構わない、心置きなくぶち殺せる対象であると考えられているはずなのです。

なるほどお祝い気分にはもってこいというわけですが、祝典の前に死刑を挙行する事もまた、そこで祝われる「回復」された「主権」には極めて相応しい事でもあります。国が誰を殺していいのか決められるというのが「主権」なのであり、4月28日体制は「本国」の為に日本が「主権」すなわち死刑制度を堅持する事を求めているのです。国民の皆様に「主権」の何たるかをよく理解して頂く、そのうえでその「回復」を祝おうというわけです。

したがって「国民の皆さんの多くの認知を得ている」かどうかは実際のところあまり関係ありません。世論調査の結果に関わらず制度は維持されて来ましたし、執行も続けられて来ました。ましてや「主権」が「回復」された、ということは「国民」にはどうする事も出来ない、という意味なのです。仮に日本で死刑制度が廃止されるとしたら、それはアメリカで死刑を廃止する最後の州としてでしかないでしょう。

しかし振り返ってみれば、この「主権」の為に多大な貢献を果たして来たのは他ならぬヤクザたちなのでした。それが今では彼等の首級が「主権」を祝うケーキの飾りとなったのです。これも浮き世の義理というものでしょうか、確かに無駄には死にはしなかった。靖国の英霊のように遺骨までしゃぶりつくされました。
posted by 珍風 at 03:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

風さゆるみ冬は過ぎて待ちに待ちし八重桜咲く春婦となりけり

なっちゃったんですな。

「主権回復の日」で議員懇談会 自民沖縄議員から配慮要請相次ぐ


 自民党は25日、党本部で衆参両院の全議員を対象にした懇談会を開き、4月28日に「主権回復の日」の政府式典を開催することについて意見交換した。昭和27年にサンフランシスコ講和条約が発効して日本が独立した際に沖縄県は米軍施政下に置かれていたため、同県選出議員からは「県民の思いに配慮してほしい」などの要望が相次いだ。

 式典開催を働きかけてきた野田毅税調会長は「あの戦争(第二次世界大戦)を日本人が改めて見つめ直し、なぜ主権を失ったか、被占領下でどんな政治が行われたか学習を深めよう」と式典の意義を強調した。

 これに対し、西銘恒三郎衆院議員(沖縄4区)は「沖縄にとっては頼りにしていた親から切り離された思いがある」と複雑な心境を吐露。国場幸之助衆院議員(同1区)は「かえって沖縄と本土の溝を大きくする懸念もある」と訴えた。

 石破茂幹事長は「沖縄県民が同じ思いで参加できるよう全身全霊で努力する」と述べた。

2013年4月25日 産經ニユウス


色々と誤解がある様ですが、まず「主権回復」というのは沖縄占領と引き換えだったわけですから、「頼りにしていた親から切り離された思いがある」のも当然と言えば当然です。ただし「親から切り離された」のではなくて「親が切り離した」んですが。人攫いにさらわれたのではなくて娘を女郎屋に売ったようなもんです。

過誤で行くのは沖縄じゃないか
私ゃ売られて行くわいな
天皇ご無事でまた自民党も
社会党も折々は
便り聞いたり聞かせたり
どんどん


という歌を喜納昌吉が歌っていなかったわけですが、まあしかし、赤い格子の向こうにいる西銘さんも国場さんも自民党の議員さんとして立派にお務めであります。彼等は「沖縄と本土の溝を大きく」しようとしていますが、なかなか上手くやっています。これではまるで沖縄県以外の東京都とか佐賀県とかは「主権」を「回復」したみたいに聞こえるわけです。

沖縄を通して、「日本」の「主権」が1951年当時はともかくとして現在では全く「回復」していることが強調されています。沖縄にとって「屈辱の日」であればそれだけ、それ以外にとっては「主権回復の日」であったことになります。これは巧妙な、というほど巧みでもなければ妙ちきりんでもあるわけですが、罠です。

とはいえ、これが「主権回復の日」ではない、というわけでもありません。それは単に立場の違いです。そもそも「主権」というと直ぐにあっちの島でどうとかこっちの島でどうとかシマの取り合いをするのはヤクザと同断ですが、そういった対外的な独立という意味で「主権」を問題にする限りでは沖縄だろうが北海道だろうが「主権」は「回復」していません。日本国はその上に従うべき権威を持っている事は明らかです。

しかしながら「主権」には他にも意味があるのであって、それは対内的に最高にして至上の権力であるという意味です。この意味に関する限り、つまりアメリカが確定した領域内に限っては対内的「主権」が「回復」した、てゆーかむしろ与えられたと言った方が合っている様であり、しかもそれは領域内に向かってアメリカの代理人として行為する権利でしかないんですが、まあとにかく、それを有することになった、と言えば言えるわけです。貰ったもんだろうが買ったもんだろうが奪ったもんだろうがとにかく持ってるんだから。

それが「主権」の名に値するかどうかはともかく、自民党ではそれを「主権」と呼んでいます。てゆーかそれを「主権」と呼ぶのが自民党の主要な機能であったりするわけで、いわば自民党は「日本」を任されていたわけで、その任命に基づく権利を「主権」と呼びたいということなんですが、それは「主」の「権利」を代理することでしかありません。それならその任命権者にこそ「主権」があるのではないかというような真面目な話は通用しません。

そこで4月28日は、そのような意味での「主権」すなわち「サンフランシスコ体制」が「発効」したということですから、その「主権」は以前あったものが「回復」したというよりは全く新たなものが授与されたというようなもんですが、ここで「回復」という言葉を使うのに二重の意味があります。

ひとつはもちろんこの「代理権」を「主権」と言い張るための方便であったことは間違いありません。そしてまた、この「回復」は文字通りの「回復」をも意味しており、その意味では極めて正直なものであるとも言えるわけです。この日に祝われるのは、アメリカの推奨と資金によって生まれた自民党が、その代理人としての地位すなわち対内的に「主」として行為する「権利」を「回復」した事に他なりません。

自民党に政権が「回復」することによって「サンフランシスコ体制」はその本来の姿に「回復」したわけです。なるほどこれは祝うべき事ではありましょう。もっとも、アメリカにとっては野田さんでも別に構わないようなもんなんですが、これは男のジェラシーっつーもんです。上位者の「オキニ」になることに血道を上げる男たちは大勢いるもんですが、自民党は結党以来そういう人たちが主流なのです。

この単なる一政党の政権奪還祝賀行事に天皇を担ぎ出すのはどうかと思う人もいる様ですが、売り飛ばした「親」なんだから当然じゃないか。それよりアメリカにすっかり取り入った民主党に対して剥き出しの大ウソで政権を奪い取った自民党の、男のジェラシーってコワいわねえ。でもって気に入られたい一心で何もかも売り飛ばす。自分以外は、というところがお軽ちゃんとは違って単なる軽いヤツだったりして。

過誤で行くのは日本じゃないか
私ゃ売られて行くわいな
国民の身売りは可哀想と
涙を流すにゃ当たらない
我と我が身を売る人が
他にも沢山いるじゃげな
選挙くせものこわいもの
posted by 珍風 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

我が輩はカモである。お金はもうない。ローンはある。

FBI、2年前に容疑者兄を聴取 監視から除外


 ボストン連続爆破テロの容疑者兄弟のうち、兄のタメルラン容疑者を米連邦捜査局(FBI)が2年前に事情聴取していたにもかかわらず、犯行を未然に防げなかった事実が問題として浮上してきた。

 当初、今回の事件について事前情報はなかったとしてきたFBIだが、19日夜になって同容疑者が過去に監視対象になっていた事実を認めた。

 FBIや複数の米メディアによると、タメルラン容疑者についてはロシア当局が2011年に「イスラム教の過激な信者であり、米国からロシアに帰国して、何らかのテロ活動に関与する可能性がある」と米国に通報。同容疑者の情報提供を要請した。

 だがFBIは複数回にわたる尋問後に「国内外のテロ組織と結びつく情報はなかった」と判断。同容疑者が12年にロシアから帰国した後も監視下に置かなかった。

 米下院国土安全保障委員会のマコウル委員長(共和党)はCNNテレビに対し、「タメルラン容疑者がFBIの監視から漏れていたことを大変懸念している」と表明。オバマ政権のテロ対策を批判した。

2013年4月21日 日経


まあそうは言っても一度疑ったらずっと監視してろというワケにもいきません。このような形で監視対象から除外された例がどのくらいの件数にのぼるのか、なにしろ秘密なんでよく分かりませんが、相当な量になるであろう事は容易に想像できます。それらについて監視を継続するということであれば、弱い監視を薄くだらだら続けるということになるんでしょうけど、まあ、それだとやんなくても同じです。あんな爆弾1日で作れる。

ところでFBIのお話では要するに、タメルランさんは「国内外のテロ組織と結びつく情報はなかった」ということです。本当かどうか知りませんが、そういうことになるようです。アメリカ当局がこの方針を堅持するとすると、これは新たな展開をもたらすものであるといえるでしょう。

現在進行中のアメリカの内戦としての「対テロ戦争」は戦線を大幅に拡大します。表面的には敵が「テロ組織」から個々の「イスラム教の過激な信者」までに広がる事になるわけですが、「過激な信者」と「過激でない信者」の区別はつきませんから「イスラム教徒」は全部対象です。そしてその周辺には「協力者」や「同調者」が想定されています。

今回の「事象」でどの程度戦線が広がるのか不明ですが、「共犯者」を登場させるかどうかが決め手になります。しかし、その「共犯者」を国内のどのような範疇からピックアップするにしても、最終的に行きつく先は同じです。すなわちアメリカ国内に住む全ての人々が相手です。今度ので一気にそこまで行くか、段階的に拡げていくためにあと何発か爆弾が必要なのか、それは現時点では分かりません。

もっとも、「ローン・ウルフ」の概念は以前から提出されているところでありますから、ボストンでの「事象」は対ローン・ウルフ戦争の幕開けを告げる、迷惑千万な号砲であったと言うことが出来るかも知れません。そうだとすると、アメリカ当局においてはその戦争を戦うための準備が出来ました、ということでしょう。当然、同盟国もこのユビキタスな戦場に招待されています。Are you ready?

近年、イスラム過激派組織は、インターネット等のメディアを効果的に活用して、ジハード思想を伝播するとともに、リクルート活動を進めています。このジハード思想等の影響を受け、各地のテロ組織等がテロを企図しています。さらに、テロと何の関わりもなかった個人がインターネット等を通じて過激化したローン・ウルフ(一匹おおかみ)によるテロの危険性が、各国で認識されています。
23 年中には、3月、ドイツにおいてフランクフルト国際空港における米兵射殺事件が発生したほか、11 月、米国においてニューヨークにおける爆弾テロ計画が発覚するなど、ローン・ウルフによるテロが発生しました。

国際テロ対策
警察庁 焦点第280号 平成23年回顧と展望


まあしかし、イキナリ99%を敵に回すというのもちょっとアレですから、もっと小分けにするんでしょうけど、「テロリスト」の口が文字通り塞がれている現在、そこら辺のさじ加減は完全に当局の手に握られています。それに小分けにした方が良いんですよ。今日はイスラム教徒があなたの敵です。しかし明日になればあなたは国家の敵です。だからといってイスラム教徒があなたの味方になるわけではありません。向かうところ敵ばかりです。
posted by 珍風 at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月18日

最低国家の最低法規

労働者派遣緩和へ「国際テスト」=業種・期間を検証−規制改革会議


 政府の規制改革会議(議長・岡素之住友商事相談役)は17日の会合で、労働者派遣制度や一般用医薬品(市販薬)のインターネット販売規制など14項目について、国際比較によって妥当性を検証する「国際先端テスト」の対象とすることを決めた。テストの結果、合理性が認められないと判断すれば、関係省庁に規制緩和を要請する。派遣規制の緩和をめぐっては与野党の賛否が分かれており、夏の参院選で争点になる可能性がある。


 労働者派遣の対象業種や派遣期間の拡大は、経営者側の要望が強い。一方、派遣労働者の多くが正社員として働くことを希望しており、不安定な就労形態には労働者保護の観点から問題も指摘されている。派遣規制の緩和について、自民党や日本維新の会、みんなの党が前向きなのに対し、民主、生活、共産、社民の各党は慎重あるいは反対の立場だ。

2013年4月17日 時事


「国際比較によって妥当性を検証する」なんて書いてあると漢字が九つもあって立派に見えますが、分かり易く言うと「みんながやってるから」という意味です。みんながやってるから「妥当」だなどと言うのは餓鬼が玩具をねだっているようなもんで、オトナの人が言うようなことではないんですが、歳ばっかり食った餓鬼がそこら辺をとっ散らかすのが日本語で言う「政治」だということになっております。

そんな餓鬼共が「合理性」などという難しい言葉を使っていても、どうせ意味が分かっていません。てゆーか餓鬼は周りの人が喋っているのをきいたりして言葉の意味を習得していくものですが、この餓鬼共は恵まれない環境に育っているんですから仕方がありません。極めて庶民的な、卑近な、と言うよりはむしろ下衆な意味でしか理解していないのは、この言葉に触れる機会がお母さんが台所用品なんかについて文句をぶっこいているような場面でしかなかったことを思わせます。

ごうり‐せい〔ガフリ‐〕【合理性】
1 道理にかなった性質。論理の法則にかなった性質。
2 むだなく能率的に行われるような物事の性質。「―に欠ける役割分担」

「デジタル大辞泉」


言葉の意味に松も竹も梅もないので、差別することは本意ではありません。上も下もありませんが、それでも1と2があるようですから、やっぱり第一義と第二義があるわけです。そこで混乱が生じるといけないので単に指摘するに留めますが、岡素之さんのごとき、殊に恵まれない環境に育った餓鬼にわかるのは「2」の方です。そんな餓鬼は何か便利なことを「合理性」と言って憚りません。彼等にとって「道理」だの「論理の法則」だのは生まれ育った環境からは想像もできないほど遠い世界の出来事なのですから理解しようもありません。

何とも哀れを誘う話ではありますが、記事の中で使われている「合理性」という言葉について誤解が生じるといけないもんですから書いてあげているのです。てゆーかそもそも「国際先端テスト」に「道理」などというものの介入する余地はありません。「合理性」というのは時事通信社の記者が何の断りもなく持ち出した言葉であります。そう考えると時事通信記者さんもお里が知れるというものです。

自民党によればそれは

企業の活動のしやすさを世界最先端にするための国際先端テスト(企業の活動を妨げる制度的障害を国際比較した上で撤廃する基準)を導入します。

「私たちには、日本を再生するシナリオがある。」自由民主党2012年
http://www.jimin.jp/policy/re/index.html


ということですから、すなわち様々な制度などについて「国際比較」を行い、日本のそれが最も「企業の活動」が「しやすく」それを「妨げない」ものにする、ということです。確かに「道理」の欠片もないわけですが、しかし「合理性1」を無視して「合理性2」によって下された判断が結果として「合理性2」を裏切ってしまうのも「合理性1」の故であります。

即ち様々な国家においてシステムの一部として存在する諸制度は、他の制度との相互的な関連において作用しているところ、それらをバラバラに検討の対象とすることに果たして意味があるのかどうか、ある部分はインドの、他の部分は北朝鮮の、またある部分はトンガの制度や規制をかき集めて来て組み合わせてみて上手く稼働するかどうかは定かではありません。

まあ餓鬼の考えることですから期待する方がおかしいんですが、しかし、ここにはこの不器用なブリコラージュを統合する理念のようなものが隠されているんですから油断は出来ません。それは政治目的に関する深遠な議論と関わってくる様ですが、要するに自民党はもう政治を国民のためにやるのは止めにした、ということです。今度から政治は国際的な企業の活動をしやすくするために行われます。

こう書くと、自民党は昔からそうだった、何を今更新し気に、なんて言われそうで、それはそれでごもっともではありますが、しかし、自民党だって、幾らかは国民に譲歩する形で現存の諸制度を作り上げて来たものです。彼等がヤリタイことをヤリタイようにヤレテ来たというわけでもないことは明らかです。そしてある意味、それは一国の政治の限界でもありました。

今ではTPPが強い味方です。「国際先端テスト」がTPPのためにある、というよりはTPPがグローバル企業とそのための諸国家政府の統一戦線となります。それはお互いに助け合い、さらに便利なことに敵を分断する手段でもあります。つまりある国と別の国の労働者・農民を対立させ、一つの国の中で労働者と農民を対立させ、労働者と労働者を対立させ、農民と農民を対立させ、奥様同士が公園で殺し合い、キッチン合理化の結果圧力鍋が爆発します。

「国際先端テスト」は自民党が今まで重ねて来た譲歩を「むだなく能率的」に、即ち一気に「トリモロス」ことになるでしょう。積年の大怨に流血の裁きを。ということはつまり、これは世界中から悪いものを集めて来るという事でもあります。そんな日本は世界中の屑を集めて作った押しも押されぬ最低国家となるわけですから、なるほど今の憲法じゃもったいないという気持ちも解らないわけではありません。何しろ憲法には

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。


などと言う余計な事が書いてありまして、国民の福利に反してグローバル企業に福利を享受させようとする「国際先端テスト」は、自民党とかのゴロツキ共がどっか隅の方でやるのであればともかく、政府がやるとすれば立派な憲法違反なのです。だからといって違憲にならないように「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」が憲法を「尊重し擁護」しないで改憲しようというのも憲法違反なんですからどうしようもありませんが、改憲しようという人に限って憲法を知らない、てゆーか改憲の理由が「よく知らねーから」ってんですからやっぱり餓鬼は幾つになってもどうしようもありません。
posted by 珍風 at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月17日

トランスパシフィック奴隷貿易

裁量労働制の職種拡大を提言へ 産業競争力会議


 【福山亜希】政府の産業競争力会議は18日、実際の労働時間に関係なく給料が支払われる「裁量労働制」の対象となる職種を広げることを提言する。裁量労働制を導入する時に必要な労使の手続きを簡単にすることもあわせて提言し、政府が6月にまとめる「成長戦略」に盛り込むことをめざす。

 成長戦略に入れば、厚生労働省が具体策の検討に入る。裁量労働制は、時間に縛られない働き方につながるため、仕事の能率が上がる効果が期待される。だがその半面、残業代がつかない長時間労働を助長しかねないとの指摘もあり、提言がどこまで具体化されるかは分からない。

 提言は、民間議員の長谷川閑史(やすちか)・武田薬品工業社長が中心になってまとめた。いまはデザイナーやコンサルタントなど専門的な仕事や、企業で企画・立案にかかわる人に限られている裁量労働制の対象を広げ、「自己管理型の業務」や「在宅勤務」などで労働時間が規制されない制度の導入を検討するべきだとしている。

2013年4月17日 朝日


あったかいなあ、と思っていたら、遂に朝っぱらから「明日のニュース」をおっ始めました。何もかも陽気のせいだと言うべきでしょう。剄断連が要求したから政府の政策になるんだ、という話もあるかも知れませんが、陽気のせいです。その証拠に福山さんの作文にも春が来ています。

「実際の労働時間に関係なく給料が支払われる」と書いてありますが、これは間違いで、「実際の労働時間に関係ない給料しか支払われない」のが「裁量労働制」です。のっけからこのザマですから福山さんの頭の中は春満開、てゆーかもう散っているのかも知れませんが、惨憺たる有様であることが予想されます。

「時間に縛られない働き方につながるため、仕事の能率が上がる」というのも正確ではありません。一定の業務を従来より短時間で遂行した場合は、「裁量労働制」においてはそれで人件費が減るわけではありませんので「能率」は上がりません。「仕事の能率が上がる」のは、遂行すべき業務量が多すぎて残業代が発生している場合だけであり、この場合は「裁量労働制」によって残業代が減ります。

したがって「残業代がつかない長時間労働を助長しかねない」のは「その半面」などではありません。むしろ「残業代がつかない長時間労働」をやらせるから「仕事の能率が上がる効果が期待される」のです。福山さんは春だからといってテキトーすぎますが、「裁量労働制」を野方図に拡大すれば「ホワイトカラー・エグゼンプション」と全く同様の効果が期待される「その半面」、既存の制度の手直しで済むので抵抗が少なくて済みますし、なにより字数が少ないという利点があるのです。

「裁量労働制」の拡大によって「期待」される「効果」は、一つには既に発生している残業代の削減です。しかしこれは比較的まともな企業の話で、二つ目の効果はサービス残業の合法化、てゆーか訴訟リスクの軽減ですあって、これは「解雇」とも関係して来ます。

というのも雇用の「実態」では、気軽な解雇が平気で行われているわけですが「その半面」、紛争もわりと気軽に発生しています。このとき残業代を請求される事があるわけで、労働審判くらいで済ませてしまえばテキトーなところで和解も可能ですが、企業が飼っている弁護士が馬鹿で悪質だと和解できなくて訴訟に至ったりします。

賢明な労働者諸君は労働審判では本来支払われなければならない賃金の半分くらいで「和解」を勧められる事を認識しましょう。アレはお奨めできません。というわけでイキナリ訴訟を起こされることもあるわけで、企業の認識としては残業代を請求されることが多くなっており、今後益々増えるであろう事が予想されています。

すでにサービス残業を活用しておられる企業様では、残業代の削減はマキシマムに達成されておられますが、訴訟を起こされて、お金と時間を費やし、付加金まで取られる、というリスクが常に存在します。そのリスクは年々増大しているのであり、何らかの対策が必要とされています。働かせた分の賃金はちゃんと払う?とんでもない!政府は何のためにあるんだ。

中小企業の経営者の皆さんは浅はかな考えで「裁量労働制」の拡大を歓迎するでしょう。しかしここで日本の政府が何のためにあるのかよく考えてみるのも頭の体操です。労働者共はどうせ奴隷ですから、御主人様がどこの国の人でも同じ事です。あなたも企業経営に頭を痛めるよりも奴隷になった方が気がお楽になるのではないでしょうか。そんなのはイヤだと言っても、もう遅い。政府がお手伝いします。
posted by 珍風 at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

30歳以下の女性にミニスカノーパン義務づけへ 年齢基準を巡って異論も

労働法制、実態に即して見直しを 労働基準法などで経団連が提言


 経団連は15日、現行の労働基準法は明治時代の工場法を下敷きにしており実態に即していない、として労働時間や勤務地などの規定を柔軟に見直すことを求める提言を発表した。

 とくに一日働いた労働時間を実際にカウントするのではなく一定時間働いたことにできる“みなし労働時間”を規定した「企画業務型裁量労働制」は対象業務や労働者の範囲が狭く企業にとって導入メリットが低いと指摘。対象業務は労使の話し合いに委ね、労働者の範囲も現行法の「常態」ではなく「主として」に改めるべきとした。

 経団連は毎年1月に春闘の指針となる「経営労働政策委員会報告」で労働時間や労働条件に関する基本的な考え方を示しているが、提言の形で発表したのは2005年以来。「よりわかりやすい形で発信することが大事」(労働法制本部)としている。

2013年4月15日 産經新聞


「実態に即」することがそんなにエラいのかよく分かりませんが、要するに「実態」が違法なので、違法にならないように法律の方を変えろという、身の程知らずの生意気な「提言」です。例えば「企画業務型裁量労働制」が「企業にとって導入メリットが低い」からほとんど無限にまで拡大しろという、労働者にとって導入メリットが低い話ですが、新聞によってポイントが違っているようで

職務・地域限定社員の雇用にルールを 経団連提言


 経団連は15日、労働法制改革の提言を公表し、職務・地域を限定した社員の雇用や解雇のルールを法定化するよう求めた。特定の勤務地や職種が消滅した場合に労働契約が終了することを就業規則などで定めた場合には、その通りに契約を解除しても、解雇権の乱用に当たらないことを法律で示すよう主張している。

 今月から施行された改正労働契約法では、同じ職場で5年を超えて働く契約社員やパートが希望した場合、無期雇用への転換が義務付けられる。提言では「勤務地や職種を限定した無期契約が増えると予想される」と指摘。ルールの法定化により「職務・地域を限定した労働契約を採り入れる企業が増え、有期契約よりも安定した働き方が広がる」と強調した。

 このほか提言では、実際の労働時間ではなく、労使で事前に決めた時間働いたとみなす「裁量労働制」の職種のうち、企画業務型の対象を広げるよう要請。効果を見極めたうえで、事務職など一部社員を労働時間規制から外す「ホワイトカラー・エグゼンプション」の検討を進めることも求めた。

2013年4月15日 日經新聞


日本経済新聞では「悲願」の「ホワイトカラー・エグゼンプション」です。いずれにしてもいかに安く長時間こき使うかというのは企業の基本的なスタンスですから、それを正直に言っているだけなんでその点は特に問題がない、てゆーかこれは犬が人を咬みたいと言っているようなもんですから報道する価値がありません。

雇用の安定を図った労働契約法の改正への逆襲は「限定社員」です。「有期契約よりも安定した働き方」だとか言っている様ですが、「正社員」より不安定な働かせ方を模索した結果です。いわば抜け道なんですが

「雇用責任の緩和明示を」 地域限定労働者で経団連提言


 経団連は15日、労働法制の見直しを求める提言を発表した。勤務地や職種を限定した労働者に対して企業が負う雇用保障の責任が、一般の正社員より緩やかであることを法律に明示するよう主張。解雇規制では、労使紛争が起きた場合に限って金銭で解決できるルールの検討も求めた。

 労働規制の緩和策は政府の産業競争力会議などで浮上しているが、政府や与野党には異論もある。提言には、経済界の要望をあらためて訴える狙いがある。

 エリアなどを限った勤務形態は、地域の工場やスーパーで働く従業員らが想定される。経団連はあらかじめ労働契約などで定めておけば、工場閉鎖などの際も解雇せずに配置転換などの努力をする企業側の責任が「必ずしも正社員と同列に扱われないことを法定すべきだ」と指摘した。

 解雇の金銭解決に関する検討要望は、従業員が起こした訴訟で無効判決が出た際の「事後ルール」。金銭を支払って解雇できるよう事前に定めることは困難だと指摘した。

2013年4月15日 中国新聞


無責任雇用なんだそうです。おまけにこれは大企業にしかメリットがありません。中小企業では一ヶ所の「地域の工場やスーパー」が一企業の事業所の全部だったりしますから、「限定社員」てのは大企業の労働者にしか適用できないのです。

もっとも、これの真のメリットは微妙なところにありまして、方々に店舗とかを開いていてそこそこの規模があるけど労組なんかない、というような企業さんには使えそうです。そういう会社ではどっかの店で労組を作られることがありますが、そういう場合に店舗ごと潰してしまいます。

どれをとっても確かに「実態に即して」おりまして、実際のところ多くの企業さんでは「サービス残業」を活用されていたり、解雇権を乱用されていたり、労組なんかどんどんぶっ潰したりしているわけで、「従業員が起こした訴訟で無効判決が出た」りなんかしている場合も概ね「金銭解決」をしているようです。

もっとも、「無効」な行為について「金銭解決」をあらかじめ書き込んでおく、というのもオカシナ気がします。「金銭を支払って解雇できるよう事前に定めること」の方が合理的であると思われますが、剄断連さんは「無効」な解雇の全てが「訴訟」に至るわけではないことを計算しているはずです。「訴訟」に至った案件において「金銭解決」が行われたとしても、不当解雇1件あたりにすれば安いもんだ。

という程度には解雇の「実態」が「緩和」されているということが理解されるわけですが、剄断連に労働法制に口を挟ませるなんていうのは泥棒に縄を綯わせる、てゆーか痴漢に女子の服装を決めさせるようなもんで、30歳以下はミニスカノーパン義務づけ、なんていうとそれでは年齢が高過ぎるとか低過ぎるとか不潔じゃないかとか議論百出なんですが、無責任である点においては一緒です。
posted by 珍風 at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。