2013年03月18日

前略、道の上より

細野豪志氏「愛国心は家族愛、郷土愛から育まれる」


 民主党の細野豪志幹事長(41)が、新綱領を題材に民主党の目指す方向性について日本記者クラブで会見を行ったことを、Facebookで報告している。

 

「この手の話になると、私の場合、どうしても力が入ります」と綴る細野氏は公立学校の運営に地域住民が積極的に関わってもらう学校運営協議会を置くコミュニティ・スクールが民主党政権で、475校から1183校に、学校に関わるボランティアが647万人と20倍に増えたことを説明。「多くの人が学校に関わることで、子供たちは多様な経験ができ、学校、地域にも愛着を持つようになります」と書いた。



 さらに、細野氏は「郷土愛なき愛国心は危険です」と続ける。「国を愛する心は、家族、学校、地域社会などを愛する中で、涵養(かんよう・編集部註)されるべきものです。それらが折り重なり、強くてしなやかな社会ができてはじめて、国は強くなります」とコミュニティ・スクールの意義を説明し「これが、我々の綱領であり、民主党の理念です」とコメントしている。



 この理念にFacebookユーザーからは「郷土愛素晴らしいです」など賞賛する声が寄せられている一方で、「民主党の方から『郷土愛』のお話を聞くとは思いませんでした。郷土への愛、日本への愛をまったく感じなかったのは私だけでしょうか」「家族を愛してるならなんで浮気するんですか?」などの厳しい声も寄せられている。

2013年3月15日 夕刊アメーバニュース


その手の話になると、どうしても力が入ってしまう人がいる、てゆーか未だに「モナ男」などと呼ばれてしまっているのが幹事長としては情けない。実際、あの「不倫スキャンダル」さえなければ、細野さんは確かに若くして有能であるのかも知れませんが、かなり退屈な人物でしかありません。

例えば「国を愛する心は、家族、学校、地域社会などを愛する中で、涵養されるべきものです。」などという発言は、特に何が面白いというものでもありません。当たり前のことを言っている、のかどうか知りませんが、方々でよく聞く様な、ありがちな話でしかありません。実際、記事の中で紹介されているこの発言に対する反応では、この発言の趣旨自体に反対するものはないようです。

そこでやっぱり「モナ」の登場です。細野さんはツマラナイので幾分かの「モナ」が必要です。そういえば彼は「モナ男」だったのです。あんな奴でも「モナ男」なんですから、そこは認めないわけにはいきません。何かにつけて「モナ」を引き合いに出すことが大切です。

実際のところ「愛国心」を特に重視する人が皆「浮気」をしないというわけでもないでしょうし、「浮気」をする人が「家族」を愛していないとも限らないんでしょうが、細野さんが「モナ男」である限りにおいて「家族を愛してるならなんで浮気するんですか?」というツッコミが細野さんを盛り上げることになるでしょう。

このツッコミは「モナ男」というキャラクターに引きずられて出てくるものなんですが、しかし、ツッコミはツッコミとして楽しんでおくに越したことはありません。このツッコミは「家族愛」=「婚外関係の排除」という前提に立っています。この前提が正しいのかどうかはともかく、何らかの社会関係への「愛」が外部への「排除」によって保証されるという構造が「愛国心」まで広がってしまうのだとすれば、「良い韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」というのが「愛国心」でも構わないことになります。

この構造では「浮気」をしないことが「家族愛」の証明になるように、外国人排斥が「愛国心」の表明となります。そういうわけで「郷土愛」があってもなくても「愛国心は危険」になりうるので、あまり人前で振り回さない方が良いわけですが、路上でチューするよりも街頭で無差別殺人をする方に馴染みがある人も少なくないもんですから仕方がありません。路チューと違って相手の同意を取り付ける手間が要らないところが取り柄です。
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2013年03月14日

あまりにいも低レベルな包括的クソまみれ

TPP 米、車・保険で譲歩要求


 民主党の前原誠司衆院議員は十一日の衆院予算委員会で、環太平洋連携協定(TPP)の事前協議で、米側が自動車の安全審査の除外やかんぽ生命の学資保険の内容変更などを交渉参加入りの条件として民主党政権当時の日本政府に要求していたと明らかにした。安倍晋三首相は近く交渉参加表明する意向だが、米側は安倍政権にも同様の要求をしている可能性が高い。

 前原氏は、米政府が野田政権当時の日本政府に、TPPの事前協議で(1)米国が輸入乗用車に2・5%、トラックに25%を課している関税撤廃に猶予期間を設ける(2)米国の安全基準を満たした車は日本の安全審査なしとする輸入枠を米韓自由貿易協定(FTA)と同様に設ける(3)かんぽ生命の学資保険の内容変更−を要求したと説明した。

 前原氏は、これらの要求について「米政府が、これらを武装解除しなければ(日本がTPP交渉に参加するために必要な)米議会への通告をしない、と言っていた」と指摘。「われわれは、あまりに日本に不公平だったので妥協しなかった。安倍政権は妥協して交渉参加表明することはないですね」と譲歩しないよう迫った。

 首相は「交渉していることをいちいち外に出していたら交渉にならない」と明確には答えず、「守るべき国益は守っていきたい」と述べるにとどめた。

 首相は、事前交渉の内容について「(当時の政府関係者として)守秘義務がかかっているはずだ」と前原氏をけん制したが、前原氏は「本当に国益にかなうか、(首相が)見切り発車をしないために言った」と反論した。

 前原氏は野田政権で民主党政調会長を務め、昨年十月から衆院解散までの三カ月間は、TPP交渉問題を担当する国家戦略担当相だった。

 衆院予算委では民主党の玉木雄一郎氏が、首相がオバマ米大統領との日米首脳会談で確認した日米共同声明で自動車や保険部門が懸念事項として明示されたことを追及。「譲歩を具体的に行わなければ交渉参加できないのではないかと言われているが、門前払いを約束したものになっていないか」と指摘した。

2013年3月12日 東京新聞


2月23日の共同声明で、「最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認」していたわけです。これは別に「聖域」を設定したものではなく、「聖域」でも何でもとにかく「交渉」に乗せる、と書いてあるだけです。これはお腹の具合に配慮された水飲み会から帰って来て5日後にちゃんと認めました。

TPP、聖域守れる―首相
全品目が交渉対象


 安倍晋三首相は28日の衆院予算委員会で、環太平洋連携協定(TPP)に関し、全ての品目が関税撤廃交渉の対象になるとした上で、「(農産品など)聖域を守れないということではない」と述べ、交渉を通じて例外品目を確保することが可能だとの認識を強調した。

 交渉入り前の例外品目確保については「入り口で(特定品目を)除外するという担保はない」と認めたが、「交渉していくわけだから、テーブルからおろすことができるとはっきりした」と力説した。

2013年2月28日 共同


23日の共同声明に関するゴマカシ方を見れば、「テーブルからおろす」ための「交渉」についてあまり希望が持てないことは明らかなんですが、まあなんとか「聖域を守れない」「ということではない」などと、いささか気弱に「力説」してその場をまたもやゴマカシてしまいました。実際のところ、これは自信満々ということではないようです。てゆーかかなり苦しい。お腹が痛くなりそうです。しかしそこを根性で乗り切るってんですが。

ウソをついて誤魔化すことを「根性」とは言わない様です。もっとも、ウソにも少しはホントのことを混ぜないと後で困るんで、3月6日には公的医療制度について「これまで得られた情報では、TPP交渉で議論の対象となっていない」と言ったいうことですが、それは「これまで得られた情報では」の話ですから、奴さんのことだからお腹が痛くてお話を良く聞いていなかった時のことも「これまで得られた情報」から除外されるという独特の「腹芸」があったりして。

食品安全基準に関しては「国際基準や科学的知見を踏まえ、適切に対応していく」と述べるに留まっていますから、悲しいことに「これまで得られた情報」でも「議論の対象となって」いることが分かります。「国際基準」とか言ってますが、「国際」とはアメリカのことですから、これに関してはアメリカの言いなり確定です。

で、その翌日にバレちゃう。

TPP参加に極秘条件 後発国、再交渉できず


 環太平洋連携協定(TPP)への交渉参加問題で、二〇一一年十一月に後れて交渉参加を表明したカナダとメキシコが、米国など既に交渉を始めていた九カ国から「交渉を打ち切る権利は九カ国のみにある」「既に現在の参加国間で合意した条文は原則として受け入れ、再交渉は要求できない」などと、極めて不利な追加条件を承諾した上で参加を認められていた。複数の外交関係筋への取材で七日分かった。

 各国は今年中の交渉妥結を目指しており、日本が後れて参加した場合もカナダなどと同様に交渉権を著しく制限されるのは必至だ。

 関係筋によると、カナダ、メキシコ両政府は交渉条件をのんだ念書(レター)を極秘扱いしている。交渉全体を遅らせないために、後から参加する国には不利な条件を要求する内容だ。後から入る国は参加表明した後に、先発の国とレターを取り交わす。

 カナダなどは交渉終結権を手放したことによって、新たなルールづくりの協議で先発九カ国が交渉をまとめようとした際に、拒否権を持てなくなる。

 交渉参加に前向きな安倍晋三首相は、「『聖域なき関税撤廃』が前提ではないことが明確になった」と繰り返しているが、政府はカナダとメキシコが突きつけられた厳しい条件を明らかにしていない。日本がこうした条件をのんで参加した場合、「聖域」の確保が保証されない懸念が生じる。

 カナダ、メキシコも一部の農産品を関税で守りたい立場で、日本と置かれた状況は似ている。国内農家の反対を押し切り、対等な交渉権を手放してまでTPPの交渉参加に踏み切ったのは、貿易相手国として魅力的な日本の参加とアジア市場の開拓を見据えているからとみられる。

 先にTPPに参加した米国など九カ国は交渉を期限どおり有利に進めるため、カナダなど後発の参加国を「最恵国待遇」が受けられない、不利な立場の扱いにしたとみられる。

 <TPP交渉参加国> 2006年、「P4」と呼ばれたシンガポールとニュージーランド、チリ、ブルネイによる4カ国の経済連携協定(EPA)が発効。これに米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが10年に加わり、9カ国に拡大した。その後、カナダとメキシコも参加を表明し、12年10月の協議から11カ国で交渉している。

2013年3月7日 東京新聞


「聖域」どころか、なんと「交渉」そのものが、ない。そつぁ驚いた。これってヤバくね?その翌日、腹部を狙ったブローが続け様に打ち込まれます。

極秘条件 6月には把握 TPP 政府公表せず


 環太平洋連携協定(TPP)交渉参加をめぐり、先に交渉を始めた米国など九カ国が遅れて交渉参加したカナダとメキシコに交渉権を著しく制限した条件を課した事実に関し、民主党政権時代に日本政府が把握しながら公表しなかったことが新たに分かった。安倍晋三首相は、近く日本の交渉参加を正式表明する方針だが、国民生活に重大な影響が及ぶ可能性が高いTPP問題で、現政権が説明責任を求められるのは確実だ。 

 一連の事実は、複数の日本政府関係者や外交関係筋への取材で明らかになった。

 TPPをめぐっては、九カ国は二〇一〇年までに交渉入り。九カ国は、一一年十一月に参加の意向を表明したカナダとメキシコ両国に対し、すでに合意した条文は後発の参加国は原則として受け入れ、交渉を打ち切る終結権もなく、再協議も要求できないなどの不利な条件を提示。両国は受け入れ、念書(レター)も交わしたが、極秘扱いにしている。

 当時の野田政権は、この事実をカナダとメキシコの参加意向表明後に把握。著しく不利なため、両国政府に水面下で「こんな条件を受け入れるのか」と問い合わせたが、両国は受け入れを決めた。両国の交渉参加が決まったのは昨年六月、実際の参加は同十月で、野田政権は昨年六月までには念書の存在を把握していた。

 野田政権は両国の参加国入り後も、新たな後発国が九カ国の決めたルールを守る義務があるのかを探った。両国と同様、後発国は再協議できないとの情報を得たが、事実関係を詰める前に十二月の衆院選で下野した。

 先発組と後発組を分けるルールの有無に関し、安倍首相は七日の衆院予算委員会で「判然としない部分もある。参加表明していないから十分に情報が取れていない」と否定しなかった。

 菅義偉官房長官は記者会見で「わが国としてメキシコ、カナダのTPP交渉国とのやりとりの内容は掌握していない」と述べたが、政府関係者は本紙の取材に「九カ国が合意したものは再協議できないとの話は聞いたことがある」と認めた。

 カナダとメキシコの事例では、秘密の念書は交渉参加の正式表明後に届く。安倍首相はオバマ米大統領との会談を受け「聖域なき関税撤廃が前提ではないことが明確になった」と強調しているが、野田政権の政務三役経験者は「カナダとメキシコが条件をのんだことで、日本も約束させられる危険性がある」と指摘する。

 オバマ氏は先月の一般教書演説で、TPP交渉妥結を目指す考えを明言し、米政府は年内決着を目標に掲げた。九カ国が交渉終結権を握れば、年内という限られた期間に、日本はなし崩しに農業など各分野で譲歩を迫られる可能性もある。

2013年3月8日 東京新聞


要するに「交渉」の余地がないことを知っていたのに、「交渉」でなんとかなるような話をしてゴマカシていたわけですが、まあ腹痛のため意識が朦朧として認識していなかったんでしょう、多分。そうでなければ単なる嘘つきです。病人でなければ虚言癖。どっちも病人か。これが内閣総理大臣だか危ない核装備廃人なんですから日本よい国、一度はおいで二度と来るなよ三度目の正直で2012年6月の「三条件」をゲロッパ、こうなっては讀賣新聞でも書かないわけにはいきません。

TPP交渉参加、「後発組」に出された3条件


 岸田外相は8日の衆院予算委員会で、環太平洋経済連携協定(TPP)に関し、新たに交渉に参加する国に、

〈1〉合意済みの部分をそのまま受け入れ、議論を蒸し返さない

〈2〉交渉の進展を遅らせない

〈3〉包括的で高いレベルの貿易自由化を約束する


――といった条件が出されていることを明らかにした。

 3条件を出したのは、交渉を先行して進めていた米国など9か国。岸田氏は、こうした条件が出されていることを昨年3月に日本政府が把握していたと明かした。新たに交渉参加したカナダやメキシコが受け入れたかどうかについては、「コメントする立場にない」とした。

 これに関連し、安倍首相は、「交渉力も情報収集も強化し、国益を守るために全力を尽くし、結果を出す」と述べ、関税撤廃の例外品目が認められるよう努める考えを示した。菅官房長官は、TPP参加による日本経済への影響試算について、「首相の判断材料になるような時期に出したい」と語った。

2013年3月9日 讀賣新聞


これについては流石の野田さんも「こんな条件を受け入れるのか」とカナダやメキシコに聞いたそうです。この事実が腹具合に影響を与えたかどうか、その辺を明らかにすることは「今後の情報収集に大きな影響がある」し「守秘義務がかかっている」ので腹に収めておく、なんて言ったわけですが、もともと腹に一物の先生、更にイチモツが加わってしまっては耐え得るべくもありません。あな恥ずかしや公開下痢便脱糞の図。ううくさいくさい どんな野田ブタでもこんなくさくてきたいないくそはたれぬものだ

TPP条件 政権移行直後に把握


 安倍晋三首相は八日の衆院予算委員会で、環太平洋連携協定(TPP)交渉参加に関して日本政府が把握していた情報について、昨年末の政権移行直後に関係省庁から報告を受けたことを明らかにした。その中にはカナダ、メキシコ両国がすでに交渉を始めていた米国など九カ国から不利な条件の受け入れを求められていた問題も含まれていた。 

 首相は「私からTPPについて、事前の交渉の状況について説明してもらいたいと指示して説明を受けた。就任からそんなに時間がたっていなかった」と述べた。報告は関係省庁から聞き、野田佳彦前首相や政府高官からは直接受けなかったという。

 野田前政権当時の日本政府は、後から交渉に参加した国はすでに合意した条文は受け入れ、再協議も要求できないなど不利な条件が課せられたとの情報を得ていた。安倍首相は近く、TPP交渉参加表明をする方針だが、引き継いだ情報をこれまで公表していなかったことになる。また岸田文雄外相は予算委で、交渉に後から参加を希望する国には(1)包括的で高いレベルの貿易自由化を約束する(2)交渉進展を遅らせない−との要求があることを明らかにした。

2013年3月9日 東京新聞


ぶびいい

またかきたない恥を知れ恥を ううっくさいったらありゃしないこの世でだれがこんなきたないクソをたれる うんこの出具合を見守っていた前原さんがタイミングを見計らって更に下剤を投入したのが冒頭のアレですが、なんとアメリカの「聖域」を守る一方で自動車の安全基準を解除し、保険の内容まで向こうさんの都合良く変更することを「あらかじめ約束することを求められ」ていたってぇんですから話は穏やかではありません。あの共同声明とかナントカ言う奴はウソだったんてぇんですかい。てぇんです。

まあ、当時の担当者が今頃になって何を言い出すのか、「守秘義務がかかっているはず」じゃないか、てぇんですが、これが「政権交代」です。これがあるから民主主義はやめられねぇ、というわけですが、どうなんでしょ。条件があまりにもちょっとアレなんでモタモタしていた野田さんがクビになっただけなのかも知れませんし、次々に噴出するウンコもクソも、お腹がすっきりしただけでした。腸内すっきり党内あっさり。

自民反対派、あっさり了承 TPP交渉


 自民党は十三日の環太平洋連携協定(TPP)対策委員会で、安倍晋三首相(党総裁)の交渉参加方針を受け入れた。コメが日米の事前協議で議題にならないことが判明。日本が関税を撤廃せずに聖域として残したい項目がどこまで守られるのか不安が高まる中、自民党はあっさりと交渉入りを受け入れた。 (清水俊介)

 自民党は、首相が先月下旬の日米首脳会談後に「聖域なき関税撤廃が交渉参加の前提条件ではないことを確認した」と表明したのを受けて、党執行部が交渉参加の判断を首相に一任。事実上、参加を容認していた。

 TPP反対派は、交渉参加自体は「政府の専権事項」であるためやむを得ないと判断。分野ごとに具体的な要求を政府に突きつけることで妥協した。

 首相は高い支持率を維持している。現状では、反対派も表立っては反対しづらい。夏の参院選を前に、党内ががたついている印象を与えるのは得策ではないとの判断もはたらいた。

 十三日の会合で、議員が発言したのは一時間程度。首相を激励したり注文を付ける議員はいたものの、徹底抗戦を主張する議員はなく、最後は交渉参加を容認する決議が約百五十人の出席者の拍手で了承された。

 執行部が当初提示した決議案は「脱退も辞さない覚悟で交渉に当たるべきだ」との文言だったが、「脱退も辞さないものとする」と表現を強めることで納得してしまった。修正されたのは二カ所だけだった。

 反対派議連会長の森山裕氏は会合後、記者団に「(首相が)熟慮して判断するなら、尊重しないといけない」と述べた。

 しかし、カナダ、メキシコ両国が昨年交渉参加した際、既に参加していた米国など九カ国から不利な条件の受け入れを求められたことや、米側が日本との事前協議で自動車や保険に関して「あまりに不公平」(民主党の前原誠司衆院議員)な要求をしていたことが明らかになった。日米政府間の事前協議で、コメなどの農産品の関税維持はこれまで議題にせず、今後も議題として取り上げないことも分かった。

 TPP参加が国民生活に大きな影響を与えないのか、分からないままだ。首相は決議にあるように、十分な情報を国民に提示し、戦略的方針を確立することが求められる。

2013年3月14日 東京新聞


一連の脱糞劇は、結局のところ「守秘義務」や「極秘扱」を強調するための演出でした。これまでもそうだったようにこれからもそうです。「十分な情報を国民に提示し、戦略的方針を確立することが求められる」ったって、そんなことはしません。これから僕たちに喰わせる飯について、僕たちには手出しのできない内緒話がおおっぴらに始まり、僕たちはその結果を無理矢理喰わされるだけです。下剤と安倍のクソがついているとも知らないで食っていやがる 国民なんて皆ブタ以下だ
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2013年03月12日

三年目の浮気なら恥部

原発関連死789人 避難長期化、ストレス 福島県内本紙集計
 

 東京電力福島第一原発事故に伴う避難やストレスによる体調悪化などで死亡したケースを、本紙が独自に「原発関連死」と定義して、福島県内の市町村に該当者数を取材したところ、少なくとも七百八十九人に上ることが分かった。死者・行方不明者一万八千五百四十九人を出した東日本大震災から十一日で二年。被災三県のうち福島では、宮城、岩手よりも多くの人が今も亡くなり続けている。原発事故は、収束していない。(飯田孝幸、宮畑譲) 

 地震や津波の直接の犠牲者だけでなく、震災や事故後の避難中などに亡くなった人に対し、市町村は「震災関連死」として災害弔慰金(最高五百万円)を給付している。福島では二十二市町村が計千三百三十七人(十日現在)を関連死と認定。二十市町村はこのうちの原発事故に伴う避難者数を把握しており、本紙で「原発関連死」として集計したところ七百八十九人に上った。南相馬市といわき市は把握していない。

 南相馬市の担当者は「事故後、市全域に避難指示を出した。震災関連死と認定した三百九十六人の大半は原発避難者とみられる」と話しており、これを合わせると原発関連の死者は千人を超えるとみられる。

 二百五十四人が原発関連死だった浪江町では、申請用紙の「死亡の状況」欄に「原子力災害による避難中の死亡」という項目がある。町の担当者は「全員がこの項目にチェックしている。自殺した人もいる」と話す。

 震災関連死の認定数は、福島より人口が多い宮城で八百五十六人(八日現在)、岩手が三百六十一人(一月末現在)で、福島が突出している。復興庁は「福島は原発事故に伴う避難による影響が大きい」と分析している。

 認定数の多さだけではなく、影響が長期に及んでいるのも福島の特徴だ。震災後一年間の震災関連死の認定数は福島が七百六十一、宮城六百三十六、岩手百九十三。その後の一年の認定数は福島が五百七十六、宮城が二百二十、岩手が百六十八。今も申請は続き「収束が見えない」(浪江町)という状況だ。

2013年3月11日 東京新聞


「収束が見えない」わけですが途中集計で震災の被害がまとめてありまして、震災による死者が15,881人、行方不明者2.668人、避難中などに死亡した震災関連死が2,554人です。死者・行方不明者が2万人を越えることになりますが、震災関連死のうち原発事故に伴う避難者の死亡を「原発関連死」として789人ということです。

原発 福島に負の連鎖 県外避難5万7000人


 東日本大震災による震災関連死は福島、宮城、岩手の被災三県で二千五百五十四人が認定され、その半数以上となる千三百三十七人を福島が占める。背景には、原発事故で膨れ上がった避難者数と避難の長期化がある。

 「原発事故は避難者の分母が大きいから関連死という分子も増える。さらに元の家に戻って生活再建ができないところにも厳しさがある」。福島県避難者支援課の原田浩幸主幹は、県内の関連死が多い理由を分析する。

 復興庁がまとめた二月現在の避難者数は、宮城の十一万七千人、岩手四万二千人に対し、福島は十五万四千人。宮城、岩手は県内での避難が大半だが、福島は五万七千人が県外に避難し慣れない生活を送っている。

 復興庁は二〇一二年三月までに震災関連死した千二百六十三人の抽出調査をしている。九割が六十六歳以上で、災害弱者に大きなしわ寄せが生じたことを物語る。

 浪江町の佐藤良樹福祉こども課主幹は「病院をたらい回しされたり、施設機能が止まった病院で数日間とどまることを余儀なくされたりした人もいたようだ」と明かす。南相馬市は県内で医療・介護の中核施設が多く、入院患者千六十七人と六百七十九人の施設入所者がいた。津波被害でいったん市内に避難した後、原発事故で市外避難を迫られた人も多く、長距離移動が死期を早める原因となった。

 ある町では、介護の必要な両親を抱え、震災後の食料不足に悩んでいた男性が、原発事故で栃木県に退避。避難所に到着と同時に急死した。担当者は「原因は震災と原発が半分ずつ」と指摘する。

 避難生活だけが関連死の原因ではない。復興庁の分析では、原発事故のストレスによる肉体的・精神的負担などが、死と直結する人も福島県に三十三人いた。死亡にいたる経過として「原子力災害により心身ともに著しいストレスを受けた」「放射能の不安、今後の家族を心配しつつ体調悪化」などの例を挙げている。

<取材班から>「原発事故死ゼロ」は本当か

 震災の避難生活で体調を崩すなどして死亡した場合、震災関連死と認められる。ならば、「震災の避難生活」を「原発事故の避難生活」と言い換えれば、「原発関連死」と定義できるのではないか。こうした考えから、今回の取材は始まった。

 福島、宮城、岩手の三県で、津波や建物倒壊などの直接的な原因で亡くなった人数の中に占める福島の人の割合は10%。ところが、震災関連死となると52%に跳ね上がる。この数字の異常さこそ、原発事故の恐ろしさを示している。放射能で身体をむしばまれる死だけが、「原発事故による死」ではない。

 今回、関連死とした死のほかにも、原発にかかわる死はある。二〇一一年七月、福島で二人が自殺した。「避難中の自殺は原発事故が原因」として、東電相手に損害賠償請求訴訟を起こしているそれぞれの遺族は、関連死の認定を申請していない。

 遺族の代理人は取材に「(弔慰金が支給される)関連死認定なんて意味はない。金の問題じゃなく、なぜ死ななければならなかったのか問うているんだ」と語った。この二つの死は、本紙調べの七百八十九という数字に積み上げられていない。

 「原発事故で死者はいない」とする人たちが見つめようとしない多くの死。その重さを考えることなく、原発は必要か、という問いに答えを出すことはできない。 (飯田孝幸)

2013年3月11日 東京新聞


ところで「原発関連死」は『東京新聞』の専売特許であるというわけでもなくて、昨年の11月から『福島民報』が「原発事故関連死」として詳細を書いています。
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012-11genpatsukanrenshi/

今でも31万5千人以上が避難生活です。住んでいた場所が汚染されて一生帰れない人もいるわけで、そういう人は「避難生活」が終わることがありませんし、そのような土地はいつまでたっても「復興」することができません。核事故は長く続く惨事です。

しかし日本政府にとっては、この現在進行中の悲惨な事故もオリンピックを招致するための有力なツールなんだそうです。

日本には、多くの人を触発する物語(ナラティブ)があります。だからこそ、東京を選んでいただきたいのであります。

 「破壊から、新たな活力へ」。それがナラティブであります。つまり何かというと、地震、津波、原発事故の結果、わたくしたちが忍んだ災厄が一方にあり、そこからの復興がもう一方にあります。

 両者に架橋したものこそ、みなが見せ、与え合った思いやりであり、勇気であって、また、落ち着きでありました。

 わたくしは、一度総理として失敗した人間です。でも、家族を亡くした人たちがいる小さな町へ出かけたりしますと、まさにそういう被害者の方に、わたしは逆に慰められたものです。「もう一度立て」と、しばしば言われました。

 被害者の方たちが見せた思いやり、勇気と落ち着きこそは、もう一度立ってみようとわたしの背中を押してくれたのでした。

 そうすることによって、わたしは国中に、誰もがセカンド・チャンスを与えられるべきなのだということを示したいと思ったのであります。

 天災があれば、人の手で生み出された惨劇があります。たとえそうなのだとしても、みなさんはカムバックを果たすことができるのです。それこそが、東京2020が世界に向けて出す力強いメッセージになります。

平成25年3月6日
公式歓迎・東京オリンピック開催50年記念夕食会
2013年3月6日 首相官邸


この人間として失敗した総理は核事故を「ナラティブ」にします。「人の手で生み出された惨劇」を「復興」の物語にしてしまうことで、それはいわばロンダリングされ、除染されているかどうかは定かではありませんが、白く塗られた墓のように「東京2020が世界に向けて出す力強いメッセージになります」。

この「ナラティブ」などという難解系の言葉の機能については、Wikipediaにも載ってる通りで、しあわせなんて、へへ、人それぞれ。

物語という概念は、ナラティヴセラピーを考える上で鍵となるものである。私たちは過去の体験を語るとき、それは巧拙を問わず「物語」として語る。また他人の経験も「物語」として把握する。さらに人は物語」を演じることによって人生を生きているともいえる。また、古典的な精神分析などにおいては物語は解釈である。
フロイト派もユング派も、かつての精神療法は、治療者はクライエントの一段上に立っており、間違った物語に囚われている患者を、治療者が正しい物語へと導く、という進展が一般的であった。しかし、社会構成主義によれば、どのような物語になるかは平等な主体どうしの主観の持ち方、すなわち「ものの見方」の問題であり、「正しい」物語も「間違った」物語もなく、ましてやどのような主観にも依拠しない「客観的な」立場から見た解釈や物語も存在しない、ということになる。


そもそも患者のことをクライエントと呼ぶようになったこと自体、治療する者とされる者は人間として平等で対等であるという認識に基づく。よって、治療者の役割はクライエントとの対話によって新しい物語を創造することとなり、セラピーの目標は、問題を解決することではなく、新しい物語・解釈による新しい意味を発生させることによって、問題を問題でなくしてしまう、ということに置かれる。

「ナラティヴセラピー」


しかしながら治療は医で仁術なのかも知れませんがオリンピックは算術なので、「問題を問題でなくしてしまう」ような「物語」を、しかし「新しい物語を創造する」のではなく「一段上」から「正しい物語へと導く」のが「復興の物語」の機能です。これは「戦後の復興」の物語の語り直しです。

「復興」は「戦後」、つまり戦争が終わった後に始まります。つまり「復興」の開始、あるいは現在を「復興過程」であると言うことは、「戦争が終わった」ことを意味していたのです。「復興の物語」を語ることには、なんとなくもう災害が終わってしまったという前提がこっそりと導入されているのです。

いつまでも避難生活を余儀なくされる人々、これからも核事故のせいで死んでゆく人々は、この、事故がすっかり終わってこれから復興していくんだという、明るく楽しく前向きな「ナラティブ」の中に場所を見いだすことができません。そういう連中はどっか「周縁」の方で死んでしまえ、というわけですが、事故が終わっているのでなければオリンピックの招致など狂気の沙汰です。だからオリンピックのために事故を終わらせてしまうのでした。もう終わった。よかった。続きはもう始まっていますが。
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2013年03月10日

世に黒企業の種は尽きまじ

昔はちょっと買い物をしたこともありましたが、今ではその店はとても退屈なので最近行ってませんというのもアゴラ地方で話題の洋服屋さんなんですが、

ユニクロというエクセレントカンパニー
山口 巌

ユニクロを批判した新刊書が売れ行き好調と聞いた。「ユニクロ疲弊する職場」と早速週刊誌もユニクロを取り上げた。
ネットでもユニクロ叩きは今や定番メニュー化した様である。

仮にユニクロが、彼らの主張する様な問題山積の会社であるならば株価は下がってしかるべきである。それも家電製造業の如く。

しかしながら、ユニクロを傘下に保有するファーストリテイリングの株価は綺麗な右肩上がりのチャートで上昇を続けている。

この一年間で株価二倍を達成している。そして、皮肉にも日本国内でのパッシングが強くなった最近になって、まるでユニクロ叩きを行っている人間を嘲笑するかの如く連騰を続けている。

外国人投資家がユニクロを高く評価し、親会社ファーストリテイリングの株を買っているに違いない。

「グローバル脳」と「ローカル脳」のユニクロを巡ってのコントラストの違いが眩いばかりである。

国内ユニクロ売上情報を観る限り、ユニクロの業績は至って順調である。日本がデフレで苦しんでいる市場とはとても思えない。

ユニクロの店舗は疲弊していると批判されているが、この結果を見る限り日本企業はもっと疲弊すべきとの結論となる(要は従業員はもっと働け!という事)。

企業業績を判断する上で手っ取り早い直近の四半期決算は絵に描いた様な増収増益。

しかしながら、ユニクロ 「離職率3年で5割、5年で8割超」の人材“排出”企業という、離職率の高さが攻撃されている訳である。

「正義の味方」のお面を被って仕事をしたがるマスコミに取っては格好の材料である事は事実である。しかしながら、冷静になって背景など良く精査せねばならない。

例えば地方公務員の離職率は低いと思うが、楽して、ものを考えず、競争から逃げているので結果工場立地の面でアジアの新興産業国に負けてしまった。

今後、地方公務員が自ら離職する事はないが大規模なリストラは止むを得ない話である。こっちの方が問題は遥かに重篤のはずである。

それから、離職率の高さの責任をユニクロにのみ求めるのは不公平と思う。ユニクロに就職した若者のレベルが低くついて行けないとか、或いは、根性がないといった離職者側にも問題があるはずと推測する。

ユニクロを好き勝手に批判する人達は現在社会や教育システムが完璧であると誤解しているのではないか?

大学が教育機関として機能せず、実質、プータロー、ニート養成所であればユニクロに入社後脱落するのも止むを得ない。世界市場で競争するユニクロが彼らのレベルに迎合する事は出来ないし、又すべきでもない。

大学入学時の学生のレベルが低過ぎ、大学では最早如何ともし難いという事であれば、それ以前の小学校、中学校、高校の教育システムや中身がどうか?という話になる。

飽く迄外から観ているだけであるが、大津の中学生自殺事件から始まった一連の虐め問題が焙りだしたのは「教育委員会」の無能、機能不全であった。

そして、更には左巻き日教組に汚染された現場教師の頭の中は自己の「保身」以外空っぽという事実ではなかったか?

さて、長々書いたが結論に至らねばならない。

ユニクロは、株式市場という透明且つ開かれた場所で世界から高く評価されるエクセレントカンパニーである。

一方、離職率が高いという問題もある。

これについては、地方公務員を筆頭に他が余りにぬるま湯なのでは?という疑問を検証せねばならない。

一方、「教育改革」を断行し若者のレベルを向上さす事での問題解決も図るべきと思う。

安倍内閣は今の所、「外交」、「安全保障」と立て続けに正しい方向に舵を切っている。これに加え、「教育改革」に道筋を付ける事で今世紀の日本に再び繁栄をもたらして欲しい。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役

2013年3月9日


投資家にとって良い企業が良い企業だということで、まあそうなんでしょうが、離職率の高さはなによりもユニクロにとって望ましい事でもないでしょう。それをいきなり「地方公務員」を引き合いに出して正当化したり、「根性がない」などと無根拠なヨタを飛ばしてみたり、果ては大学教育のせいにする、というのはいかがなものか。この山口さんという人はユニクロの問題点を放置し、いわばおだて上げていい気にさせ、ついには倒産に導こうとしているのではないでしょうか。別に構いませんが。

ユニクロにだけ特に「レベルが低い」人が就職するんだそうですが、これはユニクロが「レベルが低い」人をわざわざ選択しているのか、「レベルが低い」人がユニクロに吹きだまっているのか不明です。まあとにかく、勤める会社を選ぶのと株の銘柄を選ぶのとでは時間スケールだけでいっても比較する事すら出来なかったりします。そこで「プータロー、ニート養成所」、あるいは「レベルが低い」卒業生を「“排出”」している人も一言いいたいわけで、

ユニクロ問題についてー大学教員としての立場から
辻 元

山口巌さんの「ユニクロというエクセレントカンパニー」を拝読し、あまりに表層的な議論に愕然としたので、ユニクロの問題について、企業へ人材を送りだす大学教員としての私の見解を書いておきたい。 

ユニクロの問題は、「ブラック企業、日本を食いつぶす妖怪」に書いてあるような、名ばかり管理職の問題(管理業務が本務でないと認められるのに、管理職として扱い、残業代を払わない)や離職率の高さ。といった問題も確かにあるが、最大の問題は、ユニクロの持つ企業イメージと、実態の乖離ではないか、と思われる。

   店長こそ最終目標

ユニクロでは、店長こそがユニクロの主役であり、社員の最終目標とされる。  

実際、これは柳井正氏の著書「一勝九敗」に明言されている。 柳井氏は、この本の中で、店長が知識労働者になることが必要で、店長を最終目的とすべきだと主張し、さらに 

店長を最高の仕事ととらえ、店長の仕事を全うすれば、本部にいるよりも高収入が得られる。このような仕組みを作らないと、小売業は繁栄しない。(P.156「店長でいることが最終目標」)

と述べる。 実際、東洋経済の「ユニクロ、疲弊する職場」に書いてあるように、ユニクロは、店長を「独立自尊の商売人」であるとして、労働時間管理を不要とする労働基準法上の「管理監督者」として一律に扱っており残業代は支払っていない。 

まとめると、

(1)店長こそユニクロの主役であり、最終目標である。

(2)店長は、知識労働者であり、独立自尊の商売人である。

(3)店長の仕事を全うすれば、本部にいるよりも高収入が得られる

となる。 

柳井正氏は、多くの著書やインタビューで、自らの考えを述べ、これからは、グローバルに活躍する人材が必要と説き、最近の日経のインタビュー記事の中では、大学教育について語り:

−−そんな大学で学んだ学生をどう見ていますか。

 「世の中で生きていくのに必要な基礎的な教養や知っておくべきことを知っていないし、知識の絶対量も少ない。そのために適切な判断ができない。もっと知識を詰め込まないと、自分が進んでいる道が世の中の方向性に合っているのか分からない。自分の判断が正しいかどうかを常に意識して行動することを習慣付けるべきだ。実業界は自分で考えて、自分で結論を出して実行できる人材を求めている」

 −−これからの大学は学生に何を教えればいいですか。

 「社会に望まれるビジネスはどのようなものなのか、社会により貢献できる経営のあり方、人間のあり方を教えてもらいたい。会社員製造機関ではだめで、起業家の育成が大切だ。大学や大学院でそうした講座も出てきたが、小手先だ。経営マインドを持つ人材が大学から輩出されないから、そのための機関も自前で作った。世の中を変えるような仕事ができる人材を育てたい」

と述べている。 

このように柳井氏は、「自分で考え、自分で行動する」といった、自立した人材が必要であると繰り返し説き、それが、企業人として自己実現をしたいという大学生にとって、ユニクロを魅力ある企業に見せている。

実際「ユニクロ、疲弊する職場」には、次の記述がある。

「ユニクロの服を着ている人はスタンドアップ。こういう人が、選考の第1候補だ」

2月8日、東京・六本木のミッドタウン・タワー。カジュアル衣料大手のユニクロやジーユーを傘下に持つファーストリテイリングの東京本部で、新卒採用イベント「ユニクロ・ジーユー希望塾」が開かれた。同社の柳井正会長兼社長が開口一番こう語りかけると、800人弱の学生たちで埋め尽くされた会場は、どっと沸いた。

「世界一へ。グローバルリーダー募集」と大書された採用パンフレットには、多くの社員たちの笑顔が並ぶ。「入社1年半でフランスに赴任」「バングラデシュでソーシャルビジネスを起業」といった内容に、学生たちは目を輝かす。

   ユニクロの店長の実像は?

しかし、現実のユニクロの店長は、「ユニクロ、疲弊する職場」、「ブラック企業、日本を食いつぶす妖怪」に書いてある記述が正しいとするならば、知識労働者、独立自尊の商売人、 店長の仕事を全うすれば、本部にいるより高収入が得られる、といったイメージとは大きく異なっている。 

特に驚いたのは、分厚い店舗運営マニュアルを手写しで暗記させられ、その通りに動くことを求められる、という部分(「ブラック企業、日本を食いつぶす妖怪」、50ページ)で、その上、店長の権限は驚くほど小さく、店長が独立自尊の商売人、知識労働者とは、とても思えないのである。

徹底したマニュアル化による作業の効率化は、自ら考え、判断し、行動する、という柳井氏の哲学とは、真逆のように見えてならない。 こういった徹底したマニュアル化で、独立自尊の商売人が育成出来るのか、疑問を感じる。 

また、店長といっても、スター店長、超大型店のスーパースター店長、にならないと、本部職員並みの給与は支払われないようだし、スーパースター店長(本部の部長並み)にならないと、年収1000万円に到達しないようだ。 

客観的に見て、柳井氏が日頃言っていることと、実態は大きく乖離しているように見える。 島田裕巳氏が「誰がユニクロを「ブラック企業」にさせたのか」で主張されているように、ユニクロに就職を希望するなら、ユニクロという企業を良く調べることが必要であることは、論を待たないが、実態が見えにくくなっている現状では、ユニクロ批判も必要ではないかと思う次第である。

2013年3月9日


「あまりに表層的な議論に愕然とした」そうですが、大分気を遣った書き方です。まあ、たとえ「表層的」であっても、「議論」になっていればまだマシというものですが、問題は山口さんではなくてユニクロなのです。実際、「ユニクロ問題」という「問題」が存在するんだそうで、しかし、その「問題」とは何かというと、「最大の問題は、ユニクロの持つ企業イメージと、実態の乖離ではないか、と思われる」んだそうですが、果たしてそうなんでしょうか。

てゆーか、何でも好きな事を「問題」に出来るようなんですが、逆に言えばユニクロが「問題」の宝庫なのかも知れません。そこで「企業へ人材を送りだす大学教員として」は、「企業イメージと、実態の乖離」は確かに「問題」となります。辻さんは、柳井さんが「店長が知識労働者になることが必要で、店長を最終目的とすべきだ」「店長の仕事を全うすれば、本部にいるよりも高収入が得られる」「店長を「独立自尊の商売人」である」とか言っているワリには、実態としては店長がマニュアルに縛られていて権限も小さいということを「問題」にしています。

しかし考えてみれば安洋服屋の店長がそんなにエラいはずはないし、入社半年で店長になったとしてマニュアルなしでは1日も勤まらないのではないでしょうか。むしろ「問題」は求職者が経営者が調子良くぶち上げている「理念」を本気にしてしまう事でしょう。実際、「企業イメージと、実態の乖離」なんてものはよくある話でして、各社の採用担当者は実態と異なる企業イメージの構築に日夜腐心しているところでもあります。こういうことは会社を何社か渡っていると誰でも気がつく事なんですが、学生さんにはなかなか難しいかも知れません。ここんとこ、実は大学の先生の仕事の範疇ですが、学生さんも気の毒であります。

柳井さんが何を言おうとも、店長は「自分で考え、自分で行動する」「独立自尊の商売人」ではなく、マニュアルに従って動く労働者である必要があるのですし、だからこそ、やはり「名ばかり管理職」や「離職率の高さ」が「問題」にならざるを得ないのですが、辻さんは柳井さんのセリフの「表層」を問題にしてしまったので、あまり問題にならない様な「議論」を展開する事になってしまった模様です。

さてその「ユニクロ問題」なるもの、「ブラック企業」という言葉をようやくオジサンたちにも広めた今野晴貴さんの文春新書『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』が切っ掛けのようでありますが、最近では3月4日発売の『東洋経済』「ユニクロ、疲弊する職場」という記事が注目されたということであります。そこで例えば山口さんなんかも、出来もしないのにやむを得ずユニクロ擁護の論を張りそこなったりしているのは先に見た通りですが、アゴラ地方では『東洋経済』が店頭に並ぶ直前に、より個性的で「独立自尊」なユニクロ擁護論がゴロンと放り出されていた、ということで、それが辻さんも言及している宗教学者の島田さんです。

誰がユニクロを「ブラック企業」にさせたのか
--- 島田 裕巳
 
今話題になっている今野晴貴『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)という本を読んだ。ここで言われる「ブラック企業」とは、違法とも言える労働条件で社員を働かせ、ついていけない者については、巧妙に会社から追い出す企業のことをさしている。

私がこの本に興味をもったのは、拙著『7大企業を動かす宗教哲学』(角川oneテーマ21)で取り上げたユニクロが、ブラック企業の代表として取り上げられているからである(『ブラック企業』のなかで、ユニクロ=ファーストリテイリングの実名はあげられていないが、衣料品販売のX社は明らかにユニクロをさしている)。

たしかに、そうした企業に就職し、過酷な労働条件のもとで酷使され、体を病んだり、精神的に追い込まれていく若者たちが跡を絶たないことは事実なのであろう。

しかし、『ブラック企業』を読んでいて引っかかったのは、そこで取り上げられている企業が、要らなくなった社員を追い出すために、異常なほどの労力をかけている点である。執行役員が、何時間も社員を追い出すためにカウンセリングを行って、それで仕事になるのだろうか。

この本で欠けているのは、ブラック企業がいったいいかなる形で経営を成り立たせているのか、その全体像が描かれていないことである。ブラック企業はみな成長産業とされているのだから、利益を上げるためのノウハウが確立されているはずだ。『ブラック企業』を読んでいると、どの企業も、ひたすら入ったばかりの社員をいじめ、追い出すことに躍起になっているようにしか見えない。

そもそもユニクロというものを、一般の企業と同列に見ていいものなのだろうか。それは、ワタミなどについても言える。ユニクロにも本社があり、そこは一般の企業と同じ仕組みで動いていることだろうが、企業活動の中心はあくまで店舗にあり、求められているのは、その店舗を運営できる人間である。

ユニクロでは、入社してから最短半年で店長になれるとされている。実際に、その期間で店長になれる人間はわずかだが、トップの柳井正が言うように、店長こそがユニクロの主役であり、社員の最終目標なのである。

入社して半年と言えば、その人間はまだ22、3歳である。それだけ若い人間が、店長となって、一軒の店を運営し、利益を出し、しかもアルバイトなどを指導するということは、恐ろしく難しいことである。よほどそうした才能に恵まれている、つまりはたぐいまれなる経営能力をもった若者でないと、その年齢で店長が勤まるとは思えない。

『7大企業を動かす宗教哲学』でも詳しく分析したが、柳井は、ユニクロを立ち上げるためにすべてをつぎ込んだ自分の姿を店長たちに投影している。ユニクロの店長になるということは、洋品店を経営する上で必要なことをすべて経験した柳井と同じ能力を身につけるということを意味する。

もちろん、そんな若者がたくさんユニクロに入ってくるわけではない。それに近い能力をもつ人間だって、滅多に入社してはこないだろう。むしろ、そうした能力をもつ人間なら、ユニクロに入社するのではなく、自分で起業するはずだ。

逆に、育った家が自営業であるとか、店を経営しているとかではなく、ただのサラリーマン家庭に育ち、しかも、入社する前に何らかの組織を運営した経験をもたない人間であったとしたら、とてもユニクロの店長は勤まらない。そうした人間は、店長になっても、効率的に動くことができず、ただただ長時間働き、心身ともに病んでいくしかないだろう。

今野は、ブラック企業に入ってしまったときには、徹底的に戦うことをすすめ、その際には、戦略的思考をとることが不可欠であるとしている。だが、戦略的思考がとれるくらいなら、その人間は、経営能力を発揮し、ブラック企業のなかでも十分に生き抜いていけるはずである。

ユニクロの服は誰でもが買える。しかし、誰もがユニクロで働けるわけではない。ユニクロで働けるのは、若くても経営能力をもち、店長として十分に店舗運営ができる人間だけである。そうでない人間が、ユニクロの店長になれば、そこには地獄が待っている。

一時、ユニクロのトップの座には、柳井に代わって、旭硝子と日本IBMで働いていた玉塚元一がついていた。その経歴からすれば、玉塚はエリートサラリーマンである。一般の企業なら、そうした人間でも、あるいはそうした人間こそがトップにふさわしいが、ユニクロでは、むしろ店を経営する自営業主のような経営者の方がふさわしいのである。

ユニクロに入社するのなら、ユニクロがどういうシステムの会社なのかをしっかりと把握することである。その上で自分の適性を考え、自分には店舗を運営する経営能力があると判断すれば、入社し、ないと判断すれば、入社を避けるべきだ。重要なことは、ユニクロは、店長になるためのノウハウを教えてくれる企業ではない点だ。

ブラック企業をなくしていくためには、ブラック企業とされる個々の企業のシステムがどのようになっているのか、それを明らかにしていくことが不可欠である。不思議なことに、『ブラック企業』では、その点の提言はない。現在の労使関係を根本から見直せという提言は、事態の緊急性の割りに、実現性に乏しい。

一つの企業に入れば、まだまだ定年まで働くという人間はいるし、長期にそこで働いた方がメリットが多い。就職が一生のことなら、「自己分析」という形で自分のことを分析するよりも、就職先の企業を分析することである。大学が就職支援を行うなら、そうした企業分析の方法を教えるべきである。今の企業分析は、その会社の業績や将来性に傾きすぎているように思われる。

島田裕巳
宗教学者、作家、NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長
2013年3月3日


島田さんも辻さんと同じ「議論」をやっている様です。もっとも、島田さんは教祖の言うことをそのまま受け取って来るタイプの「宗教学者」ですから、これはもう例によって例の如しなんですが、要するに辻さんが言っている「企業イメージ」は、島田さんによれば柳井さんの御託宣のことです。それによると「たぐいまれなる経営能力をもった若者」でなければユニクロで働けないんだそうですが、しかしそんな人はユニクロに入ってこないわけです。なぜならそういう人は「自分で起業するはず」だからです。したがってユニクロに入社するのは、その大多数が「そうでない人間」であり、その結果「ただただ長時間働き、心身ともに病んでいく」ことになるでしょう。

なにしろ「ユニクロというものを、一般の企業と同列に見て」はいけないんだそうで、それは「店舗」というものがあるからなんだそうで、ということはつまり小売業や飲食サービス業は「一般の企業」ではないんだそうで、だからといって病人やキチガイを「“排出”」していて良いということにはなりそうもないんですが、島田さんがここでそれらの企業の「特殊性」を指摘しているのが、実はそれら業界の経営者が労働紛争の時に主張するのとあまり変わらなかったりします。

島田さんが「宗教学者」の看板を掲げているせいか、ユニクロの「システム」は一種の「宗教」に見えなくもありません。まあ柳井さんという「教祖」がいて、分厚いマニュアルという「教典」があって、それに従って日々の業務を通じて「修行」すると「スター店長」とか「スーパースター店長」とか「位階」が上がっていって、「教祖」その人の「あり方」に近づいていく、いわば「柳井のまねび」みたいなことになっている様子です。まさに「ユニクロの店長になるということは、洋品店を経営する上で必要なことをすべて経験した柳井と同じ能力を身につけるということを意味する」のです。

もっとも、そんな「宗教的」なゴテゴテしたデコレーションを除いてみれば、要するに人を沢山雇っては使い潰して産業廃棄物として排出するという「システム」であることは明らかですから、島田さんもそこんとこ「しっかりと把握すること」です。島田さんは「ブラック企業がいったいいかなる形で経営を成り立たせているのか」よく分からないそうですが、「ブラック企業」とは利益を最大化する企業行動を人事面から見たときに出て来た言葉ですから、むしろ「執行役員が、何時間も社員を追い出すためにカウンセリングを行って、それで仕事になるのだろうか」と思うんだったら「自分で考え」てみましょう。

そこで「宗教学者」にとっての「問題」は、廃人排出システムを粉飾する「宗教性」の次元にあるのではないでしょうか。「会社の業績や将来性に傾きすぎ」ない「企業分析」には、「宗教」に対する批判的な視点が有用であると考えられますので、ここはむしろ「宗教学社」の出番であります。しかしそんな感じがするのも、目の前で「宗教学者」が「宗教」にコロリと騙されているのを目の当たりにしているせいなのかも知れません。

しかしこれだけ色々あると、「内容が下らないので無視」するというわけにもいかないもんですから、てゆーかそれだと全部無視することになるので、

日本の会社はすべて「ブラック企業」である
池田 信夫

島田裕巳さんの書評を読んで、私も同じような疑問を感じたのでちょっとコメント。

本書は私に贈ってきたが、内容が下らないので無視した。ここで「ブラック企業」として著者が指弾しているような実態は、日本の会社にはどこでもあるからだ。自慢じゃないが、私も「NC9」のスタッフだったころは、毎月100時間以上の残業はざらだったが、時間外は50時間しか認められなかったので、半分はサービス残業だった。NHKもブラック企業なのだ。

それでも日本のサラリーマンが辛抱するのは、年功序列でノンワーキング・リッチになって元をとれるという夢があるからだ。こういうインセンティブ構造は、経済学ではよくわかっており、拙著でも日本的雇用慣行について次のように書いた。

所有権アプローチの想定する近代の企業は奴隷制の禁止という制約のもとで個人間の契約によって指揮命令系統を作り出す制度であり,この個人の独立性にともなう交渉問題が非効率性の原因であった.しかし退出障壁によって労働者の外部オプションを強く制約すれば,彼女は入社時の雇用契約によって人的資本を事実上売り渡すことになり,会社が労働者を全面的に支配する「最善」の状態が実現できる.日本型組織の効率性は,このように労働者の独立の人格としての交渉力を奪って会社のコントロールのもとにおく制度的な装置に依存しているのである.(p.142)

つまり日本のサラリーマンは、長期的関係という「見えない鎖」でつながれた奴隷なのだが、その代わりメンバーシップによるレントを得られるため、辛抱している。しかし最近では年功序列も崩れ始め、長期雇用も保証されなくなった。そして本書もいうように「ブラック企業」は日本的雇用慣行のブラックな部分だけとり、身分保証しない「いいとこどり」をしている。

この分析は正しいが、処方箋が間違っている。本書はブラック企業をなくすために行政が規制しろとか労働組合ががんばれとか提言しているが、これは見当違いである。長期的関係による事実上の奴隷制は日本の企業システムの本質であり、その一部だけ直すことはできないのだ。必要なのは、資本の論理によって長期的関係を断ち切る「レジーム・チェンジ」であり、ミクロ的にいえば多様な働き方を可能にする労働政策だ。

そのためには、正社員こそ正しい雇用形態で非正社員を正社員に「登用」することが正義だと考えている現在の労働政策を180度変え、企業ではなく個人を守るセーフティ・ネットの組み替えが必要だ。その意味で、日本経済を活性化する鍵は厚生労働省が握っている。

2013年3月3日


「長期的関係による事実上の奴隷制は日本の企業システムの本質であり、その一部だけ直すことはできないのだ」と書いてありますが、実は池田さんも書いている通り、「日本の企業システム」の「一部だけ直」して「いいとこどり」なシステムにしたのが「ブラック企業」であると言うことが出来るでしょう。「直すことはできない」どころか、既にもう直されているのです。

更には、この「いいとこどり」システムでは「長期的関係」すら廃棄されています。「ブラック企業」における「事実上の奴隷制」は、現在では「長期的関係による」ものではありません。もちろん「正社員」は「長期的関係」を期待させるわけですが、事実として「長期的関係」は既に存在しませんし、存在すべくもありません。ユニクロと「長期的関係」を築こうものなら、それはすなわち短期に終了を迎えてしまうのです。

したがって「資本の論理によって長期的関係を断ち切る」ことは何の解決にもなりません。それは既に行われている、というよりもむしろ割と陳腐な現象ですから「必要」ですらありません。てゆーか「資本の論理によって長期的関係を断ち切る」のが「ブラック企業」に他ならないのはないでしょうか。池田さんは何を書いているのかよく分かりません。

分かりませんが、要するに「ブラック企業」を切っ掛けにして「行政が規制しろとか労働組合ががんばれとか」で結局は「現在の労使関係を根本から見直せ」ということになるのが困る様だ、ということは分かります。池田さんのありがたい「処方箋」は、つまるところ現状維持です。だから本当は「無視」すべき「下らない内容」なのかも知れませんが、別に見習う必要もないわけです。

しかしながら池田さんも良いことを言っていないわけではありません。必要なのは、「多様な働き方」の美名の元に解雇をしやすくすることではなく、逆に離職を容易にして、ブラック企業には後足で砂をかけて立ち去ることが当然であるように、労働の論理によって雇用関係を断ち切る「レジーム・チェンジ」であり、ミクロ的にいえば多様な辞め方を可能にする労働政策なのです。そのためには、賃金奴隷こそ正しい生活形態で「失業者」を賃金奴隷に「登用」することが正義だと考えている現在の労働政策を180度変え、賃金依存度を下げて、企業ではなく個人を守るセーフティ・ネットの組み替えが必要です。その意味で、日本経済を活性化する鍵は厚生労働省が握っているのです。確かそんな事が書いてあったと思いましたが、違っているかも知れません。
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2013年03月09日

同病相憐れめ

子どもの甲状腺検査 他県も福島県と同じ


原発事故を受けて、福島県が子どもを対象に行っている甲状腺の検査で、小さなしこりなどが見つかった割合が、福島県以外で行った検査の結果と同じ傾向だったことが分かり、環境省は、福島県での検査結果は原発事故の影響によるものとは考えにくいとしています。

原発事故で放出された放射性ヨウ素は、子どもの甲状腺に蓄積してがんを引き起こすおそれがあり、福島県は当時18歳以下だったすべての子どもを対象に甲状腺の検査を行っています。


福島県などによりますと、ことし1月下旬までに検査を受けた13万3000人余りのうち、41.2%の甲状腺に5ミリ以下の小さなしこりなどが見つかりました。


環境省は、見つかったしこりなどはほとんどが良性のものだとしていますが、福島県の保護者などから事故の影響が大きいのではないかと不安の声が上がっていたことから、原発事故の影響が小さい青森県の弘前市、甲府市、それに長崎市の3か所でも同じ検査を行いました。


その結果、検査した3歳から18歳までの合わせて4365人のうち、福島の検査で確認された小さなしこりなどが56.6%で見つかり、福島県とほぼ同じ傾向だったということです。


これについて、環境省は「福島の結果が原発事故の影響によるものとは考えにくいことが分かった。この結果が不安の解消につながることを期待したい」と話しています。

2013年3月8日 NHK


放射線が人体に及ぼす影響に得に詳しいというわけではない放射線影響実験台の珍風さんは、「最近の甲状腺の検査は精度が高く、福島以外の地域でも一定程度の人から甲状腺の小さなしこりなどが見つかることはこれまでも国内外のデータから予想されていた。福島と福島以外の検査結果が同じ傾向だったことは、今回、福島県以外で報告されている甲状腺のしこりなどは原発事故による被ばくの影響が全国に広がっていると考えやすいことを示している。甲状腺にしこりなどが見つかった子どもやその保護者は今さら過剰に心配せず、あきらめてくたばる必要があると思う」と話しています。

放射線が人体に及ぼす影響に詳しい放射線影響研究所の長瀧重信元理事長も、だいたい同じ様な事を指摘し、「有所見者が増加しているかどうかは報道されていないが、増加しているに違いない。しかしそれは検査の精度が高くなったからだ、とまあ、そういうことだ。分かるかな。分かんねぇだろうな。とにかく過剰に心配するな、控えめに心配しろ、騒ぐな、抗議とかするな、家でおとなしく泣いてろ」と話してはいませんでしたが。
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2013年03月05日

天皇を撃て!

とは言うものの、雛人形の起源については色々言われておりまして、まず「天児」というものがあります。これは「あまがつ」と読み、棒で十字架を作ったものに衣装を着せた簡単な人形です。これを幼児の枕元に置いてお守りにしたそうです。

もうひとつ、「這子」というのがあって、「ほうこ」読むんだそうですが、こっちは簡単な縫いぐるみです。これもお守りみたいなもんとして3歳になるまで幼児に持たせていた様ですが、まあ玩具というか、投げられたり踏まれたりというメに遭っていたに違いありません。

これをペアにしたのが内裏雛の起源だというんですが、その前にもっと簡単な人形として「形代」(かたしろ)があり、これはもう草とか何かで極めて簡単に人間のシルエットを作って、これで体を擦るんです。そうすると身の穢れがそっちに移るから、川とかに流しちゃう。トイレットペーパーを連想すれば概ねそのようなものですが、このアイデアは未だに「流し雛」の習慣に生きています。

まあそういった「オマジナイ」的なものが雛人形ですが、現代の雛人形は毎年川に捨てたりするにはちょっと値の張るものです。これは呪術と関係のない遊戯用の人形というものがまた別にありまして、その人形遊びを「雛遊び」とか言ったわけですが、その遊戯が呪術と結びついた、てゆーか川に大便を垂れて平気な時代が終わりを告げ、下流の人々の飲料水などにも考えが及ぶようになったことから、人形を飾っておくことにしたものかどうか、定かではありません。

「雛遊び」というのは「リカちゃん」のようなものですが、これが天皇と皇后だということになったのは江戸時代の事だといいます。とはいえ、元々が元々ですから、雛祭りといえば相変わらず天皇は流されたり吊るされたりしなければならないことになっています。

「扇子投げてひな人形を倒すゲーム」はひどすぎる
 フジいいとも企画に批判殺到で差し替え



   フジテレビの昼の顔「笑っていいとも!」で、「扇子を投げてひな人形を倒す」というゲームが行われ、インターネット上で非難の声が巻き起こった。

   ひな人形は宮中を表しているという説があり、旧皇族・竹田宮家子孫の竹田恒泰さんも「雛人形は天皇と皇后、仕える大臣や女官を模して造られた」と説明している。番組では批判を受けてか、途中から人形ではない的に差し替えられてしまった。

扇子を投げてお内裏様とお雛様を倒すと100点

   問題のゲームがあったのは、いつも番組の最後に行われる「曜日対抗いいともCUP」でのことだ。この企画は、週替わりで毎日同じゲームを行い、曜日ごとの出演者が合計得点を競うというものだ。

   2013年2月25日からは「もうすぐひな祭り ひな人形を倒センス〜!」というゲームが行われた。3段のひな壇にひな人形を模したプレートを飾り、扇子を投げてお内裏様とお雛様を倒すと100点、三人官女は50点、五人囃子は30点というものだった。

   出演者は人形を倒すことに熱中し盛り上がっていたが、視聴者は違った。放送中、ツイッターで「雛人形に扇子投げるって…」「雛人形に扇子投げつけて倒すゲームってどういう企画だよ」「お雛様を扇子で倒すゲーム見て『ひでぇ〜』って旦那が」など、疑問の声が投稿された。

フジテレビのサイトで「雛祭りは皇室と深い関係」説明されていた

   YouTubeにもゲームの動画がアップロードされると、コメント欄に「胸糞わるい」「フジテレビらしい番組ですね。知性のかけらもない」「『お内裏様』とは、『天皇陛下』のこと。それを標的にするということは、天皇陛下の絵を標的にするのと同じ」など批判が書き込まれた。

   フジテレビでは公式サイト内のオリジナルコンテンツ「少年タケシ」で、竹田恒泰さんから皇室について学ぶ「皇室のきょうかしょ」というコーナーを運営している。この中には「皇室と雛祭り」というコラムもあり、「雛祭りは皇室と深い関係があります。雛人形は天皇と皇后、そして仕える大臣や女官(にょかん)を模して造られたものです」「江戸時代後期になると、天皇・皇后を模して、お内裏様(だいりさま)とお雛様と称し、宮中の束帯(そくたい)を正確に再現した雛人形が作られるようになります。雅な宮中の伝統的衣装をまとった雛人形を飾ることには、皇室への崇敬の念が込められているほか、お雛様のように、女の子がすくすくと成長し、立派な大人になることを願う親の心が表されているのです」と説明されている。

   番組では28日から突然、ひな人形を模したものではなくただ点数が書かれたプレートになった。ゲーム名も、「もうすぐひな祭り ナイスなセンスで倒センス」というものに変わっている。

2013年3月1日 J-CASTニュース


一説によると男雛を「お内裏様」、女雛を「お雛様」と称するのはサトウハチローの間違いだということですが、竹田さんもこう言っている事ですし、間違いと気違いは江戸の華ですからどうでもいいでしょう。エンガチョを天皇に移すのが「崇敬の念」ということであれば、それはそれで別に構いません。当方としてはバリヤを張るまでの事です。

この「穢れを祓う」というアイデアは二重の意味を持っています。ひとつには服についたホコリを払い落とすように「払う」という意味があります。しつけの良い人はブラシを使います。しかしそんな事をするとホコリは近くにいる他の人についてしまいますので、慎重な人はガムテープで取ります。これが「形代」の機能です。

しかし中には頭の良い人もいて、その際にはお金を「払う」ことにしたら儲かるのではないかと考えました。てゆーか実際には「祓い」は「穢れの除去」ではなくて、神に罰金を「払う」というのが元来の意義であったとも言います。神社は罰金を集めるところだったわけですが、そのうちに日常生活で避けれる事の出来ない様々な事柄を「穢れ」と称し、何も悪いことをしていないのに定期的に「お祓い」を必要とする様な仕組みになってしまいました。

そういうわけで神主さんは今でもハタキの様なものを振り回して祭壇を掃除しただけで何万円も取っていくわけです。あれを「お祓い」と称しているんですが、「払って」いるのはこっちじゃないか。何だかズルい様ですが、コスイ事にかけては西洋人も負けてはいません。キリスト教も全く同じ事をやっています。

キ印教で「購い」とか言っているのが正にそれで、あれは「原罪」という言い掛かりを等価交換したという思想です。何も悪い事をしていないのに有罪判決を下されるだけで冤罪被害なのに、罰金を代わりに払ってやったから有り難く思え、そのかわり言うことを聞けよ、というわけです。それで裁判官と罰金を払ってくれた人がグルなんですからとんでもない詐欺行為です。てゆーか「オレオレ詐欺」の類いと構造的に類似しています。

ところが、こういうアクドイやり口が蔓延る前には、折に触れて宇宙を元気づけるために王様を殺害するという麗しい習慣が存在したとも言われております。どうも王そのものが生きた「形代」として共同体の色んな不都合の責任を取らされたり、あるいは年を取って弱くなったとか病気になったとかすると共同体そのものがヤバいというのでクビになる、てゆーかクビを絞められて新しいのと取っ替えになったりということで、それはそれでなかなかブラックではあります。

「穢れ」をなすり付けて川向こうの異界に追いやってしまう「形代」がいつの間にか「天皇と皇后を模して造られ」ることになったのも、背景にこういう事情があったのだと思えば極めて自然な事に思えて参ります。天皇制がそんなに古いのであれば、天皇も古代の王と同じく殺されることによって機能するものなのかも知れません。

とはいえ実際には殺されるのが厭になった王様は、ホームレスかなにかを連れて来て「偽王」とし、そいつを殺させる事にした、といのが歴史の流れである様です。天皇制というのはそうなってから後の話でしょう。そして殺される役を人形にやらせるのであれば、人命尊重の観点からして大変に望ましいと言うことが出来るでしょう。むしろ投扇興の的となって、倒せば「100点」が「払われる」というのが「雛人形」の正しいあり方なのではないでしょうか。

まあ確かに、人間の形をしたものに物をぶつけて倒すことに興じる、というのはあまり趣味の良い話ではありません。少なくともいい大人が喜んでやる事ではないような気がします。僕たちはいつの日かそんなことをして喜んだりしなくなるなるかも知れませんが、その時には天皇もパチンコも要らなくなるでしょう。
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2013年02月24日

あとの祭りのあと

TPP共同声明の全文


 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する日米共同声明の全文は次の通り。

 両政府は、日本がTPP交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象とされること、および、日本が他の交渉参加国とともに、2011年11月12日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。
 日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに2国間貿易上のセンシティビティーが存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。
 両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての2国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、およびTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、なされるべきさらなる作業が残されている。(ワシントン阿比留瑠比)

2013年2月23日 産経ニュース


第1パラグラフでは「包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認」しています。これが大前提です。第3パラグラフでも御丁寧に「TPPの高い水準を満たすことについて作業を完了」しなければならないことが強調されています。その間に、何か交渉の余地でもあるかの様なことが書いてありますが、これは交渉に入る前から「全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではない」と言っているだけです。「あらかじめ」は約束させられることはない、しかし「交渉の中で」約束させられることになります。何故なら、交渉は「包括的で高い水準の協定を達成していく」という方向でのみ行なわれるからです。

つまりどういうことかというと、「TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではない」んですが、一旦交渉に入ってしまったら「包括的で高い水準の協定を達成していくことになる」わけです。

これは悪質ななんたら商法と同様でして、最初のうちはあなたには何かを買ったりする義務はないので安心して下さいという話しなんですが、帰る時にはちゃんとオカシナものをつかまされてローンを組まされたりしているもんです。というのも2人組の売り子におだてられたりおどかされたりしているうちにそうなってしまうんですが、後になって騙されたことに気がついても後の祭りなのでした。

祭りのあとの淋しさを、たとえば女でまぎらわす、そんな情けない男は御免被りますが、まあ実際のところ「交渉の余地」というものが全くないわけではありません。といってもそれは多分、何年か時間を稼ぐだけのことだと思われますが、これからいよいよケチな「交渉の余地」を巡ってロビー活動とか金髪の美女とか札束とかが飛び交ったり、ビルの窓から放り出される人まで飛び交ったりする予定ですが、そんなことをしたところで、結局のところ昨日の夢は冗談だったということになります。

しかしそうなると、例えば農業に何年かの猶予を与える代わりに「その他の非関税措置」が「高い水準を満たす」べく「対処」されてしまったりします。それは例えば日本語なんかはとんでもない非関税障壁ですから、全ての契約書は英語で書かないといけなくなったりということが直ちに発生します。たとえ日本人同士の契約であってもです。割って入ろうとするグローバル、てゆーか要するにアメリカの会社の人が盗み読む時の便宜を図らなければなりません。

逆に「保険部門」や労働部門は、日米両国の政府及び企業にとってその「撤廃」は共通の利益となりますので、日本は喜んでそれを売り渡すことでしょう。社会保険はなくなって、みんな民間の保険に入ることになります。ちなみに民間の医療保険だと、患者は一旦医療費を病院に100%払ってから、保険会社に請求を出すとお金が戻って来る仕組みになりますから定義からしてお金に余裕のないビンボー人は病院に行けません。俗に「病気になれない」とか申しますが、病気にならないわけにもいかないので、病気になったら自然治癒かそのまま病死です。てゆーか自宅なんかで病死されると変死扱いですからオマワリさんは忙しくなりますが。

労働者諸君はそうでなくても健康への脅威が待ち構えています。労働基準法こそ非関税障壁の最たるものです。ホワイトカラー・エグゼンプションの逆襲ですが、ブルーカラーだろうがメタルカラーだろうが全部エグゼキューションです。例えば日本ではアメリカ人はこんな文句を言う必要もないのです。労働者が長大な実働でわずかな賃金しか得られない国で事業を行うのは素晴らしい事なのではないでしょうか。

米CEO、仏労働者の働きぶりを批判
By GABRIELE PARUSSINI

 【パリ】フランス北部のタイヤ工場の買収を検討していた米企業の最高経営責任者(CEO)が仏労働者の働きぶりを痛烈に批判。労働者がわずかな実働で多額の賃金を得ている国で事業を行うのは「ばかげている」と、同国の担当閣僚に書簡を送った。

 米タイヤメーカー、タイタン・インターナショナルのモーリス・テーラーCEOは、「フランスの労組と政府はおしゃべりしかしていない」と同国の労働文化を批判した。仏経済紙レゼコーが20日掲載した同CEOの書簡は、生産が鈍った場合に企業は従業員と賃金を削減できることなどを盛り込んだオランド大統領の労働改革計画が外国の投資家にとってはあまりにもゆっくりとした改革になる恐れがある、と指摘した。

 タイタンは、米グッドイヤー・タイヤ・アンド・ラバーが売りに出した不採算工場の買収に関心を示していたが、共産党系の労働総同盟(CGT)が雇用を守るための労働時間延長を拒否したのを受けて、交渉から撤退した。

 テーラーCEOは、モントブール生産回復相の交渉再開の要請に対する2月8日付の書簡で、「あなたの書簡はタイタンが交渉を行うことを求めているが、あなたはわれわれがそれほど愚かだと考えているのだろうか」と答えた。テイラー氏からのコメントは得られていない。

 モントブール氏は20日、この批判をはねつけ、「あなたの言い様はひどい侮辱であり、われわれの国フランスに対する完全な無知を示している」と反論した。同氏は、フランスには2万に上る外国企業があり、約200万のフランス人を雇用し、フランスの輸出の3分の1を担っていると指摘した。

 同氏と外国企業との間の舌戦はこれまでにもあった。同氏は昨年末、仏東部フロランジュにある高炉2基の閉鎖計画をめぐり鉄鋼大手のアルセロール・ミッタルのラクシュミ・ミッタル会長と衝突。高炉を国有化すると警告するとともに、フランスはもはや歓迎しないと同会長に伝えた。

 テーラー氏の批判 − 多くの企業の考えよりも厳しいのだが − は、フランス産業界の競争力に関する広範な懸念を反映したものだ。経済協力開発機構(OECD)の2011年の統計によると、同国の生産性はドイツよりも高く、米国に迫るものだが、労働法規が障害となって正規従業員を解雇するのは高くつく。工場閉鎖は大規模な政治的反発を招くことがある。

 フランス政府は、柔軟な労働条件で労組と合意するよう経営側に求めている。政府は3月、状況が厳しい時には企業が労働時間と賃金を削減し、レイオフに関する若干の法的不透明さを排除し、余剰人員削減措置に従業員が提訴できる期間の制限を盛り込んだ法案を議会に提出する予定だ。

 テーラー氏は書簡で、フランスは全ての産業ビジネスを失う恐れがあるとし、仏北部のアミアンのタイヤ工場を買収しようとした際の厳しい状況を紹介した。同氏は「フランスの労働者は高い賃金を得ているが、働くのは1日にわずか3時間だ。休憩と昼食が1時間、おしゃべりが3時間、労働が3時間だ」とし、「私はこの事実を労組加盟の労働者に突きつけたが、彼らはこれがフランス流だと言った」と書いている。

 この書簡はフランスで強い反発を招いた。CGTの次期委員長であるティエリ・レパオン氏は「我慢にもほどがある」とし、「必要なのは閣僚ではなく共和国大統領の対応だ。大統領は仏国民への敬意を要求しなければならない」と強調した。

 グッドイヤーのタイヤ工場をめぐるトラブルは、アミアンの二つの生産施設の再編を決めた2007年に始まった。同社は、農業機器と乗用車向けのタイヤを24時間生産できるように勤務シフトを変更することを従業員に求めた。しかし従業員がこの提案を拒否したため、同社は402人を解雇する計画を明らかにした。従業員側は解雇は違法だとして提訴した。

 グッドイヤーの広報担当者Catherine Dumoutier氏によると、09年に自動車市場が世界的に落ち込むと、グッドイヤーは解雇計画を撤回し、タイタンとの間で、アミアン・ノール工場を含む欧州の農機用タイヤ生産工場の売却交渉を開始した。グッドイヤーは817人の解雇など新たなリストラ計画を提示したが、裁判所の承認を得ることはできなかった。

 テーラー氏はアミアン工場を2回訪れ、半分の従業員を2年間維持すると提案した。しかし、CGT加盟労働者はこれを拒否。7年間の職場確保を要求した。工場のCGT代表であるミシェル・ワーマン氏は「われわれはテーラー氏の計画には信頼が置けず、反発している」と述べた。

 モントブール氏の報道官によれば、タイタンは昨年9月、フランスの「厳しい社会風土」を理由に工場買収交渉から撤退した。同氏はタイタンの提案を受け入れるよう何カ月もCGTを説得し、年末には、状況は改善し、交渉のテーブルに戻れる、とテーラー氏に伝えた。

 一方で、グッドイヤーは工場閉鎖を決めた。操業が段階的に縮小される中で、乗用車向けタイヤの生産は1日約2000本にまで減少した。同工場は同2万1000本の生産能力があった。それにもかかわらず、フランスの法律は全ての従業員の雇用を続けることを同社に義務付けている。これは1日に2時間だけ働いて、賃金をフルにもらえることを意味する。これがテーラー氏を激怒させたようだ。

 同氏は書簡の中で、日本のブリヂストンに次ぐ世界第2位のタイヤメーカー、仏ミシュランは5年後には「フランスで生産できなくなるだろう」と書いている。これに対してモントブール氏は「タイタンの規模はミシュランの20分の1、利益も35分の1にすぎないことを思い起こしてほしい」とし、「これはタイタンがフランスで地歩を固めればどれだけ多くのことを学び、どれだけ多くの利益を得られたかということを示している」と強調した。

2013年2月21日 ウォールストリートジャーナル


アメリカにとって日本との「交渉」がいかに重要であるかがよく理解できる例です。モントブールさんはなかなか頑張っている様です。奥床しい日本の政治家にはとてもこんな事は言えません。たとえブリジストンがあってもです。

2010年度の世界ランキング   ※単位:百万ドル

 1位 ブリヂストン(日本) 24.425
 2位 ミシュラン(フランス) 22.515
 3位 グッドイヤー(アメリカ) 16.950
 4位 コンチネンタル(ドイツ) 8.100
 5位 ピレリ(イタリア) 6.320
 6位 住友ゴム(日本) 5.850
 7位 横浜ゴム(日本) 4.750
 8位 ハンコック(韓国) 4.513
 9位 クーパー(アメリカ) 3.361
10位 正新/マキシス(台湾) 3.356
11位 杭州中策ラバー(中国) 3.226
12位 クムホ(韓国) 3.025
13位 東洋ゴム(日本) 2.500
14位 三角グループ(中国) 2.258
15位 GITIタイヤ(シンガポール) 2.207
16位 アポロタイヤ(インド) 1.943
17位 MRF(インド) 1.739
18位 山東リンロン(中国) 1.428
19位 J・Kインダストリーズ(インド) 1.303
20位 ノキアンタイヤ(フィンランド) 1.261
21位 青島双星(中国) 1.233
22位 ダブルコイン(中国) 1.222
23位 アイオラスタイヤ(中国) 1.199
24位 ネクセンタイヤ(韓国) 1.157
25位 星苑タイヤ(中国) 1.040


タイタンは?そんなものは出て来ません。代わりにこんなものを見つけました。

米タイタンの超大型タイヤ、予想耐用時間の100分の1で使用不能に


8月24日(ブルームバーグ):タイヤメーカーの米タイタン・インターナショナル が目指していた超大型タイヤ市場参入が壁に突き当たっている。カナダのオイルサンド開発事業で利用されているトラックに装備されたタイヤが予想耐用時間のわずか100分の1で故障するケースが発生したからだ。

タイタンのモーリス・テイラー最高経営責任者(CEO)は電話インタビューで、圧力監視機器を設置するためのダンプトラックに装着される直径13フィート(約4メートル)のタイヤの生産を同社が一時停止したことを明らかにした。

同CEOによれば、英蘭系ロイヤル・ダッチ・シェルなどのエネルギー会社が加アルバータ州で進めるオイルサンド事業で利用されているトラック(積載重量400トン)のタイヤ4本が100時間利用後に使用不能となった。予想されていた耐用時間は最低で1万時間だった。

この超大型タイヤの価格は一本4万2000ドルで、シェル のムスケグリバー鉱山などに投入されたキャタピラー 製の797Bトラックに装着されていた。テイラーCEOは3月、超大型タイヤ市場への参入により売上高が5年以内に3倍に拡大するとの見通しを示していた。同CEOは、地元のディーラーが、利用開始時の空気圧を低くし過ぎたため内部の温度が上昇した結果、スチールベルトが分離したと説明した。

テイラーCEOは「地元のディーラーが7−10%のリベート(販売払戻金)を要求したが、その支払いを拒否した。支払わなければ彼らはタイヤから少し空気を抜くかもしれない。だれも見てはいない」と語った。ディーラー名は特定しなかった。

同社は改良した新タイヤを試験するため、オハイオ州ブライアン工場でのタイヤ生産ラインを8月第2週に停止した。テイラーCEOによると、生産は今月末までに再開する。

ニューヨーク市場でのタイタン株の24日終値は0.68ドル(7%)安の9.07ドルだった。

2009年8月25日 ブルームバーグ


「特定」もされず、「だれも見てはいない」ところの「地元のディーラー」なるものが空気を抜いたそうです。かなりヒドい言い掛かりですが、タイタンがミシュランに取って代わったらかなり恐ろしい事態になることが予想されます。なにしろ「地元のディーラー」なんてものはどこにでもいるんですから、タイタンのタイヤは空気が抜けっぱなしになる事請け合いであります。出来る事であれば、そのような影の如く暗躍し疾風のように現れて空気を抜いて去っていく「地元のディーラー」に付け狙われていないメーカーのタイヤを履きたいものですが、そんな事は許されません。安全基準も非関税障壁なのです。かわりに、死ぬと祭りのあとの淋しさがもれなく貰えることになっています。
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2013年02月22日

殺してみんなで忘れて明るい社会

3人死刑執行 凶悪犯罪の抑止につなげたい


 3人の死刑囚に対する刑が21日、執行された。昨年12月に発足した安倍政権の下で、初めての執行である。

 就任2か月で執行を命じた谷垣法相は、執行後の記者会見で「法の精神を無視するわけにはいかない」と述べた。死刑確定から6か月以内に刑を執行しなければならないと定めた刑事訴訟法を重視した発言だ。

 法相に課せられた重い職責を、粛々と遂行していく姿勢を示したと言える。

 民主党政権では、死刑の執行が少なく、約1年8か月にわたり途絶えた時期もあった。死刑制度に批判的な法相の就任が続いたためだ。その結果、確定死刑囚は今回の執行前で、戦後最多の137人に上っていた。

 死刑制度については、国際的には維持する国より、廃止か停止した国の方が多い。

 一方、日本では、内閣府の世論調査で死刑容認が85%を占めている。谷垣法相が「制度を現時点で見直す必要はない」と語ったのも国民感情を踏まえたものだ。

 国民が参加する裁判員裁判で死刑判決が出されるようになり、既に3人の死刑が確定している。そんな現状も考慮すれば、確定判決を精査した上で、厳正に制度を運用していくことが求められる。

 今回、刑が執行されたのは、2004年に奈良県で女児を誘拐し殺害した男や、08年に茨城県のJR常磐線荒川沖駅などで9人を殺傷した男らだ。

 いずれも、社会を震撼させた、卑劣かつ残虐な犯罪だ。被害者・遺族が受けた傷は大きく、処罰感情も厳しいものがある。

 奈良の誘拐殺人事件では、帰宅途中の小学1年の女児をわいせつ目的で連れ去り、遺体の写真を女児の母親にメール送信するなど、悪質性が際立っていた。

 殺害した被害者が1人であっても、凶悪な性犯罪では極刑を免れないという厳罰化の流れが明確に示されたケースだろう。

 奈良の事件は、死刑囚に性犯罪歴があったことから、再犯対策の検討を迫る契機となった。

 法務省は、子供に対する性犯罪の前歴者について、出所後の居住地情報を警察庁に提供するようになった。刑務所では性犯罪者に再犯防止プログラムを受講させ、感情をコントロールする方法を身に着けさせている。

 しかし、性犯罪の被害は後を絶たない。死刑執行は、凶悪犯罪の抑止が目的の一つであることを改めて考えたい。

2013年2月22日 黄泉売新聞瀉説


なんか滅茶苦茶な「社説」ですが、読売新聞社の説ですから仕方ありません。概ねいつもこんなもんだと思われますが、しかし、「性犯罪」と「凶悪犯罪」がいつのまにかゴッチャになって、しかもそのまま「結論」てゆーか、ある意味投げっぱなしの「結語」になだれ込んでいく辺りが混沌に向かって書き飛ばす勢いというものを感じさせます。

ここでひとつ捕捉しなければならないのは、あまり面白い事件ではないというので言及されなかった加納恵喜さんの件です。実際のところこれは面白くない、というのが不謹慎であれば言及するに相応しくない処刑であったと言えるでしょう。一審の無期懲役判決をわざわざ死刑にしたのは名古屋高裁の小出ロ一さんですが、その理由たるや

本件において通常の強盗殺人と異なる重要な事情としては,被告人が,原判示のとおり,女性が一人で経営する旅館に宿泊した上,その女性を本件と同様に電気コードで絞殺し,押入れに死体を隠匿し,遺棄するとともに,旅館内を物色して現金等を窃取したという本件と極めて類似した事犯を犯し,昭和58年に殺人,死体遺棄,詐欺,窃盗の罪により懲役15年に処せられ,満期近くまで服役しているという点を挙げなければならない。このように,かつて類似事犯による殺人等を犯し,服役して改善の機会を与えられているにもかかわらず,今回の強盗殺人の犯行に及んでいるのであって,故意により人命を奪ったのは2度目であることに留意せざるを得ない。被告人は,今回,強盗殺人という重罪を犯したにとどまらず,過去に貴重な人命を奪っているのであるから,その刑責は強盗殺人罪の中でも誠に重いというほかはない。


というもので、要するに前にもやったから、ということなんですが、既に処理済の案件を持ち出して来て乗っける、というやり方が果たして正当なものであったのかどうか、はなはだ疑問であります。それはむしろ被告人の「刑事責任」というよりは、懲役刑がその目的を果たせなかったという行刑の責任が問われるべきところでしょう。もっとも最高裁の才口千晴さんは、「重大」なる「刑事責任」について極めてアッサリと「是認」してしまったようです。まあ裁判官にとっては判決を出してしまった後のことなど知ったことではありません。

これについて言及を避けた『讀賣新聞』も、この点について疑義があるものと想像されますが、想像されません。実際には加納さんの事件は平凡なので「社会を震撼」させなかった、金川真大さんや小林薫さんの方が単に事件として面白い、ということだと思われます。そもそも殺害する死刑囚の選択が「話題性」とかによるものではないかと疑われるところですから、いわばそれを補ったと言うことが出来るでしょう。ということでまず第一段階で切り離されたのが加納さんでした。第二段階では金川さんが捨てられます。

というのも金川さんは「自殺は痛い。人にギロチンのボタンを押してもらう方が楽だから死刑を利用する」という人ですから、死刑があるから凶悪犯罪をすることになったんで、これでは死刑を「凶悪犯罪の抑止につなげたい」という『讀賣新聞』にとっては困るわけです。ですから詳しいことは書かないことにしました。あとは読者の無知に期待するしかありません。日頃から『讀賣新聞』を熟読している忠実な読者であれば、多分大丈夫でしょう。

大新聞の社説に取り上げてもらう基準はかくも厳しいものなのです。お眼鏡にかない、最後まで生き残ったのは小林さんです。別に生き残ってはいませんので「死に残った」とか言うのかも知れませんが、『讀賣新聞』が取り上げるに足ると評価したのは小林さんだけなんですから、誇りを持って良いと思います。もっとも、その取り上げ方はかなり「身勝手」なものです。なにしろ小林さんの件は、「厳罰化の流れが明確に示されたケース」ではありません。

一審判決で何かが「明確に示された」はどうかと思いますが、元はと言えば小林さんが自分で控訴を取り下げてしまったんで確定しちゃったわけです。小林さんは後になって控訴取下げ無効とか主張し出したわけですが、そうは問屋が卸さない。もっとも、上級審で判断したのは控訴取り下げの有効性であって、一審の死刑判決自体に対する判断を行なったわけではありません。死刑判決を是認したから控訴取り下げを有効と判断したとか、判決が不当であると思ったら控訴取り下げを無効にしちゃうとか言う話ではないのです。

そんな問題を孕みつつ、「社説」は小林さんにちなんで「性犯罪」の話題に飛びます。3人殺しておいて行きつく先は「性犯罪」の「再犯対策」なんですから竜頭蛇尾の感は免れませんが、最後には「性犯罪の被害は後を絶たない」と書いてしまいました。「後を絶たない」ところの「性犯罪の被害」が、「再犯」によるものなのかどうか、ここまで来ては全く不明、というかもはやどうでも良いことなんでしょう。とにかく今日も電車やオフィスや道場や道場や道場で「性犯罪の被害」が「後を絶たない」のです。それは間違いありません。だからやっぱり死刑なのです。

考えてみれば「性犯罪」に限らず、ちょっとした窃盗や暴行であっても、被害者にとっては「凶悪犯罪」に違いありません。新聞の社説なんですからもうちょっと客観性というか、落ち着いて書いた方が良いと思いますが、しかし、そんな細かいことを言っていては最後のパラグラフの意味が通りません。全ての犯罪は凶悪である、したがってあらゆる犯罪に死刑を、というのが『讀賣新聞』の結論であるらしく思われます。

もっとも、ここでひとつの問題があります。「死刑執行は、凶悪犯罪の抑止が目的の一つであることを改めて考えたい」わけですが、「凶悪」極まる「性犯罪の被害は後を絶たない」のです。つまり死刑はその目的を果たしていないんですが、そのことを「改めて考えたい」んだそうです。どうしてこんなことを書いてしまったのか理解に苦しみますが、まあ多分軽く書き飛ばしただけでしょう。そんな心の隙に、無視された加納さんの呪いが侵入します。切って捨てたはずの「行刑責任」の問題が回帰してしまったのです。被害者の命が加害者の命に取り憑いているように、あえて無視した論点は消えずに残っているのでした。そこで書かれていない結論は、死刑ってのは無責任じゃないか、ということになるんですが、これは別に谷垣さんのせいではありません。
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2013年02月18日

パンツがパリパリ、変人たちの二日間

社会調査:働き盛りで「孤立無業」162万人に


 20〜59歳の働き盛りで未婚、無職の男女のうち、社会と接点がない「孤立無業者」が2011年時点で162万人に上るとの調査結果を、玄田有史・東大教授のグループが17日までにまとめた。景気低迷に伴う就職難やリストラなどが響き、06年(112万人)と比べて4割強増えた。

 職探し中の孤立無業者は半数にとどまり、事態改善に向けた動きは鈍い。玄田教授は「孤立に陥ると職探しへの意欲が失われがちだ。今は家族が支えても将来、経済的に厳しい状況に陥る」と指摘。生活保護費など社会保障費の増加を抑えるためにも、訪問支援など政府や自治体による対策が急務だと訴えている。

2013年2月17日 共同


「ニート」はもう古い、これからは「スネップ」だ!と言ってみたところで今更誰が乗ってくるのか知りませんが、玄田さんによればとにかくそういうことなんで、まあこういった些末な情報でも知っておいた方が良いのかどうなのかよく分かりません。

分かりませんが、これも2012年の6月頃に提出された「新概念」です。玄田さんが自分で言っているんですから、これが「新概念」であることは間違いないんですが、そのころ雇用政策の辺りで何かあったらしい模様です。特に新ったらしいわけでもない何かが。

孤立無業(SNEP)について
―総務省『社会生活基本調査』匿名データによる分析―


【要約】

孤立無業(Solitary Non-Employed Persons: SNEPスネップ)とは「20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚者で、ふだんの就業状態が無業のうち、一緒にいた人が家族以外に連続2日間いなかった人々」を指す新概念である。総務省統計局『社会生活基本調査』匿名データを用いて集計したところ、孤立無業は2006年時点で100万人を超え、過去10年間に45万人の増加をみせている。スネップは、テレビの視聴時間等や睡眠時間が他の無業者に比べて長く、家族を含めた誰とも一緒にいない一人型の孤立無業ほどその傾向は強い。他者と交流のない分、家事時間が長くなるのは、家族と一緒にいる家族型の孤立無業のうち、女性のみである。スネップは電子メールなどインターネットの利用も少なく、パソコンゲームやテレビゲームの利用頻度も特別に多いとはいえない。過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを一切経験していないことも多く、孤立無業は総じて社会から距離を置いた生活を行っている。スネップは求職活動、就業希望、仕事につくための学習のいずれにも消極的であり、家族型の孤立無業ほどその傾向は顕著である。孤立無業の増加は、生活保護受給者の更なる増加など、社会の不安定化と財政負担の要因となり得るものであり、アウトリーチ活動の充実や福祉から就労への移行支援など、早急な政策対応が求められる。

(問い合わせ先)
〒113−033
東京都文京区本郷7−3−1
東京大学社会科学研究所
玄田 有史
e-mail: genda@iss.u-tokyo.ac.jp


「連続2日間」というのも、考えてみればスゴい定義づけでして、風邪でもひいて寝ていれば「2日間」くらいは簡単に過ぎてしまうんですから「スネップ」に入れてもらえるかどうかは時の運というものでしょう。まあしかし、これは一種の誠実さというものです。これは総務省の『社会生活基本調査』のデータを分析して「新概念」を探し当てたものなんですし、その『社会生活基本調査』というのは「2日間」分しかやっていないのです。

具体的にはこれは2006年の調査結果を使用していて、そこでは「同年10月14日から22日のうち、指定された連続する2日間の生活時間についての回答が求めら」ていたわけです。で、今回の報道は2011年の調査結果を使って「新概念」を応用してみました、という話です。「連続する2日間」というのは「指定された」もんですから、その頃たまたまヒマだった人も相変わらず算入の栄に浴しています。

1日くらいはうっかり過ごしても良いんですが、2日となると社会的な問題になるようなので注意が必要です。そしてその「運命の2日間」の過ごし方の結果、誠に斬新きわまる「新概念」が僕たちに共有されるに至ったというのも、いかなる前世の罪によるものなのか、どうでもいい話しではあります。

もっとも、「スネップ」という、いささかキャッチー過ぎるネーミングが新聞紙上を賑わすには至らなかったのは残念至極であります。実際のところ、「スネップ」には、狙い過ぎの感がなきにしもあらずです。これは「背の低い音痴の集団」という芳しくない連想をもたらすものでもあり、ジャイアンの子分の様な登場人物をも思い起こさせる可能性もあります。「臑齧り」なんて言葉も安易に連想されます。「スネップ」は、いわば「国民的な」負の烙印を押されていると言うこともできるでしょう。

「ニート」の続編なんですからそれで良いのかも知れませんが、狙いすぎた続編が概ね駄作とされるのは世の常でありまして、玄田さんの「続編」も甚だ残念ながらその選に漏れないようです。特に「生活保護受給者の更なる増加など、社会の不安定化と財政負担の要因となり得るものであり、アウトリーチ活動の充実や福祉から就労への移行支援など、早急な政策対応が求められる。」などという「提言」は同音異曲の誹りを免れ得るものではなく、「新味のなさ」において凡百の「続編」の規範となりうるのではないかと疑わせるほど、魅力に欠けているのは如何ともしがたいものがあります。

とはいうものの、ここには図らずも滲み出るヘンなところがないわけではありません。実際、この「スネップ」の特徴たるや、かなり「特殊」なものであると言わざるを得ません。

スネップは電子メールなどインターネットの利用も少なく、パソコンゲームやテレビゲームの利用頻度も特別に多いとはいえない。過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを一切経験していないことも多く、孤立無業は総じて社会から距離を置いた生活を行っている。


しかしながら、「過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを一切経験していない」労働者などはザラにいるでしょう。仕事関係の人を除けば「一緒にいた人が家族以外に連続2日間いなかった」なんてことも珍しくないのではないでしょうか。ビンボー人は「社会から距離を置いた生活を行」わざるを得ないのです。

要するにこれはまるでそこら辺に沢山いる人々の生活に過ぎません。よほど大企業にお務めで高給と休暇に恵まれ、カヌーで強風に荒れ狂う海に乗り出したりする人ならともかく、大多数の労働者の「生活」はこんなもんでしょう。

それで、「スネップ」がビンボー労働者諸君と何か変わったところがあるとすれば、それは「無業」ということです。言い換えれば、「スネップ」とは労働者から就労を差し引いたものです。差し引かれた分の時間は労働者が渇望しているもの、即ち「テレビの視聴時間等や睡眠時間」に充てられています。「スネップ」は僕たちと違うところがあまりにも少なすぎます。ほとんど「フツーの人」と言って良いくらいです。

実際のところ、これでは「スネップ」の悪口を言おうにも言うことができませんので、「ニート」ほど金にならない可能性があります。なにしろ、あの「特別な2日間」だけを取り上げれば、それは「連休を取った労働者」の姿と区別することができないのです。もっとも、連休を取るなんて夢のようだ、という労働者諸君も多いことでしょうが、それもそのはずです。そうでなければ「スネップ」などというものは存在しないのです。
posted by 珍風 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月15日

人を入れるとキチガイになって出てくる箱にキチガイを入れてみる

精神障害者の雇用義務化へ 厚労省、改正案概要提示


 厚生労働省は13日、企業に精神障害者の雇用を義務付けることを柱とした障害者雇用促進法改正案の概要を自民党厚生労働部会に示した。4月上旬にも今国会に改正案を提出、成立させ、2018年4月からの実施を目指す。

 現在、企業に対する雇用義務の対象は身体障害者と知的障害者に限られている。しかし精神障害者の新規求職者数は11年度に約4万9千人に達し、02年度の7・8倍に急増。就労意欲が高まっていることを踏まえ、制度改革に乗り出す。

 民間企業で働く障害者数は12年度まで9年連続で過去最高を更新しているが、雇用義務の対象を精神障害者にも広げることで障害者の社会進出が一段と進みそうだ。

2013年2月13日 共同


これは厚生労働省が去年の6月頃から言い出してるんですが、まず第一に国は福祉を放棄して企業に押し付けます。しかし第二に、「義務化」といったところで不履行に対する責任追及もついでに放棄してますから、結論としては単に「精神障害者」本人が社会から放棄されるだけなんですが。

まあそういうわけで、「精神障害者」の中には障害を隠して働いている人も多いようですから、企業の人事担当者はまず社内で対象者を捜すことから始めると良いでしょう。まあ、障害者である社員が今まで隠していたものを開示してくれるかどうかは分かりません。常に存在するクビ対象者リストの順位が上がることは必定であります。

てゆーか企業では「精神障害者を雇用」するどころか、「雇用して精神障害者にする」という形でこの問題に答えていますが、一カ月前の『東京新聞』の社説がどうかしています。

障害者雇用 超氷河期どころでない

 
 超氷河期と予想される大学生の就活が本格化したが、それ以上に厳しいのが障害者の雇用だ。法定雇用率を守らない企業は半数を超える。障害者もいきいきと働く場を提供するのは企業の責務だ。

 国内の障害者の人数や雇用の現状がどのくらい理解されているだろうか。障害者手帳の発行数によると、身体障害者が約三百七十万人、知的障害者が約五十五万人、精神障害者が三百二十五万人の計七百五十万人。国民のおよそ6%にあたる。

 これに対し、働く障害者は約三十八万人(従業員五十六人以上の企業、厚生労働省調べ)しかいない。手帳交付者数のたった5%だ。障害者が通う特別支援学級を卒業しても、就職できるのは三割にすぎず、七割は自宅に引きこもってしまったりグループホームで集団生活を送る場合が多い。職業訓練を受け企業で十分働ける人も多いのに、雇用が進まないのは企業の理解や知識不足のためだ。

 障害者の雇用促進法は現在、従業員五十六人以上の企業に対し、障害者を1・8%以上雇うよう義務づけている。しかし、達成した企業は約47%と半数に満たない。四月からは義務が強化され、「従業員五十人以上の企業に雇用率2・0%以上」になる。

 未達成企業のうち、たび重なる指導でも改善しない場合は企業名を公表されるが、公表企業数は毎年一ケタ台だ。これは「改善を約束して公表を免れ、実際は未達成なまま」の企業が多数存在するということだ。このような「法律違反」を放置している現状は明らかにおかしい。

 法定雇用率を未達成の企業(同二百人以上)から、不足分に応じ一人につき月五万円を徴収する「障害者雇用納付金」制度がある。このため、お金(納付金)で解決できると理解する企業も多い。障害者受け入れ企業には同納付金を原資とした助成金や報奨金制度もある。厚労省は企業側へ一段の説明や指導を尽くすべきだ。

 企業に望みたいのは、発想を根本から見直すべきだとの点だ。形だけの社会貢献事業など見透かされる時代である。

 これまでの健常者、障害者と区別するのではなく、共生する存在、互いに高め合う存在ととらえる。障害者がいきいきとして働く姿を見て、周りの社員がやさしくなったり、さらに頑張るといった好循環が生まれる。取引先や消費者へと、支援の輪も広まっていくはずである。  

2013年1月16日 東京新聞社説


「障害者もいきいきと働く場」では、きっと「障害者でない人」も「いきいきと働」いているんでしょうけど、そんなところはどこにも存在しません。確かにそれは「企業の責務」かも知れませんが、雇用や労働の分野では「法律違反」がいささか過剰なまでに「放置」され続けていることを知らない人はいないでしょう。この点ではほとんどの企業は「反社会的勢力」です。そして困ったことに自らが「反社会的勢力」であるという自覚がありませんので、ヤクザよりも「社会貢献事業」とは縁遠いものです。「形だけの社会貢献事業など見透かされる時代である」ことは分かっていますが、企業はもはや「社会貢献」などはしていません。企業が社会貢献をしなければならないとか言われていたのは遠い昔の話です。今では「形だけ」どころか「影も形もない」という状態でしょう。

ここで特に馬鹿げていると思われるのが、「厚労省は企業側へ一段の説明や指導を尽くすべきだ」とされている「助成金や報奨金制度」です。これは何と障害者を雇用しない企業から徴収する「障害者雇用納付金」を、障害者を雇用する企業に配る、ということの様で、その仕組み自体も何だかヘンなんですが、これが「一人につき月五万円」だというわけです。一人雇用すれば賃金や保険で月50万くらいかかるんですが、雇わないと10分の1で済むという大変耳寄りな情報です。ナント月に45万円くらいお得。全くもってこれを利用しない手はありません。

「企業に望みたい」ことが何かある様ですが、言うだけなら別にタダですから言っておれば良いでしょう。どうせ聞いていやしませんし、「フォーミュラがあり、それに沿った形で決まってしまう」のです。言い換えれば、何もしません。と、ゆーよーなことは、この「社説」書いた人にはもちろん分かっている

 これまでの健常者、障害者と区別するのではなく、共生する存在、互いに高め合う存在ととらえる。障害者がいきいきとして働く姿を見て、周りの社員がやさしくなったり、さらに頑張るといった好循環が生まれる。取引先や消費者へと、支援の輪も広まっていくはずである。


はずです。脳天気なまでに絶望的です。
posted by 珍風 at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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