2013年02月12日

30年後に野生化完了

自民・小泉 進次郎議員らが福島県視察 復興に取り組む姿勢強調


自民党の小泉 進次郎青年局長は、2012年の衆議院選挙で当選した新人議員らとともに福島県を訪れ、復興に取り組む姿勢を強調した。

自民党の小泉青年局長は「皆さんが戻れる状況を1日も早くつくらなけらばいけません」、「全国から集まったこの青年世代が、皆さんの真に喜ぶ復興の日まで、必ず責任をもって見届けます」と述べた。

小泉氏は、自民党青年局に所属する国会議員や地方議員ら、およそ150人とともに、福島県を訪れた。

楢葉町の「Jヴィレッジ」では、東京電力から、原発の現状や廃炉に向けた取り組みの説明を受け、作業員らを激励した。

また、小泉氏らは地元NPO(民間非営利団体)法人の活動に参加して、楢葉町の国道に復興への願いを込め、桜の苗木を植えた。

小泉氏「30年後、還暦を迎えたら、花見に来ますよ」
NPO法人「ハッピーロードネット」の西本 由美子理事長「もう還暦なんだけど、わたし」
小泉氏「僕、30年後、還暦だから...」
西本理事長「わかった! その時、わたしがぼけてないかぎり、一緒にここで酒を飲もう」
小泉氏「じゃあ、90歳と60歳で飲みましょうね」

小泉氏らはこのあと、浪江町の警戒区域内に入り、地震によって倒壊した伝統工芸品の焼窯の現場や、野生化した牛を飼っている牧場などを視察した。

小泉氏は「3度目の正月を、希望なくして、過ごさせるようなことはしないと、その決意を強くしたところです」と述べた。

小泉氏は、東日本大震災を風化させないとして、今後も毎月11日に被災地を訪れる方針。

2013年2月11日 FNNニュース


「野生化した牛」を「飼っている」って何のことなのか、飼われているんなら野生化ではないでしょう。正確に言ってこれは「被曝した牛」です。被曝すると野生化するというのなら、僕らはみんな野生人。殴る蹴るの暴力沙汰もなるほど当たり前の話です。

被曝牛を飼育している「希望の牧場・ふくしま」というプロジェクトがあるわけです。これには吉沢さんちのエム牧場の他いくつかの牧場が協力していて、小泉餓鬼は浪江和牛改良友の会代表山本さんの牧場に行った様です。

ところで、小泉餓鬼が一緒でない場合、てゆーか「牧場を訪れる小泉餓鬼」を取材するのではなくて「牧場」そのものを取材しようとする場合、なかなか難しい問題があるようで

東日本大震災:福島第1原発事故 まもなく2年 警戒区域の取材、明文化されず規制−−現状報告


 吉沢さんと弁護団によると、吉沢さんは昨年5月31日、ジャーナリスト数人をトラックに乗せ、浪江町など警戒区域に立ち入り取材させた。取材を終えた午後3時ごろ、同町と南相馬市の境の国道6号上の検問所で、警察官に約2時間職務質問された。その後、南相馬署に移動し、さらに4時間、事情聴取されたという。同行のジャーナリストは許可を得ておらず、警察官から「(車への)同乗が違法行為にあたる」と警告された。その後、吉沢さんらは3度、南相馬署で任意に事情聴取され、ジャーナリストの取材先も事情を聴かれた。

 ジャーナリストや吉沢さんに「許可が必要」との認識はあったが、許可申請には時間がかかり、吉沢さんらは「緊急性のある取材だった」と主張している。

 一方、町は吉沢さんらに対し「マスコミ等の取材は一切同行させない」「作業内容をインターネットなどで広報する場合は町の許可を得る」など、他の立ち入り許可者とは明らかに異なる特別な同意書の提出を要求。吉沢さん側から公開質問を受け、町が昨年5月31日付で撤回する一幕もあった。吉沢さん側はこうした町のやり方を「妨害行為だ」と反発してきた。

 今回捜査対象となったジャーナリストはフリーの数人だった。取材許可がなかなか下りないことに業を煮やした吉沢さんは、これまでもテレビ局や新聞社を含む多くの記者を無許可で同行させたこともあるという。その結果、無人となり荒廃する警戒区域の様子が多数発信されたのも事実だ。

2013年2月9日 毎日新聞


で、原子力災害対策本部によれば「一時立入許可」を出すのは
(1)立ち入りができなければ著しく公益を損なうことが見込まれる者
(2)警戒区域に居住する者であって当面の生活上の理由により一時立ち入りを希望する者
なんだそうですが、この「公益」というのが例によって意味不明でして、「地元業者のため」と解釈されるそうなんですが、それはしかしどう考えても「私益」でしょう。何だかわかりませんが、例えば自民党の宣伝をすることは「公益」だったりしますが、これだって「私益」です。

『毎日新聞』の泉谷由梨子さんによれば「「報道は公益」との解釈が政府、自治体間で統一見解となりつつある」んだそうですが、それでも「現在も自治体への許可申請は必要だが、自治体職員の立ち会いの下での取材や一時立ち入りの町民への同行取材は可能」という状態なんだそうです。

「自治体職員の立ち会いの下での取材」が「取材」だと思っているんですからオメデタイ人ですが、オメデタイのはそればかりではありません。「報道は公益」との解釈が政府、自治体間で統一見解となっているかと言うと大間違いだったりします。何が「現状報告」だかわかりません。

気になる点をふたつ忘備録まで、、

法律をみると、警戒区域への立ち入り許可は自治体の長が認可するとあるが、
実質は、オフサイトセンターの同意がなければ、自治体単独で発行できないのが現状だ
「オフサイトセンターの審査が通らないと発行できない」
「許可を出しているのはオフサイトセンター」
「オフサイトセンターが警戒区域をしきっている」
これはどれも自治体の職員の言葉
オフサイトセンターの不当なルールが、法律を超えて、警戒区域の立ち入り許可に重大な影響力を及ぼしていることは確かだ
わたしたちが今回提出した立ち入り申請内容についても、浪江町は当初から、
「問題ありません。ですがオフサイトセンターの同意がなければ発行できません」と明言している
きょうのオフサイトセンター職員からは
オフサイトセンターの同意なしに馬場浪江町長が立ち入りを許可することは認めれない
ともとれる発言があった

ふたつめ、、

オフサイトセンターは、希望の牧場のメンバー数名の職業がジャーナリストだという理由で
立ち入りを認めない、と言ってきた
ある新聞社記者も職業を理由に立ち入りが認められなかったという
いずれの場合も職業について自己申告はしていない(立ち入り者名簿に職業欄はない)
オフサイトセンターはどのような方法で立ち入り者の職業を特定し、いかなる理由でジャーナリストを排除しているのか
排除リストでもあるのか

2013年1月23日 希望の牧場〜ふくしま〜Official BLOG
http://fukushima-farmsanctuary.blogzine.jp/blog/2013/01/post_0e12.html#more


「職業がジャーナリストだという理由で立ち入りを認めない」んだそうですから、オフサイトセンターでは「報道は公益」だとは思っていないようですし、そればかりか誰が「ジャーナリスト」であるかヒソカに調査して、テッテ的に排除することにしているようですから、忠良な国民は牧場のことを知ってはなりません。もっとも小泉餓鬼が牧場に行ったことは知っても良いんですが、その場合は「被曝」は「野生化」と言い換えられることになります。ということはつまり、小泉餓鬼はそのうち「野生化」するということです。そういえばサルみたいな顔になってきた。


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2013年02月11日

カステラ一発 電話で二発 三発殴れば無抵抗

乱暴な人もいればいるもんですが、そんな人の親の顔が見たい様な気がしないでもありません。思えば皮肉な名前です。いや、むしろ深いと言うべきか。

「体罰全否定して教育はできない」伊吹衆院議長


 伊吹文明衆院議長は9日、自民党岐阜県連主催の政治塾で、スポーツ指導や教育現場の体罰に関し「体罰を全く否定して教育なんかはできない。この頃は少しそんなことをやると、父親、母親が学校に怒鳴り込んでくるというが、父母がどの程度の愛情を子に持っているのか」と述べた。出席者の質問に答えた。

 伊吹氏は「何のために体罰を加えるのかという原点がしっかりしていない。立派な人になってほしいという愛情をもって体罰を加えているのか、判然としない人が多い」と指摘した。

2013年2月9日 産經ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130209/stt13020918470007-n1.htm


例によって「自民党岐阜県連主催の政治塾」という内輪の場所ですから、それはもう文明でも何でもついつい好きなことを口走ってしまう野蛮な場所です。それは良いのですが、「文明」さんによると、「体罰を全く否定して教育なんかはできない」んだそうです。暴力を振るわないと「教育」が出来ないということなわけですが、その脈絡に、「文明」さんは「愛情」というコンセプトを導入しています。

「愛情」と「教育」との間にどんな関係があるのか定かではありませんが、産經ニュースさんはこの記事に「「愛のムチ$M頼関係は一方的な思い込み」理不尽が再生産」という記事へのリンクを張っています。それはこんなもんで、

【「体罰」を考える】
(15)「愛のムチ$M頼関係は一方的な思い込み」理不尽が再生産
(1/2ページ)[体罰問題]

 小欄に寄せられたお便りでは、スポーツ指導での体罰について、否定的な意見が圧倒的に多い。肯定派には「体罰をバネに部活動を乗り越え、社会に出ても折れない気持ちを得ることができた」といった声が少なくないが、大阪市浪速区の福祉施設職員の男性(34)は「確かに社会に出れば耐えなければならないこともある。しかし、体罰を受けなくても強い気持ちを持っている人はたくさんいる」と指摘していた。

 横浜市の女性会社員(32)は「社会が理不尽だからといって子供に肉体的苦痛を与えていいという理由にはならない。理不尽が再生産されるだけだ」とし、体罰を“愛のムチ”ととらえる意見について「信頼関係の有無は、当事者の片方の一方的な思い込みの可能性がある」と反論する。

 信頼関係をめぐる問題は、柔道女子日本代表選手らに対する暴力・暴言でも浮き彫りとなった。

 「信頼関係ができていると、自分自身が一方的に解釈していた」。そう語った園田隆二前監督に対し、問題を告発した15選手は、4日の声明文で「指導の名の下に、または指導とは程遠い形で行われた暴力行為やハラスメントにより、私たちは心身とも深く傷つきました」と告白。「選手、監督・コーチ、(全日本柔道連盟の)役員間でのコミュニケーションや信頼関係が決定的に崩壊していた原因と責任が問われなければならない」と訴えていた。

2013年2月8日 産經ニュース
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130208/wlf13020811140009-n1.htm


「愛情」が「一方的な思い込み」である様な事態は、「社会に出」なくてもイヤという程思い知らされるわけですが、まあ人にもよるんでしょうが、ただしイケメンに限るというわけで、確かにこの点について納得のいかない人は世の中に沢山いる様でして、

伯母の元交際相手が自殺 長野、19歳男性殺害


 長野県飯田市の住宅で住人の鹿島田淳さん(19)が殺害されていた事件で、同県泰阜村の林道に止まっていた乗用車内から、鹿島田さんと同居する伯母の元交際相手の遺体が見つかっていたことが11日、捜査関係者への取材で分かった。

 車内に練炭が残されていたことから、飯田署捜査本部は自殺とみている。元交際相手の男は30代で、伯母はストーカー被害を受けていると飯田署に相談しており、捜査本部は殺人事件との関連を調べる。

 捜査本部によると、10日午前に「変なところに車が止まっている」と通行人から通報があり、警察官が乗用車の後部座席で横たわっている遺体を見つけた。

 鹿島田さんの遺体は9日午後6時45分ごろ、警察官が発見。死因は頭部打撲による頭蓋内損傷だった。伯母が午後3時ごろ、「元交際相手から暴行され、子どもと一緒に車で連れ回された」と通報し、保護されていた。

2013年2月11日 産經ニュース


どうもこの「伯母さん」は「元交際相手」の「暴行」が他ならぬ「愛情」であるという、「文明」さんにとっては自明の理屈が理解できなかった様で、オマワリさんなどに相談していた様ですが、どうやら「元交際相手」の「愛情」の犠牲になったのは甥っ子だったということのようです。どんな「愛情」だか見当もつきませんが、「産經ニュース」的に言えば、要するにこの「伯母さん」が「元交際相手」の「愛情」に答えて殺されていれば良かったわけです。

というのも、「産經ニュース」によれば、問題は「当事者の片方の一方的な思い込み」なんですが、実はこの書き方では問題の所在がハッキリしません。問題があるのは当事者のうち「思い込」んだ方なのか、それとも「思い込み」に答えることによって「信頼関係」を築く事を拒否したもう一方の当事者なのか。

ここでは暴力に「愛情」という正価値を導入することによって、被害/加害関係を逆転し得る可能性が示されています。学校の先生や園田さんは「愛情」をもって相手に接するという、紛れもなく正しいことをやっているのです。「元交際相手」にしてもこの点では同じでしょう。だとすれば、問題はむしろ「愛情」に答えず、自殺してしまったり「問題を告発」してしまったりした方にあるのではないか。「伯母サン」が黙って「元交際相手」の「愛情」を受けていたら、淳さんは殺されずに済んだのではないか。

これが「産經ニュース」ならではの論点でして、要するに「信頼関係が決定的に崩壊して」いなければ暴力をふるって構わないではないか、「父母がどの程度の愛情を子に持っているのか」、「愛情をもって体罰を加えている」ことが「判然と」すれば暴行を加えようが、殺してしまっても良い、というわけなのです。

どうも日本では「愛情」というのはこういったSM以外の何ものでもない様なのですが、そういった意味では、自慢じゃありませんが僕は誰にも「愛情」を持ったことはありません。むしろ壁や床下に何が隠されているか「判然」としない「文明」さんの身辺を洗った方がいいかも知れませんが、しかし、そんなヤバい「愛情」をもってなされる「教育」なるものについては、「産經ニュース」はかなり明解に説明していません。

「体罰をバネに部活動を乗り越え、社会に出ても折れない気持ちを得ることができた」という「肯定派」の「声」に対して、ここでは充分な反論がなされていません。なるほど「体罰を受けなくても強い気持ちを持っている人はたくさんいる」という「大阪市浪速区の福祉施設職員の男性(34)」の「指摘」を伝えているものの、これはむしろ逆でしょう。暴力に馴らされていないからこそ暴力による侵害に対して「強い気持ち」を持てるのではないでしょうか。

あるいは、「社会が理不尽だからといって子供に肉体的苦痛を与えていいという理由にはならない。理不尽が再生産されるだけだ」という「横浜市の女性会社員(32)」の御意見についてはどうでしょうか。これも残念としか言いようがありません。なにしろ、実際の話、「社会」は別に「理不尽」ではありません。

「理不尽」とは「デジタル大辞泉」によって「道理をつくさないこと。道理に合わない こと。また、そのさま。」と定義されます。ちなみに「道理」とは「物事の正しいすじみち。」ということになっています。しかし「社会」は32歳の女性会社員を「理不尽」に扱ってはいないのではないでしょうか。確かに何かヒドい目に遭っているのかも知れませんが、それは何らかの目的に沿って、「正しいすじみち」にしたがって行なわれているのではないか。

同様に、学校の先生は何の理由もなく「子供に肉体的苦痛を与えて」いるわけではありません。まあ大抵はそうでしょう。そうでない人もいるかも知れませんが、そういう人も実際にはオリジナル過ぎる「道理」に従って行動している場合が多いものです。しかし多くの場合は、「体罰」は「道理」を尽くして、目的合理的に行なわれます。その「目的」とは、言うまでもありませんが、おそらく「教育」でしょう。

「教育」とは何だか知りませんが、とにかく何か良いものであるということなので、それを与えることは「愛情」に満ちた行いであり得ます。ここで「子供に肉体的苦痛を与え」ることが「愛情をもって」行なわれるためには、暴力による抑圧によって対象の服従的態度を引き出すことが「教育」の目的と矛盾しないことが必要となります。

つまり「愛情」をもった「体罰」が「教育」に必要とされる場合、その「教育」は教育対象を暴圧することを目的とする、ということが「産經ニュース」によって明らかとされているわけです。「文明」さんが暴力抜きで「教育なんかはできない」というのは正に「道理」に適ったことであり、「理不尽」でも何でもありません。それどころか暴力は「教育」の本質である、と言うことも出来るでしょう。残る問題は「教育なんかはできな」くなったとして、だからどうなんだ?という点ですが、そんなことは「文明」さんにとっては自明でしょう。すくなくとも「教育」される側にとっては何の問題もありません。
posted by 珍風 at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月06日

武士道でごめんなさい

AKB峯岸さん丸刈り謝罪 欧米メディア仰天 CNN「武士道、軍隊の一面」 BBC「全体主義、戦時下?」


 【ワシントン宮崎昌治】アイドルグループAKB48の峯岸みなみさん(20)が動画サイト「ユーチューブ」に丸刈り姿で登場し、男女関係を謝罪したことを、欧米の主要メディアが次々と取り上げている。「丸刈りは悔悟の念を示す日本の伝統的な方式」と説明しながら、武士道と結び付けたり、「全体主義の国家のようだ」と批判する声を紹介したりしている。

 「若いポップスターが武士道のおきてを破ったら」−。米CNNテレビは4日、東京発で「丸刈り騒動」を報道。冒頭、泣きながら謝罪する峯岸さんの動画を流し、「この丸刈りと謝罪は、サムライが名誉を取り戻そうとしているように見えるかもしれない」と紹介。

 AKB48という「アイドル帝国」は中国、台湾、インドネシアなどに進出する領土的野心も持っているとし、「彼女が破った恋愛禁止という武士道精神は、軍隊のような一面をのぞかせた」と報じた。

 英BBC(電子版)も、AKB48が「日本語で『カワイイ』というキュートさを演出し、日本やアジア各国で大ブレークを起こしている」と紹介。「ファンの幻想を壊さないために男性とのデートを禁じている」とし、峯岸さんが今回の件の罰として降格処分を受けたことも報道。「彼女には恋愛する権利がある」「戦時下や全体主義国家のようだ」という日本国内の批判的な声を取り上げた。

 英紙ガーディアン(電子版)は「丸刈りが悔恨の念を示す日本の伝統的な方法だとしても、20歳の女性がボーイフレンドと一晩過ごしたというだけの“罪”で取る行動としては行き過ぎだ」と疑問視している。

2013年2月6日 西日本新聞朝刊


武士が頭を坊主にして謝罪したなど聞いたことはなく、どうもガイジンは無知で困ります。もっとも、それほど言葉の正確な用法に目くじらを立てる必要もないのかも知れません。アチラでは「武士道」という言葉で、極東の野蛮国の奇妙奇天烈な風習の理解し難い側面を表現しているのかも知れません。たしかに、そう言われてみればそんなモンかも知れません。実際、「武士道」は日本国内ですらエキゾチックです。

そうすると秋元さんの「領土的野心」はアメリカやイギリスの方まで射程に入れることが出来そうです。「Samourai」はもはやアラン・ドロンだけのものではありません。キュートでキンキーな「サムライ・ガールズ」がヨーロッパで切腹ショーのツアーを行うのもそんなに遠い日ではないことと思われます。

この日本特産品は次に柏木由紀さんを用意しているんだそうで、なんでも峯岸みなみさんや明日花キララさんと一緒になってセレッソ大阪の人と合コンをやっていたという話ですが、しかし坊主の次はどうしたら良いのか。とりあえず四肢切断だな。

森美術館館長
  南條史生殿
  謹啓
 私たちは貴館において現在開催されている「会田誠展 天才でごめんなさい」に関して、以下の抗議文を提出するとともに、今回の展覧会に関して、貴館のご意見を直接おうかがいしたく話し合いの場を持っていただくよう強く申し入れします。

森美術館への抗議文

 貴美術館が現在公開している会田誠展において展示されている「犬」シリーズなどの一連の作品に対して、またそれらを公開している森美術館に対して、私たちは以下の強い抗議の意志を表明します。
 この「犬」シリーズで描かれている少女たちは、全裸で四肢を切断され(両手は手首より先が、両足は膝より先が切断されている)、その切断部分に包帯が巻かれた状態で、首輪をつけられ、四つんばいなどの姿勢をとらされ、作品名もずばり「犬」となっています。さらに、これらの作品の中で少女は微笑んでおり、このような性的拷問を楽しんでいるように、あたかもそれが自分にふさわしい扱いであるかのように描かれています。またこの「犬」シリーズ以外でも、少女が食べ物として体を開かれ、焼かれているもの、大量の少女ないし女性がジューサーの中でつぶされているもの、などが多数展示されています。
 これらはまず第一に、作画によるあからさまな児童ポルノであり、少女に対する性的虐待、商業的性搾取です。日本の児童ポルノ禁止法においては現在、実写ではない児童ポルノは違法とされていませんが、カナダ、EU諸国、オーストラリアなどの主要先進国においてはすべて、これらは違法な児童ポルノとして処罰の対象になっています。日本でもやがて違法とされるでしょう。このようなものを貴美術館は堂々と公開しており、これは少女に対する性的搾取に積極的に関与するものです。
 これらは第二に、少女=女性を全裸にしたうえで四肢を切断し首輪をつけて犬扱いしており、女性を最も露骨かつ暴力的な形で性的に従属させ、人間以下の性的玩弄物、性的動物として扱うものです。これは、描写を通じた性暴力の一形態であるとともに、すべての女性の尊厳を著しく傷つける下劣な性差別行為です。作者あるいは貴美術館はこのような表現を通じて社会の常識や権威に挑戦しているつもりかもしれませんが、実際にはそれは、少女および女性一般を性的に従属的な存在として扱っている社会の支配的価値観に全面的に迎合し、それをいっそう推進するものに他なりません。それは反権力どころか、権力の露骨な行使そのものです。
 第三に、これらの作品は、四肢欠損などの身体障がい者に対する差別と侮蔑の行為です。先天的であれ後天的であれ四肢ないしその一部を失っている人々を全裸にして犬扱いすることが許されるでしょうか? これのどこが反権威や反権力なのでしょうか? あなた方は、これらの作品を当事者が目にすることで、どれほどの深い衝撃と精神的ダメージを受けるかを想像したことがあるのでしょうか?
 第四に、このような二重三重に差別的で暴力的である諸作品を、森美術館のような、公共性をもった施設が堂々と公開し、宣伝し、多数の入場者に公開していることは、このような差別と暴力を社会的に公認し、それを積極的に正当化することであり、社会における少女の性的搾取、女性に対する暴力と差別、障がい者に対する侮蔑と差別を積極的に推進することです。たとえば、アメリカやヨーロッパの美術館で、四肢を切断された黒人が奴隷服を着て犬扱いされ、それを肯定するように微笑んでいる「作品」が堂々と公開されることなどありうるでしょうか? あなた方がやっているのはそういうことです。
 第五に、作品の中には、少女の局部をあからさまに描写しているものもあり、これは刑法のわいせつ物頒布罪ないしわいせつ物陳列罪にあたる可能性があります。これらの作品は18禁部屋として特設コーナーに入ってはいますが、広く公開されていることに何ら変わりはありません。また18禁コーナー以外でもキングギドラの頭部が女性の局部に挿入されている作品などがあり、子どもでも鑑賞することのできる状態で展示されており、これは青少年健全育成条例違反にあたる可能性があります。また、「犬」シリーズを含む諸作品は、森美術館の正式のホームページに掲載されており、それは何らゾーニングされておらず、子どもでも簡単にアクセスできるものです。
 私たちは、以上の観点から、森美術館による今回の展示に強く抗議するとともに、女性の尊厳を著しく傷つける諸作品の撤去を申し入れます。また、私たちは、森美術館の児童ポルノ推進的立場、その性差別性と性暴力肯定的姿勢、障がい者に対する差別推進の姿勢について、今後も広く世間に問題提起していく所存です。
 つきましては、森美術館としての考え方を直接おうかがいしたいので、1月下旬から2月上旬にかけてのいずれかの日に2時間ほどの時間をとっていただいて、話し合いの場をご設定ください。場所と時間帯はそちらにお任せします。ご連絡をお待ちしています。
2013年1月25日
         ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)世話人

                横田千代子(婦人保護施設施設長)

                森田成也(駒沢大学非常勤講師)

                宮本節子(フリーソーシャルワーカー)

                湯澤直美(立教大学教員)


合田さんは東洋の奇妙な風習を過激に表現したようですが、曲がりなりにも「アイドル」ということになっている芸能人が頭髪とはいえ身体の一部を切断されて衆目に晒されるという事態はその「天才」をわりと手軽に凌駕してしまった模様です。これほど「芸術」の無力を感じさせる事態もないわけですが、芸術家よりももっと無力で圧力に屈しやすいのが美術館なわけで、無力な対象を選んで活動している「ポルノ被害と性暴力を考える会」のおかげで、箔がつくのは合田さんの方なんですから有り難い話です。

まあ、プロの柔術家が「性暴力」を行使しようが20歳のお嬢さんの頭が坊主になろうが関係ない「ポルノ被害と性暴力を考える会」は、このような抗議を通じて社会の常識や権威に挑戦しているつもりかもしれませんが、実際にはそれは、少女および女性一般を性的に従属的な存在として扱っている社会の支配的価値観に全面的に迎合し、それをいっそう推進するものに他なりません。それは反権力どころか、権力の露骨な行使そのものです。

しかし考えてみれば抗議されているのは合田さんではなくて森美術館の方で、つまり「展示」することが「問題」だと言っているわけです。展示して公開することが良くない。逆に言えばアジアの東の端の土人共の間で何が行なわれていようとも、隠蔽されていれば問題ない、というのがこういう人たちの立場です。

これはAKBのポルノ商品としての構造と同じで、「恋愛禁止」ったって人間だものヤルことはヤルに違いないわけですが、隠蔽されていれば問題ないのです。しかしそこでは「恋愛禁止」という「掟」が、AKBをあからさまな性的対象として提示することになっています。それは「ヤレない性対象」であって、誰とも性行為を行なわないことによって全ての人の性的対象となっているわけです。ところが、「恋愛」はやって見せることが出来ますが「恋愛禁止」はそれ自体として提示することが出来ません。そこで仕方がないので時々誰かが「恋愛」をする必要が出てくるのです。つまり隠蔽されていれば問題はないんですが、隠蔽されていては意味がない。昔の「アイドル」では本当に隠蔽されていたんですが、そこでは「禁止」すら明示化されていなかった。今では「禁止」が明示されなければならないわけで、禁止は侵犯によって表現されることになります。「仕事らしい仕事といえばスキャンダルしかない」と書いたのはその意味で、決してバカにしているわけではありません。

バカにされているとはいえ、しかし考えてみれば大変な仕事です。カメラが停まれば明日花キララさんの仕事は終わりますが、明日花キララさんが余暇にやっていることもAKBにとっては大切な仕事の一部なんですから休む暇がありません。むしろ「余暇」の活動の方がポルノ商品としての価値を作り出しているんですから、「従属」「搾取」は絵に描かれた女の子の比ではありません。もっとも、かの「武士道」の国の「芸能界」では、そんなことは比較的当たり前のこととされているのです。24時間ベッドの中でも業務に勤しむ彼女たちは、奴隷労働者の慰めとなっているに違いありません。オカズとかそういう意味ではありませんが。
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2013年02月02日

あこがれのKCS

「パワハラ、いじめ、体罰のたぐいでは」 AKB峯岸の「坊主頭」に各界から批判噴出


スキャンダル報道を受けてのAKB48・峯岸みなみさん(20)の「けじめの坊主頭」は、ファンだけでなく多くの人に衝撃を与えた。

テレビのコメンテーターから評論家、大学教授まで、峯岸さんの行動に対する意見を表明しているが、その多くは批判的なものだ。

加藤浩次「恋愛して坊主になって謝罪するっていう状況が異常」

2013年2月1日放送の各局の情報番組が、峯岸さんの謝罪動画について取り上げた。やはり話題の中心は「坊主頭」だ。

「とくダネ!」(フジテレビ系)では、MCの笠井信輔さんが「体を痛めつけることは何か失敗があったら仕方がないんだという、これまでの体罰問題と根底では似てる部分があるかもしれないなということは感じます」とコメント。

さらにコメンテーターの深澤真紀さんが、「自分でやったんでしょうけど、これしか自分の残る道はないって思いつめちゃったと思うんですね。ルール違反は謹慎とかはっきりしてあげないと、これからもやっぱり若いからこういうこと起こるし、どんどん追い詰められたら、次本当に若い子たちなんだからかわいそうなことになりますよ」と、自虐的な行動がいつかエスカレートするのでは、との心配も表している。

このほか、「スッキリ!」(日本テレビ系)で司会の加藤浩次さんが「20歳の子が、恋愛して、デートして、YouTubeで坊主にして涙ながらに謝罪してるっていう状況が僕は異常だと思う」、「モーニングバード!」(テレビ朝日系)で長嶋一茂さんが「もし僕が親だったら、もうやめちゃえそんなとこって言う」、「知りたがり!」(フジテレビ系)で田村淳さんが「丸刈りにしなきゃいけないぐらいの厳しい掟なんだってことを表してるんだと思うんですけど、でもまあ丸刈りまでは僕はしなくてもいいんじゃないかなと思うんですよ」とそれぞれコメントしている。

「体育会系的な文化が社会に残っていること自体に批判的です」

インターネット上では、多くの文化人らが「坊主頭」を批判するコメントを残している。

北海道大学教授の町村泰貴氏はブログで、「YouTubeの公式チャンネルに彼女が独断でビデオを公開することができるはずもなく、AKB48としてこの映像を晒し者にしていると評価できる」「このビデオで見られることはセクハラ、パワハラ、いじめ、リンチ、そして体罰と呼ぶべき行為だ。例えてみれば、小学生とか中学生とかが、仲間内で気に入らない逸脱行動(仲間内のルール違反も含む)をしたメンバーに対して、制裁だといって性的に屈辱的な格好をさせて謝罪させ、それをビデオにとってネットにアップするという、いわゆるサイバーブーリングと全く同じである」と厳しく糾弾している。

ツイッターでは、以下のような意見がツイートされている。

「峯岸みなみの姿に好悪を超えて本能的に戦慄が走った。醜聞の是非以前にこの姿を見せてしまったことで、AKBは取り返しのつかないほど大きな代償を払うことになるだろう」「真っ先に浮かんだのが、あのアウシュビッツの認証写真です」(アニメーション監督・山本寛さん)

「僕は『坊主で謝る』という体育会系的な文化が社会に残っていること自体に批判的です」(AKB48ファンの評論家・宇野常寛さん)

「峯岸が自分から坊主にしたというのは本当に危険だと思う。彼女はそこまで追い込まれていたということだ。もし自殺者がでたりしたらどうするんだ」(映像コレクター・コンバットRECさん)

峯岸さんの「坊主頭」を、世間の人々は気味が悪いと受け止めているようだ。恋愛発覚に対する処分も含め、これからAKB48はどのような舵取りをしていくのだろうか。

なお、AKB48総支配人の戸賀崎智信さんは、2月1日に更新したブログで、坊主頭への批判に対し「そばにいたスタッフは止めたようですが、馬鹿だと思われるかもしれないけど、今、自分にできる反省を形にしたいと取り乱すことなくハサミを前髪に入れたと聞いています」と、あくまで峯岸さんの意思だと説明。処分の基準を統一すべきでは、という声には「できれば、共通の規則を作れればいいのですが、メンバーによって状況が違うので、統一することが難しいというジレンマがあります。(中略)様々な状況の中で判断しなければいけないことをご理解ください」と弁明した。

2013年2月1日 J-CASTニュース


テレビ見てネット見て、それをまとめて記事書いてお金貰えるんだから気楽な稼業ときたもんですが、しかし、そんなことを言うもんではありません。例えば、「本能的に戦慄が走った」「真っ先に浮かんだのが、あのアウシュビッツの認証写真です」とか「もし自殺者がでたりしたらどうするんだ」というかなり深刻な書き方をしている「意見」を、さらりと「世間の人々は気味が悪いと受け止めているようだ」とまとめてしまうあたり、単に「お座なり」という以上の余りにもいい加減な書き方をしている点で、これはこれで一種の「意図」の様なものを感じさせるものがありますから、プロの仕事であると言えないこともない様です。

それにしても連日のように日本人のバカっぷりが世界中に配信されているもんですから同国人としては笑っちゃうしかありません。まあ、秋元さんとしてはAKBというものがちょっと大きくなりすぎて、これに寄っかかって生きている人たちが大勢いる状況ですから、何か話題づくりでもしないと殺されて埋められちゃうかもしれないのですから大変なんでしょう。まあ実際バカなことを始めたもので、仕事らしい仕事といえばスキャンダルしかないように、僕なんかには見えます。AKBの人とか知らないし、知らないのでCMとかに出ていてもそれがAKBの人だとは分からないもんですから、「AKB」といえば「スキャンダル」の時にしか出てこない文字列だと思っていたりする。

しかし「スキャンダル」、てゆーか単なる「恋愛発覚」ですが、いつまでも同じことを繰り返していても飽きられてしまいます。これはどうしてもエスカレートさせざるを得ません。したがって「もし自殺者がでたりしたらどうするんだ」という御心配には、「その際にはしっかり稼がせて頂く」という答えしかないように思われます。てゆーか「自殺者」を出さなければならない程に秋元さんを「追い込」んでしまって良いものかどうか、ここはひとつ真剣に考えてみたいものです。もちろん当人が自殺する分には問題はないんですが。

そこで「処分」ではなくて「スキャンダル」の方をエスカレートさせる、という方向も考えられます。例えば3Pとか4Pとか5Pとか。あるいは本当に悪いことをさせてしまう。自転車で人を轢く、なんてのもオマワリとのコラボが可能なので有望ではないでしょうか。思い切ってメンバーから人殺しを出す、なんてのも将来的にはアリかも知れません。メンバー同士で殺し合いをさせるとか。刃物を持たせて保育園に乱入させるとか。

そもそも現状では「スキャンダル」といっても、どっかで誰かとオマンコしました、などという別に悪くもなんともない話なんですから、あとはその「相手」をどうするかということで、それなりのビジネスではありますが、これをいつまでもやっていると、AKBってのは要するにヤリマン集団なんだな、で終わってしまいますから考えものではあります。田村淳さんは「丸刈りにしなきゃいけないぐらいの厳しい掟なんだってことを表してる」と言っていますが、「掟」そのものが一般的な社会規範とかけ離れた奇妙なローカルルールのようでもあり、絶海の孤島の奇習のような、一般の共感を得るのが難しいシロモノであったりもしますんで、AKB自らが定義するところの所謂「スキャンダル」に、世間がいつまでつき合ってくれるのか分ったものではありません。

「これまでの体罰問題と根底では似てる部分がある」のは、おそらくこの意味でしょう。「体罰」というのは、なんでこんなことで殴られなきゃいけないのか部外者には全く理解できない一方、部内者にとってはそれは極めて当然のことであったりするので堂々と人前でやってしまったりするようなものなのです。そこには部外者にはチンプンカンプンな「厳しい掟」が存在します。でもって「体育」とかヤリたい若者は、この「厳しい掟」が通用する奇妙な世界の住人になることが要請されるわけです。

その「厳しい掟」の中には「坊主で謝る」という「文化」があるそうなのですが、このような「体育会系的」は日本の近代そのものであるのかも知れません。おそらく「サムライ」であれば、髷を落とすくらいであれば腹を切ることを選ぶはずです。「坊主」は近代の軍隊と刑務所の「文化」であって、それは人格の否定、名前のない客体として存在するという意味です。真っ先だろうが後で気がついたらだろうが、それは「アウシュビッツ」に他なりません。そうであればこそ、映画の舞台挨拶のついでに「謝罪」するAKBが「北朝鮮の性奴隷」に見えてしまうというわけですが、しかしAKB自体、例の「喜び組」にヒントを得ているんじゃないかと思います。あそこも「恋愛禁止」でした。何だ、シュミは同じじゃん。いつかきっとみんな仲良くなれる。いつかきっとそんな世界が来るさ。差別も偏見も国境も無くなるさ。
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2013年01月30日

春の労働葬儀

「アベノミクス」の物価上昇計画を脅かす賃金下落


木曜日午後5時の東京・中目黒。全国展開しているディスカウントストアチェーン、ドン・キホーテの中目黒本店は客でいっぱいになり始めている。この界隈にはレストランやブティックが立ち並び自由な雰囲気も漂うだけに、ビルの複数階を占めているこの店のけばけばしさは妙な感じもする。

 しかし、しつこいデフレにとりつかれて給料もボーナスも減る一方の日本において、「ドンキ」という愛称で親しまれるこの会社は、掛け値なしの勝ち組である。何しろ同社は、20年連続で増収増益を果たしている数少ない上場企業の1つなのだ。

   「ドンキ」の賑わいに見る消費者の意識

 「アベノミクス」の真価はここで試されることになる。日本の新首相・安倍晋三氏は、企業や家計がため込んできた現金を使う可能性が高まるように、この国をデフレから脱却させると約束している。

 今のところ、安倍氏は財政支出を伴う景気刺激策と金融緩和に力を入れている。同氏の計画にある「3本の矢」の残りの1本――構造改革と規制緩和――の詳細は今年の夏までに打ち出される見通しだ。
 「(デフレ期待から・・・)インフレ期待に変わらない限り、雇用は生まれないし、投資も出てこない」。安倍氏は今月、自身の経済タスクフォースである経済財政諮問会議の第1回会合でこう述べた。「10年間ずっとデフレが続いてきたのだから、そうではない(伝統的ではない)手法を今度は取る」

 25日に発表された昨年12月の全国の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数、コアCPI)は前年同月比で0.2%下落し、過去7カ月間で6度目の前年比マイナスとなった。安倍氏が挑む課題の大きさを際立たせる数字だ。

 一方、麺やソースがうずたかく積まれて迷路の様相を呈しているドンキの売り場でイケダ・サクラさん(36歳・主婦)に話を聞いたところ、安倍首相が公約する2%のインフレはどちらかと言えば怖い感じがするという。

 「お給料も一緒に上がってくれるんなら、まあインフレはいいことです・・・でも、そうなってくれるとは思えませんよね。景気が良くなっているという感じはありません」

   アベノミクスの前に立ちはだかる障害物

 これこそが安倍氏が直面している障害物だ。デフレと低成長が何年も続いた結果、人々は同じ状況が今後も続くという見方を強めている。またこの国では生産年齢人口が1995年に比べて約8%減少しており、市場シェアの低下を恐れる企業は投入コストの増加を価格に転嫁することに消極的だ。

 日本では労働関係の法律が厳しく、従業員を解雇することはほとんど不可能であるため、代わりに給与が引き下げられている。そのせいで需要がさらに低迷するという循環が強まっており、日本はここ5年間で3度目の景気後退に陥っている。

 給与の減少はこれまでのところ、消費者にとってそれほど過酷なものにはなっていない。1990年代半ば以降の現金給与総額の減少率は、財・サービスを最も幅広く網羅した物価指数の下落率よりも小さなものにとどまっている。

 しかし、その意味で購買力は実質的に向上しているものの、消費を喚起するには至っていない。自分の給与はこれからさらに減るのではないか、という不安感があるからだ。その結果、国民の多くは、物価が上昇すれば生活水準は低下すると考えている。

 日銀が一般の国民を対象に行っているアンケートによれば、昨年春の(燃料価格上昇による)物価上昇を認識した回答者の80%以上は、物価の上昇はどちらかと言えば困ったことだと答えている。

   目先は見込めない賃金上昇

 安倍氏のインフレ目標を渋々受け入れた日銀総裁の白川方明氏は25日、1980年代後半のバブル期においてもインフレ率は平均で1.3%にすぎなかったと指摘した。

 「性別、年齢、職業を問わず、多くの国民が望んでいる『物価の安定』とは、雇用の増加と賃金の上昇、企業収益の増加などを伴いながら経済がバランスよく持続的に改善し、その結果として物価の緩やかな上昇が実現する状態だ」と白川氏は述べた。

 早朝に放送されている人気情報番組「やじうまテレビ!」は先日、2%のインフレに「対処する」戦略を特集した。提案された対策の中には、保存食を買いだめするというものもあった。

 物価の上昇には賃金の上昇が伴わなければならない、と安倍氏は強調している。内閣からは、給与やボーナスを引き上げた企業を対象に減税を行うという構想も浮上している。

 しかし、今のところ見通しはあまり芳しくない。企業のロビー団体である経団連は今年の春に行われる伝統的な労使交渉「春闘」で、「ベースアップ」を実施する「余地はない」と断言している。景気が悪いというのがその理由だ。

 経団連は先日、企業の経営側は来年度についての議論で「企業の存続と従業員の雇用の維持・安定を最優先する」と語った。しかし三井住友銀行のアナリスト、岡川聡氏によれば、安倍氏の金融緩和発言を機に進んだ2ケタの円安・ドル高がガス・電力料金上昇の引き金になり始める日は近いかもしれない。

   収入より先に生活費が上昇する恐れも

 物価の上昇を相殺する賃金上昇が実現する可能性があるのは2014年の春闘以降だということになれば、「収入より先に生活費が上昇する恐れがあり」、そうなれば消費をさらに抑制するだろうと岡川氏は述べている。

 ドン・キホーテの創業者である安田隆夫会長は、インフレになるとの見通しは需要を喚起する「南風」だと表現し、これを歓迎すると話している。「インフレになれば物価に対する感度が高まる・・・そうすればみんな、値上がりする前に急いでモノを買わなきゃいけないという感じになる」そうだ。

 しかし、ドンキの売り場にはそれとは異なる雰囲気が漂っている。「(2%のインフレ目標のことは)ニュースで聞いたけど、どういうことだかよく分かりません」。ツジイ・チエコさん(72歳)はこう話す。「でも、心配は心配ですね。私は年金暮らしで、収入はもう増えませんから」

By Ben McLannahan

2013年1月26日付 英フィナンシャル・タイムズ紙


政府が民間の賃金を上げるということは出来ません。まあ最低賃金を上げることは出来ますが。この意味では「インフレ期待」で雇用が生まれるようだったら最低賃金を上げるのが必須でしょう。その他に政府が上げられるものには公務員の賃金とか生活保護費などというものがありますが、この点については「安倍のミスク」では全然逆のことをやるそうです。

もちろんエゲレスのガイジンの「日本では労働関係の法律が厳しく、従業員を解雇することはほとんど不可能であるため、代わりに給与が引き下げられている」といういい加減な思いつきに大賛成している頸断連が賃金を上げてくれるわけではありません。てゆーか実際には「給料が引き下げられ」るのを可能にしているのは「雇用は生まれない」からなんですから、企業にとっては「デフレ」もそんなに悪いことばかりじゃないと想い出かき集めカバンに詰め込む気配がしています。

「物価の上昇には賃金の上昇が伴わなければならない、と安倍氏は強調している」そうですが、いくら「強調」しても賃金は上がりません。それには労働者諸君のご協力を仰がなければなりますまい。賃金の上昇は労働者が自ら勝ち取るしかありません。それで春闘なんだそうですが

経団連会長が労働規制の見直し求める 春闘に向けて「労使フォーラム」開催


 経団連は28日、主要企業の労使が春闘をめぐり意見を交わす「労使フォーラム」を開いた。経営側を代表して講演した米倉弘昌会長は、デフレ脱却には「制度や規制の改革が急務だ」と述べ、世界的にみて厳しすぎるとされる労働規制の見直しを求めた。

 米倉会長は「規制が経済活性化の妨げになっている」とし、65歳までの希望者全員の雇用義務化など、労働規制が企業活動を妨げているとの認識を示した。

 米倉会長は「足元では円安、株高だが見通しは極めて不透明だ」とし、今春闘では雇用の確保と安定を最優先に労組側と交渉していく考え。

 また給与を増やした企業の法人税を減税する制度をつくるなど、雇用改善を後押しする内容の経済対策をまとめた安倍政権の姿勢を高く評価した。

 米倉会長と連合の古賀伸明会長が29日会談し、ことしの春闘が事実上スタートする。

2013年1月28日 産經新聞


「労働規制の見直し」と賃上げをバーターしかねない勢いですが、それだと「デフレ脱却」などは無理です。住宅や教育などがほとんど個人の経済的負担で賄われている日本では、いつクビをやられるか分からないという状況は決定的に消費を抑制するでしょう。この点実は労働者にとっては同じことで、クビになったら別の仕事に就くわけですが、その場合賃金は以前より少なくなることが多いわけですが、これはクビにならずに給料が下がっていくのと、家計に対する効果としてはそんなに変わらないわけです。

トップ会談、春闘幕開け=労使交渉激化へ−経団連・連合


 経団連の米倉弘昌会長と連合の古賀伸明会長が29日都内で会談し、2013年春闘が本格的に幕を開けた。連合は、安倍政権が唱えるデフレ脱却には基本給に賞与などを含めた給与総額の1%引き上げや処遇改善が不可欠と訴える。一方、経団連は定期昇給の見直しを示唆し連合の主張に難色を示す。労使の意見の隔たりは大きく、激しい攻防が予想される。

 会談の冒頭、米倉会長は今春闘について「労使が危機感を正しく共有し、建設的な論議を尽くすことが必要だ」と指摘。古賀会長は「デフレ脱却にはこの春の労使交渉の結果も大きなカギを握る」と強調し、賃金などの適正配分を求めた。

2013年1月29日 時事


物価が2%上がろうというのに賃金は1%で良いんだそうで、随分と控えめな要求であると評されます。さすがは日本の労働組合、これで「激しい攻防が予想される」んだそうですから見通しは暗いと言わざるを得ません。この分だと来年の春闘の頃には賃上げ要求など考えられない程に「危機」は深刻化しているでしょうけど、労働組合を潰しちゃったのも自民党なわけで、つまり調整機能を殺しちゃったんですから上手くいかなくなってしまうのも当然でしょう。今更どうしようもありません。
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2013年01月27日

犯罪甲子園

自民、教諭体罰も「いじめ」 通常国会で法案成立目指す


 学校でのいじめ問題の深刻化を踏まえて自民党が検討する「いじめ防止対策基本法案(仮称)」の骨子案が26日、判明した。教諭による体罰もいじめと位置付けたほか、死亡や大けが、長期欠席を伴う「重大事案」については隠蔽を防ぐために学校から市町村長らへの報告を義務化しているのが特徴だ。野党とも調整し、超党派の議員立法として28日召集の通常国会での成立を目指す。

 大阪市立桜宮高のバスケットボール部主将が体罰を受けた後に自殺した問題などを受け、再発防止へ法整備を急ぐことにした。

 骨子案では、教諭の体罰やインターネットの悪質な書き込みもいじめと認められる。

2013年1月27日 共同


案によると「いじめ」とは「児童、生徒に対して一定の人的関係にある者が行う心理的、物理的な攻撃で、児童らが心身の苦痛を感じているもの」なんだそうですが、これにわざわざ「体罰」も含ませるんだそうです。

「いじめ」には色々な方法がありますから、こういう定義でも良いのかも知れませんが、「体罰」てぇのは定義からして「物理的な攻撃」でしかありません。するとこれは普通「暴行罪」とか「傷害罪」になるはずです。つまり「体罰」は特に新たな立法を待たずに刑法で充分いけるわけです。

この「いじめ」の定義には逃げ道が用意してあります。「児童らが心身の苦痛を感じている」という要件があるわけですから、「児童ら」が「苦痛を感じている」と言わなければ良いのです。「苦痛を感じていない」と言えば、てゆーか言わせればオッケーなんですが、黙って殴られちゃう様な「一定の人的関係」のもとでは、そんなことはお茶の子であります。

一般的な「いじめ」でも同様であって、「苦痛を感じている」などと言おうにも言えないから自殺してしまったりもするわけです。したがって同法案における「いじめ」の定義からして、「いじめ防止対策基本法」は実効性を喪失している事が予定されていると言って良いでしょう。例外的に、被害者が自殺し、図らずも遺書等が明るみに出てしまった場合にはこの法律が適用される可能性があります。

この法の目的は「体罰」を「刑法」から守る、てゆーか「刑法」を「体罰の容認」による実効性の喪失から守る、ということであると思われます。いくらなんでも刑法が実効性を失っているというのも困ったもんですから、「容認」されるべき一定の形式の「暴行/障害」が刑法の適用を免れるような仕組みが必要なのです。

恐らくこれには別の事情もあって、「体罰」を本来しかるべき刑法第204条、第205条、第208条によって裁定するとすると、これが傷害または傷害致死に至った場合には第206条の問題が出て来るんですが、これは「現場助勢」といいまして「前二条の犯罪が行われるに当たり、現場において勢いを助けた者は、自ら人を傷害しなくても、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する」てんですが、「勢いを助ける」ってことは「自ら人を傷害しなくても」ですから特に先生と一緒になってぶん殴らなくても良いんですが、暴力教師の指導する部活なんかに継続的に参加している生徒さんは「勢いを助けた者」になるのかどうか、なったら大変で、「体罰」を禁止してしまうのと同様の効果があるものと思われます。つまり全部員が少年院送りになると困るだろうと思うんですが、甲子園を全国53少年院対抗でやれば良いんですから別に構わないでしょう。
posted by 珍風 at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

新しい非行少女

そこで橋下さんを擁護するかのような情報が流されています。

「ええ加減にせぇ はしもと、殺すぞ」「部落民がいきんな」 桜宮高校生徒がツイッターで暴言


2年の男子生徒が体罰を受け自殺した問題を受け、体育科とスポーツ健康科学科の入試中止が決まった大阪市立桜宮高校で、新たな問題が起きている。

同校の生徒と見られる人物が、ツイッターで橋下徹大阪市長に対し「ええ加減にせぇ」「部落民がいきんな」などと投稿していたことが明らかになったのだ。さらにこの人物を含む複数の生徒がツイッターで飲酒や喫煙を告白していたことも分かった。

「いまならあいつのこと何にでも出来る」

2013年1月20日、桜宮高校の男子生徒と見られる人物が、ツイッターに居酒屋で飲酒している写真を掲載しているのをネットユーザーが発見、2ちゃんねるで騒ぎになった。

さらにツイート内容から男子生徒と交際していると見られる桜宮高校の女子生徒のツイッターアカウントが割り出されたが、その生徒は1月18日と21日、こんなツイートを投稿していた。

「おい、おまえええ加減にせぇよ おまえじゃはしもと、なんで●●(実名)らまで馬鹿にされな あかんな、部落民がいきんな 本間、殺意芽生えるわ。」(18日)

「とりあえず、今思うことわ これだけ。あいつ、今日 何しに学校きたん?教えて、本間。いまなら あいつのこと何にでも出来る 誰しもが思うやろな、殺すぞて、あほちゃん、本間、大の大人が、」(21日)

橋下市長は1月21日に桜宮高校を訪れており、名指しはされていないが下のツイートも橋下市長にあてたものとみられる。

このユーザーはほかにも「いまから呑み」「今のうちにタバコ全部吸いきらな」など、飲酒と喫煙を匂わせるツイートもしており、2ちゃんねるで「酷すぎる…これが大阪か…」「触ったらいけないものにさわちゃったね」「今まで橋下やりすぎかと思ってたけどこのツイート見て橋下が正しいと思うようになった」などと書き込まれている。

「飲酒や部落差別が伝統なのか」生徒の会見にも批判

本人あてにも、「部落差別するとか、桜宮高校うんぬんの前に人間として最低だと思うんだよね」「人間として終わってんだろこの女。橋本さんに殺人予告までだしてるよ(原文ママ)」「やっぱり桜宮高は大阪の恥ですね。というか日本の恥では」など、野次馬から多数のリプライが寄せられ、炎上状態となった。

思わぬ騒ぎに驚いたのか、このユーザーは1月23日11時30分過ぎにツイートを非公開に。13時前後にはアカウントを削除している。

しかし桜宮高校の生徒や関係者と思われる人物による、ツイッターでの問題発言はこれ以外にもある。

「橋下、お前みたいなやつがおるから世の中腐っていくねん。周りの人間のことちょっとは考えろ。偉いからって調子乗んなよ」「まじはしもとなんなん?桜宮高校に汚い足 踏み入れんなよな」など橋下市長に対する暴言や、「大五郎飲んじゃってるわ」「パチンコなう」など、高校生にあるまじき行為の告白が投稿されている。

桜宮高校の生徒は1月21日に開いた記者会見で、「礼儀やマナーなど人として大切なことを学んできた。桜宮高の伝統は正しいと思っている」などと話していた。しかし一連のツイートで「伝統だから大丈夫 体罰も飲酒も喫煙も殺害予告も部落差別も全部伝統だから」「飲酒やら暴言が礼儀、マナーとして教えられてるのか」といった、皮肉まじりの批判も浴びせられている。

2013年1月23日 J-CASTニュース


別に桜宮高校でなくても大阪でなくても日本全国どこにでも非行少女はいると思うんですが、「非行少女」なんて言い方は今どきしませんね。まあとにかくこの「ユーザー」のアカウントは既に削除されているそうですから今更確かめようはありませんが、2ちゃんねるを通じて「このツイート見て橋下が正しいと思うようになった」というメッセージを多くの人に届けることが出来ました。

ところで生徒の記者会見に関しても、その犯罪的伝統の擁護のウラにはイロイロ利権があるんだとかそういうウワサです。もっともこれもこの学校に限ったものではなく、体育界全体の「伝統」なんですが、だからこんなことをしてはダメ。

橋下市長:桜宮高「新しい体育科」改編も


 橋下徹大阪市長は23日、市立桜宮高校で体育系2科の募集を中止し、普通科に振り替えることについて、「新しいスポーツ専門科を在校生と新入生で一緒に作ってほしい」と話し、新たに募集する普通科もスポーツに特化した学科に改編する考えを示した。

 橋下市長は市役所で記者団に、「今いる顧問の指導を受けたいとか、今までのクラブ活動の在り方を前提に受験するのはやめてもらいたい。新しい体育科、新しいスポーツ専門科を作ってもらいたい」と話した。【茶谷亮】

2013年1月24日 毎日


これでは「新しい」連中が利権を横取りしようという事にしかならないわけですが、こういう事を小泉さんは「構造改革」と呼んだのでした。今までの利権構造の外部から参入して、まあちょっと仲間に入れてもらう。こうすると自民党に入らなくても、「維新」でもお金と仲良しになれるのかも知れません。

それはともかくとして小村さんでも暴力三昧を恣にすることが出来たのは、そんな利権構造を内蔵した権力関係の故なんだそうですが、しかし、どんな世界にもこういう話はあって、企業にお勤めの労働者諸君はもちろんの事、芸能界だってそうだし、芸術や学問の世界でも指導者の力というのは絶対であって、要するにその業界で生きていきたいのであれば言うことを聞くしかないということになっています。

しかしだからといって、どんな世界でも何十発も殴ったりしているわけでもないでしょう。まあ実際にはセクハラとかパワハラとかが存在するのですが、激しい暴行が公然と行なわれているのは体育界だけの様ですから、「スポーツ」を覚えて筋肉化してしまった脳は摘出して頭に教科書でも詰めておけという意見にも一理あるのかも知れません。

とはいえ橋下さんのやり方も権力的であって、その点では体育界の連中と変わるところがない、という話もある様です。もっとも体罰を禁止しているのは学校教育法であって、これだって権力であることには変わりはないんですが。しかしもしかすると、場合によってはある法律を遵守しなくても良い、無視して良いということがあって、その「場合」を定義する「権力」というものがあるということなのかもしれません。

日本にはその法体系をトータルに改変しようと言う人たちがいて、つまり改憲しようという人たちなんですが、こういうのが「反体制」かというとそうではなくて、むしろ「体制」を強化しようとしているわけです。こういう連中は強い力を貰っていますから、ある法律をネグレクトすることによって「改憲」による「新体制」が先取りされているのが現状でしょう。「体罰の禁止」が公然と無視されているのはその一例に過ぎませんし、労働基準法などはあるのかないのかわからないような影の薄さです。

この体制の上で、橋下市長さんは教育に介入することが可能になっています。従って彼が「かつて」体罰を「容認していた」のも当然です。本当は今でも「容認」しているんですが、事情があってそうではないフリをしているのはご苦労様としか言いようがありません。まあしかし、「政治介入」はビッグなボーナスでした。体育界における「学校スポーツ」の問題が桜宮高校を超えて一般に拡散するのを阻止するのが主な狙いであった様な気もしますが、ついでに介入してみたらその事自体は批判されなかったんですから世間なんて甘っちょろいもんです。
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2013年01月19日

スポスポスポーツ

日本には日本の「スポーツ」があるんだ、「sport」とかいって戯れているガイジンにとやかく言われる筋合いはない(キリッ、というわけで「一定のルールの下で安全に人を傷つける」という「スポーツ」の定義が得られたわけですが、そう考えるとバカ殿こと危ない核装備廃人さんも立派な「スポーツマン」で

生活保護3年間で段階的引き下げ 厚労省、減額10%内に


 厚生労働省は17日、生活保護の支給水準(生活扶助の基準額)を2013〜15年度まで3年間かけ、段階的に引き下げる方針を固めた。現行基準からの減額幅は10%を限度とする方向で、長期的なデフレの影響も重視し、与党などと調整した上で最終決定する。

 支給水準をいっぺんに引き下げたり、見直し幅が10%を超えたりすると、受給者の暮らしへの影響が大きすぎると判断した。デフレの影響については、支給水準見直しが5年に1度であることから、08年以降の物価動向を考慮し、見直しの判断材料の一つにする考えだ。食料品や燃料も含む消費者物価は、08年から4%程度下落している。

2013年1月18日 共同


なんでも生活扶助額よりも生活保護を受給していないビンボー人の生活費の方が低いからというんですが、そりゃ普通に考えればこれは賃金が低過ぎるということなんですが、なにしろ「スポーツ」ですからマトモな考え方が通用すると思ったら大間違いです。最低賃金を上げたりして自分の「安全」を蔑ろにすることはスポーツマンシップに悖る行為です。

問題は2012年における自殺者の減少です。これは「傷つけられた」人の減少を意味する可能性があり、これからオリンピックを誘致しようというニッポンにとっては歓迎できない事態です。「スポーツの振興」は待ったなしの政策課題であります。自民党政権であればこれによく答えることが出来るでしょう。今年の前半までに20,000人達成、この目標を死守することです。

もっとも世の中には「量より質」ということもあります。多ければ良いというものではなく、少なくても上手に利用することが出来れば3万人分の力があるとか。

大阪・高2自殺:桜宮高「入試中止」に批判噴出 譲らぬ橋下市長


 大阪市立桜宮高校のバスケットボール部主将の男子生徒(当時17歳)が自殺した問題を巡り、橋下徹市長が同校の体育系2科の入試中止を市教委に要請したことに波紋が広がっている。同校の保護者や市議会からは「受験生への影響が大きい」と批判が噴出するが、橋下市長は予算権を盾に一歩も譲らない。体罰を巡る議論が首長と教育委員会との権限問題へと広がるなか、市教委は21日に入試の是非を最終決定する。【津久井達、茶谷亮】

2013年1月19日 毎日


橋下さんは1人の自殺を上手く利用して首長の権限を拡大しようとしています。ひとつの高校に関する予算執行が人質に取られているわけですが、目的はそれだけです。入試の中止について「態勢が整っていないところに生徒を迎える方が無責任」だとか言っている様ですが、別段他の高校が「態勢が整っている」わけでもありませんから、ここでは「体罰」や「自殺」、すなわち「スポーツ」が問題なのではありません。

しかしながら橋下さんが自らの政治目的のために受験生を「傷つけている」面も否定できませんから、これも「スポーツ」の実践であることには変わりはないでしょう。橋下さんの「スポーツマン」ぶりはよく知られているわけです。あらゆる機会を捉えて「スポーツ」を行ない、それによってまた自らの「安全」を高めていく。それが「スポーツマン」らしい生き方というものです。

それにしても「態勢が整っていないところに生徒を迎える方が無責任」とはよく言ったもので、こんなことを言うんだったら体育系の「部活」を有する高校は全て入試を中止しなければなりません。それでは困るかと言うと、実はあまり困らないんで、「入試」を中止するだけなんですから、「くじ引き」でやれば良いのです。
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2013年01月17日

いわゆるひとつの一歳児

だからといって「オリンピック」が暴力三昧を「容認」してくれるかどうかは定かではありません。急に心配になってしまったのです。

JOCが体罰禁止の徹底求める


 日本オリンピック委員会(JOC)は15日の理事会で、大阪市立桜宮高バスケットボール部の男子生徒が顧問から体罰を受けた後に自殺した問題を受け、指導者が適切な行動を取るよう加盟競技団体に求める通達を出すことを決めた。

 通達は「日本スポーツ界の関係者は、スポーツが二度と人を傷つけるものとならないよう、推進していかなければならない」と、体罰やパワーハラスメント禁止の徹底を求めた。

 理事会では日本バスケットボール協会副会長の深津泰彦JOC監事が「バスケ協会として痛恨の極み。大変申し訳なく思う」と謝罪した。

2013年1月15日 毎日新聞


過去の同様の事件に関してJOCがどのような対応をしたか知りませんが、オリンピックを招致しようとする矢先に、この「ファインプレー」はいかにもタコにもマズかったようです。猪瀬さんが舌打ちする様が眼に浮かびますが、とにかく例の手のひら返し、問題を起こした小村さんを切り捨ててみんなで良い子になりましょう。

まあしかし、別にこれはJOCが自らの責任を認めたというわけではありません。下々の連中がバカで困ったもんですわ、と言っているだけで、つまりは無関係を装う声明です。実際のところは日本が過去のオリンピックで獲得した全てのメダルは「スポーツ」が「人を傷つけ」た直接の成果意外の何者でもありません。

もっとも、「日本にスポーツなどない」という意見もありまして
http://baseballstats2011.jp/archives/22354445.html

大阪府立桜ノ宮高校バスケットボール部生徒の体罰、自殺事件は、改めてこの国に“スポーツ”が根付いていないことを実感させた。
本来、スポーツとは何かの目的のための手段ではない。人々にとって、体を動かすこと、そして体を使ってゲームをすることは、それ自体が喜びであり、快感だった。

少し賢そうな言い方をすれば、スポーツとは人が本来持ち合わせている闘争本能や、狩猟本能を一定のルールの下で安全に開放するものであり、余剰な肉体的エネルギーの発散だった。
また、見方を変えれば、スポーツは人類が進化とともに身に着けてきた「非暴力化」の代償行為として洗練されてきたものだった。
スポーツは、それ自体が目的であり、それをすることが、人々に喜びをもたらすものだった。


もっともな御意見ではありますが、しかし、「人が本来持ち合わせている闘争本能や、狩猟本能を一定のルールの下で安全に開放」している人が少なくとも1人は存在したわけで、顧問は生徒を殴って良いという「一定のルール」があり、少なくともその「ルールの下」では顧問は「安全」なはずだったのです。この意味で、日本にも「スポーツ」というものが存在する可能性があります。

そう考えるとしかし、「スポーツが二度と人を傷つけるものとならないよう」というJOCの要請は「無理な相談」というものです。少なくとも日本に限っては「一定のルールの下で安全に」「人を傷つける」ことを「スポーツ」と呼称しているのです。JOCが言っているのは、日本では「スポーツ」をやるな、と言っているのと同じです。まあそういうことであればそれはそれで一向に構わないわけですが、JOCも慣れないことをしたもんですから大いに誤解の余地を残した、というわけでしょう。

まあしかし、ここらへんでひとつ「スポーツ」という西洋の文物を見学させて頂くために、東京に「オリンピック」なるものを呼んできて、目の前で実際にやってみせて頂くというのも、あながち無意味とは言えないのかも知れません。その代わりJOCとしては過去の汚辱に塗れたメダルの類いはこの際一切返上して、今回は見学なんですから競技に参加するなんてとんでもない、黙って見せて頂くことに徹するべきでしょう。日本を「ひとつ」に、一歳児からやり直しです。
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2013年01月15日

非正規労働者の行方不明

なんかこれが

労働組合の行方
2013/01/08 23:03:00


4つぐらいあった労働団体が1つにまとまって日本労働組合総連合会、いわゆる「連合」ができたのが1989年。25年近く前だ。労働組合は、労働者の権利を守ってくれるのは結構なことなのだが、巨大化しすぎるとろくな事にならない。



まあろくな事というのは甚だ主観的なもので、1980年代に世を騒がしたポーランドの「連帯(自主管理労働組合)」なんか東欧革命&ソ連崩壊の遠因となった。



日本に目を戻せば、労働組合の支持が社民党から民主党へと移ったために社民党の没落と、民主党の躍進となり、この間までの民主党政権成立につながった。



   *   *   *



とはいえ民主党の信じられないような失政に次ぐ失政で、もはや民主党は再起不能。ここからの回復はどうやっても無理だろう。社民党並に没落するか、どこかに吸収されるしかない。



そうなると労働組合の支持がどこに向かうかだ。しかし民主党のおかげで労働組合に対する世間の拒絶反応も強い。維新やみんなの党は票をあげるといっても断るだろう。



労働組合もそろそろ変革の時期ではなかろうか。維新やみんなの党も支持母体は必要。本気で二大政党制の一翼を担えるような政党を作る気なら、現在の「連合」ではない別の労働組合を育てて、それを支持母体とするぐらいの計画が必要ではないか。



   *   *   *



労働組合自体が悪いわけではない。現在の連合がはなはだ問題なだけなのだから、労働者の権利を守りつつ、日本の国益に協力するような労働組合を作るべき。そうなることを維新やみんなの党が支援する。



それぐらい斬新なことをやらなければ、日本の改革などできないだろう。いまは国民の支持も連合から離れているから、チャンスだと思うけどね。



わけわからない政治闘争に明け暮れる現在の労働組合よりも、きっちりと労働者の生活を守ってくれる労働組合を望む人は多いはず。これからインフレになるのだから、労働組合の重要さは増すはず。現在の労働組合への失望と合わせてアジテーションすれば、新しい労働組合もあるいは可能ではなかろうか。



国民の「なんかしてくれそう」という維新への期待も、そろそろなにかやらないと参院選まで持たないだろう。「政権取らせてくれればなにかやります」じゃ限界。新労働組合を組織し、それを支持母体にして参院選に挑む。当然現在の「連合」は猛反発するだろうが、そこはケンカが得意な橋下徹だ。むしろそのケンカで支持率がうなぎのぼりに。いや、マジで支持率が跳ね上がると思うよ。


http://mechag.asks.jp/518471.html


これは「メカAG」さんという方のブログで『ガジェット通信』に転載されて「ニュース」扱いになっていたんで眼についたわけですが、どうも民主党を支持していた連合が「どこに向かうか」を問題にしていたのかと思って読んでみると違う様で、連合はもう差し置くことにして、「維新やみんなの党が支援」する「労働組合を作るべき」ということのようです。

これがどれだけ「斬新なこと」なのかは不明ですが、確かにこれは「わけわからない政治闘争に明け暮れる」労組とは違う様です。どっちかと言うとこれは「わけわからい政治闘争の為に作られる」のです。政治闘争の中から、その道具として存在する「労働組合」ということになりましょうから、政治路線は極めて明確であり、内部で「政治闘争」が発生する余地はない、という「わけ」でしょう。むしろこの「労働組合」は、他の労組や労組の連合体やなんかと「わけわかる政治闘争」を繰り広げることになりそうです。

まあ、色々と疑問のある向きもおありのことと思いますが、このブログではコメントにお答えするコーナーが「追記」として本文に追加されることになっています。これはシステムとしては大変良いものだと思うんですが、

追記

 

  | Dursan むしろ労働組合を業界別に再々編して、新しく「労働党」を作ったほうが早いしうまいと思う。維新もみん党も「経営者目線w」に立つ政党だから動労組合の支援とか超違和感



違和感があろうが、維新が生き残るには支持団体をつかまえるしかないわけで、企業経営者側は自民党なんだから、残りでどうするかを考えれば、選択肢は少ない。ようは維新が自分たちに都合のいい労働組合を作れば、維新も労働者も八方ハッピーなわけで、なんで「現状の労働組合」をベースの考えるのやら。現状と同じだったら新たに作る意味ないだろう。頭の切り替えができない馬鹿。



  | TakamoriTarou 言いたい事は何となく分かるような気がするけど、政治団体が支持を得るために労働組合新たに作ってもろくな事にはならないと思う…。職能別労組になって、上位組織は下達ではなくとりまとめ程度になればいいな



「なればいいな」って既存の労働組合は売国が仕切ってるんだから、それを潰さなければ、なりようがないだろう。どういうステップで最終的な形に持っていくかを考えなければ、理想の形をただ「なるといいな」と思っているだけでは、永遠にならない。



  | mangakoji ナチス的労働対策ってことか。つか、何で国益と労働者の権利をバランスする必要があるのさ?労組なのに

意味不明だな。

労組にバランスしろなんて言ってないが?労組は労働者の権利を守ることに専念しろと言っている(売国勢力とは決裂して)。労働者の権利を守ることと国益が相反すると考えているなら、その考えがおかしい。



  | n2s 後ろからひたひたと既存の労組をターゲットにする「非正規労働者労組」が…ていう構図のメーデーが見てみたい



非正規雇用のための労組を作る、ってのは新労組立ち上げのためのいい建前かもね。

http://mechag.asks.jp/518471.html


「頭の切り替えができない馬鹿」がなぜ「馬鹿」かというと、「メカAG」さんは「「経営者目線w」に立つ労働組合」を作ったが良い、と言っているのが分からないからですね。「労働者の権利を守る」とか「きっちりと労働者の生活を守ってくれる」といっても、それは「経営者目線w」から見てのことであり、その範囲内でのことであれば「労働者の権利を守ることと国益が相反すると考えているなら、その考えがおかしい」ということになるのでしょう。もちろん、労働者が経営者の許容範囲を超える様なことがあれば、それは「売国勢力」となるわけです。

むしろ注目すべきなのは「非正規雇用のための労組を作る、ってのは新労組立ち上げのためのいい建前かもね」というところでしょう。実際には「非正規雇用のための労組」は既に存在しますし、それは連合なぞとは一線を画しているわけですが、それは何よりも「非正規被雇用者」間によく知られているというわけではないようです。「非正規被雇用者」をターゲットにした「労働組合」を新たに立ち上げるのは上手いやり方かも知れません。それは当然「非正規雇用のための」ものになるでしょう。企業が「非正規雇用」を行なうことを促進するための「労働組合」です。

この「労働組合」は「非正規雇用」を拡大しつつ「経営者目線w」での「国益」の範囲内において「労働者の権利」や「労働者の生活」を「守る」ことになるでしょう。つまりこの場合の「守る」は労働者の「生活」や「権利」に関する一定の範囲を、経営者の立場に立って「守る」という意味になることと思いますが、しかし、何よりもこの案には現実味があることが魅力です。てゆーか、実際に「維新」などはやってしまいそうなので困るんですが、お金はもちろん経営者諸君が出してくれますし、実行してくれそうな人たちは直ぐに見つかります。すなわち労働者諸君は資本に飼われたヤクザに売られるということです。クビになったらタコ部屋とかソープとか紹介してくれるんですから安心です。しかしまあこれは、あまり「斬新」とは言えないかも知れません。
posted by 珍風 at 06:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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